第28話 自宅

「え、こちらって」


 目の前には、見慣れたデザイナーズの2階建て住宅。

 僕と紫月しづきが暮らしてる家だ。

 

「なにか忘れ物されたんですの?」


「いえ。そういうわけじゃないんです」


「あのぉ・・・優太さま? こちらはダンジョンではありませんわ。ダンジョンへ向かってたのではなかったかしら?」


「そうですね」


「?」


 会話がかみ合ってないと思ったんだろう。

 不思議そうに首をかしげる陽子さん。


 まあ当然の反応だよね。


 ダンジョンの入口は、以下の3通りしかない。


 地下鉄、地下街、地下横断歩道。


 その階段途中に存在する〝トビラ〟と呼ばれる次元の狭間。

 そこがダンジョンとのつなぎ目だ。


 だから、トビラには近づかないようにって。


 どんな子供も。

 幼い頃からまわりの大人達に注意されながら育つ。

 

 小学校や中学校でも。

 イヤってほど言い聞かされてきた。


(もちろん、父さんや母さんからも)


 危ないからぜったいに近づいちゃダメだって。

 よく言われてたっけ・・・。


「いったん中へ入ってもいいですか?」


「あぁ、なるほどですわ。紫月さんにご挨拶されるんですわね♪ ほんと優太さまは妹さん想いですわ~♡」


 一応頷いておく。

 紫月のことを誰よりも大事に思ってるのは間違いないし。


 の家族なんだから。




 がちゃ。


 玄関のドアを開けるも。

 廊下はしーんとしたまま。


(まだ寝てるのかな?)


 ふだんならもう起きてる時間なんだけど。

 またにはこういう日もある。 

 

 いつもだと、紫月が起きるのを待ってからダンジョンへ潜るんだけど、今日は陽子さんと一緒だ。


 さすがに待ってもらうわけにはいかない。


「わたくしも紫月さんにご挨拶させてくださいませ」


「ごめんなさい。たぶんまだ寝てると思います」


「え? こんな時間にもう寝ちゃったんですの?」


「まあそんな感じです。すみませんが、一度上がっていただいてもいいですか? こちらへお願いします」


「は、はぁ・・・」


 またも不思議そうな顔をする陽子さん。

 でも、お願いしたとおり上がってついて来てくれる。

 

 そのままふたりである部屋の前へ。

 

 ドアを開けると、陽子さんを中へ招き入れた。


「こちらは?」


「父の書斎です。ちょっと見ててください」


 その場でしゃがみ込むと。

 床に備えつけられた取っ手を引く。


「よいしょ、と」


 ぎぃぃーー。


 すると、薄暗がりの中に階段が見えた。


「地下室? 珍しいですわね」


 この地下室は、以前父さんが物置として使ってた場所だった。


 そこで。

 なにか気づいたように陽子さんが口元に手を当てる。


「まさか・・・。こちらからダンジョンに入るというわけじゃないですわよね?」


「いえ、そのまさかです。いつもここからダンジョンの中に入ってるんですよ」


「ハイ・・・?」


 陽子さんは、ぽかーんと僕のことを見る。

 この反応も当然だ。


「ご自宅の地下室がダンジョンに繋がっておりますの!? そんな話聞いたことありませんわっ」


「まあそうですよね」




 自宅の地下室がダンジョンに繋がっていた。

 この事実に気づいたのはつい最近のこと。


 たまたま父さんの書斎を整理してた紫月がこれに気づいたんだ。


「お待ちください。ということは、こちらはまったく新しいダンジョンの入口ってことですのっ?」


「いえ。そういうわけでもないんです」


 全国にある1000箇所のダンジョン。

 これらすべての入口は、10年ほどかけた探索者クランの手によってすでに調査済み。


 この場所はそのどこにも該当しない。


 それで。

 とんでもないのはここから先の事実で。


「実はこの地下室は、全国のダンジョンに繋がってるんですよ」


「えええっ!?」


「簡単に言うと、行きたいダンジョンを思い浮かべると、そこへ行くことができるんです」


 驚きのあまり開いた口が塞がらないみたい。


 目をぱちくりさせたまま。

 陽子さんはゆっくり地下室の階段へ視線を向ける。


 この事実に気づいた時は、さすがに僕も驚いたけどね。


「だからあの日も。ここから都内のダンジョンへ出かけてたんです。ゲームとかでよくあるファストトラベルってやつですね」


「ファストトラベル・・・」


 依然として頭が追いついてないようで。

 陽子さんは唖然としたままだ。


「というわけで。そこの階段にあるトビラからダンジョンへ潜れますんで。準備がいいようでしたら、さっそく入っちゃいましょう」


「わ、わかりましたわ・・・! まだいろいろ混乱してる部分はありますけど、優太さまのお言葉を信じてついて行きたいと思いますわっ!」


 うん。

 どうやら決心してもらえたみたいだ。


 先に僕が階段を降りて、トビラに手足を入れると。

 あとから陽子さんもついて来た。

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