あえかなる世界のツァラトゥストラ

桃原悠璃

第1話 序章 0


 地を砕く爆音が轟いた。


 世界の音全てを掻き消す衝撃は、比例するように、一度で百を超す命を刈り取る。

直後、極光が山岳を消し飛ばした。

 辺りの惨状は、まさしく地獄。

欧州の平原が広がる穏やかな景色は今や失われ、草の代わりに屍が横たわり血河が際限なく流れ出ている。

 死屍累々と転がる死体の山は、時代を逆行していた。

 一つの例外もなく、全員が西洋甲冑を纏っているのだ。


 断じて今は、騎士たちが台頭し栄華を極めた中世ではない。ましてや、ここは騎士の歴史が深く眠る本場ヨーロッパですらないのだ。

 今の時代、戦争ともなれば剣や槍の代わりに銃火器が幅を利かせ、馬の代わりに装甲車や戦闘機が死をまき散らす。

 だというのに、広がる光景はまるで数百年前の死地(ソレ)だ。

 映画の撮影として用意された、セットとダミー人形と、そう言われたほうがまだ納得できる。

 しかしこれらは紛れもなく人間で、流れる赤色は命の雫に他らない。

 戦場、あるいは混沌。まるで世界大戦の再来を思わせる死の光景は、たった二人の男によって生み出されたものだった。


「……奇怪だな。今のを受けても無傷とは」


 ――黄金が如き青年が、そこにいた。

 金糸を編んだような金髪に、映したもの全てを魅了する瞳も同様に金。

 腰に手を当てたたずむ姿は、この場に似つかわしくない清潔さと高潔さを携えている。

 特徴だけを羅列すれば、如何にも欧州の血を色濃く宿す美青年といった風だが、なによりも男は隔絶していた。

 その存在感が、あまりにも神々し過ぎるのだ。人の姿でありながら、人であるとは思えないほどに。


「その気配、聖者に関連する聖遺物レリックか。それも生半なものではない……となれば、釈迦とやらに所縁ゆかりの代物、概念防御の類といったところか」


 投げる言葉に返答はなく、ただ黄金は一つの場所に視線を注いでいた。


「くだらん。お前の児戯に付き合うつもりはない。よもや、この程度ということもあるまいよ」


 ――対する男もまた、隔絶していた。

 舞い上がった砂塵から、一つの影が浮かび上がる。

 片方の男を黄金と称するならば、こちらは白銀だろう。

 たてがみが如き白銀の髪を靡かせ、瞳は果て無きそらを思わせる深い藍色。

 美丈夫然とした容姿はあまりにも魔的で、黄金の青年とは違ったカリスマ性を宿している。

 それはもはや、魔性の領域。ともすれば、あらゆる人間を破滅に導きかねない色香があった。

 対極。両者ともに人間でありながら、どちらも人の領域を超越しただった。


「はっ、言ってくれる。お前のような男がいるとは、現代も存外に捨てたものではないな」

過去の人間アンティークが。昔話なぞに興味はない」

「くはは、年寄り扱いか。新鮮だな」

「これ以上は時間の無駄だ。真面目にやるつもりがないのなら、ここで終われよ――剣王」


 剣王と呼ばれた黄金の男――アーサー・ペンドラゴンは、ふっと笑みを浮かべた。


「ああ、そうさせてもらおうか」


 刹那、空がひび割れた。

 悲鳴を上げる空を、アーサーは見上げる。


「派手に暴れすぎたな。この空間も持たぬぞ」


 二人がいたこの戦場くうかんは、この世のどこでもない超常の御業によって作られた異空間。

 アーサーを閉じ込めるために、白銀の男が用意した罠であった。

オレの騎士たちを寄せ付けぬ実力、見事だ。その名、覚えておこう――ヴァルゼナード・ハインリヒ。次は余が手ずから相手をしよう」


 傲岸不遜に笑みを浮かべたまま、アーサーは一陣の風と共に姿を消した。


『そろそろ崩れますよ』


 白銀の男――ヴァルゼナードの脳内に、直接女性の声が響いた。

 この異空間を形成し、のアーサー王を一時的とはいえ閉じ込めることに成功した、術者の声だった。


『結局、アーサー王の聖遺物を見ることは叶いませんでしたね』


 自身の足元に展開される魔術陣を一瞥し、声に答えることなく、ヴァルゼナードはその場から姿を消した。

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