怖い令嬢たちから「離縁されるはず」と言われていたけれど、無事、旦那様に溺愛されています【関連作品がコミカライズ】


 人から悪口を言われまくったジニーは、ある境地に達した。


 ――無責任に垂れ流される悪意は、まるで意味のない音の羅列にすぎない。


 自分が公序良俗に反することをしたのなら、真摯に受け止めますけれどね。


 そうじゃないんだもの。


 そりゃあもう、好き放題、散々言われましたよ。


「夜会に子ブタさんが紛れていると思ったら、ジニーだったわ」とか。


「子ブタさんてそもそも、聖女になる資格があるの?」とか。


「私があの見た目だったら、恥ずかしくて聖女になるのを辞退するわ」とか。


「あの子って聖女というより、勇者じゃない? だってあのみっともない見た目で、隣国のヘルベルト王太子殿下と結婚するとか、すごい勇気。どうせすぐ離縁されるだろうけど」とか。


「あの見た目でも、頭が良ければ、まだね――でも中身も残念とか、もう笑うしかない」とか。


「見ているだけでイライラして気が狂いそう。馬鹿でブタなんだから、外に出ないでほしい」とか。


 初めのうちは傷ついたの。


 だけどそのうちに、悪口を言っている人の顔が、なぜかすごく不幸そうに見えて。


 喜々とした口調なのに、目が淀(よど)んでいる。


 ――『子ブタのジニー』の悪口を言いながら、まるで自分自身の舌をカミソリで深く切りつけているかのように、痛々しく感じられた。


 私生活で何かつらいことがあって、気に食わないものを大声で貶(けな)していないと、狂ってしまいそうなくらいしんどいのかな――……そんなふうに思ってしまったのは、こちらの勝手な妄想だけど。


 なんだか可哀想だなと思ったら、何を言われても段々と気にならなくなった。


 けれどこちらがスルーしていると、悪口が止まることはなく。


「これだけ嫌われているのに、まるでこたえていないなんて、脳味噌空っぽ?」とか。


「お願い、頭悪いんだから、せめて痩せてー、ブタ子!」とか。


「優しい私たちが親切で『痩せろ』ってアドバイスしてあげているのに、まったく聞く耳持たないとか、愚鈍すぎるでしょ。あれはすぐ婚約破棄されるに決まっているわ」とか。


「鈍感なブタは死刑って、法律が変わればいいのに。あのブタは阿呆で自覚ないんだから、法で裁かないとね」とか。


「私たちがあのブタを罵り続けることで、『令嬢側に問題有り』となって、今回の縁談を潰せるんじゃない? そのチャンスに賭ける」とか。


 この国では最近、『痩せているほど美しい』という価値観に毒されている人たちが、威勢をふるい始めた。そういった思想を持つ人の割合は、若い令嬢の一、二割程度だろうか。


 決して多数派ではないのだけれど、思い込みの激しい人は声がとんでもなく大きいから、皆は『変な人に絡まれると面倒くさい』と萎縮してしまい、何も言えなくなった。一度恨みを買うと、末代まで祟(たた)られそうだし。


『痩せていないと人にあらず』派閥の令嬢たちは、常に体の重さにばかり気を取られている。


 食事はサラダだけ。「油、炭水化物、何それゴミでしょ、捨てなさいよ」が口癖。他者がサラダ以外のものを食べていると、「私が我慢しているのに、好き勝手して、嫌がらせのつもり?」と青筋を立てて怒る。……怖すぎる。


 一度、「放っておいて」と強めにお願いしたこともあるけれど、向こうは「親切で言ってあげたのに、その反抗的態度、頭おかしいんじゃないの!」と烈火のごとく怒り出し、関係がさらに悪化しただけだった。


 以降、ジニーは彼女たちに敵意を向けられても、相手にしないことにした。


 あとで仕返ししてやるぞと、恨むこともなく。


 とはいえ、やはり、好きにはなれなくて。


 相手にしないと割り切ったつもりでも、つらい気持ちがずっとどこかにあったはずだ。あったはず……なんだけど。


 ……それが、まさかね。


 自分に意地悪してきた人たちに対して、年月を経て、こんな勝ち方をすることになるなんて。


 つまりジニーは、実に意外な方法で、いじめっ子たちを見返したのだ。




   * * *




 ジニーは美味しいものを食べるのが好きだ。食べる量も、一般的な女性より、いくらか多いかもしれない。


 ただ、ジニーがぽっちゃりしているのは、遺伝による要素が大きいと思う。母も同じような体型をしているから。


 母はジニーによくこう言う。


「昔はこのくらいが標準体型だったのよ。――ヴィーナスの彫像を見てごらんなさい、あのなまめかしい腰回り」


 けれどジニーはそう言われるといつも、


「でも今の流行は違うから」


 と返す。


 今を生きているジニーにとっては、『昔どうだったか』なんてなんの意味も持たない。


 そもそもジニーは顔の形自体が丸い。このタイプの顔は長期絶食したとしても、ふっくらした輪郭はほとんど変わらないと思う。昔から何があっても、頬だけはこけたことがないのだから。


 これをジニーは『丸顔の呪い』と呼んでいた。運動を頑張って手足がスッキリしたとしても、相変わらず顔は丸いままなので、痩せたことに誰にも気づいてもらえない。


 とはいえ、たとえ自分が丸顔ではなかったとしても。


 サラダしか食べちゃだめなら、やっぱり痩せなくていいや。




   * * *




 ――『丸顔の呪い』に悩む、平々凡々なジニー。


 そんな彼女が聖女に選ばれてしまったのだから、人生って本当に分からない。




   * * *




 この国には大体二十年周期で『聖女』が誕生する。


 聖女といっても神様と話せるわけではないし、怪我や病気を治せるわけでもない。 


『隣国の重要な拠点を浄化できる』という、限定的で特殊な能力のため、聖女に選ばれた者は、自国に留まることを許されず、隣国の王族に嫁ぐことになる。


 隣国は豊かで広大な領土を持つ、当国とは比ぶべくもない大国である。


 互いの力関係からして、こちらが聖女を差し出すのは当然の流れだった。




   * * *




 ジニーは十六歳で聖女判定式を受けた。


 自分に聖女の力があるとは思ってもみなかった。


 けれど規定どおりにテストを受けてみたら、


「聖女の能力有り」


 というまさかの結果が出てしまい。


 ……嘘でしょう? 血の気が引いたが、選ばれてしまったのだから、もうどうしようもない。


 新聖女ジニーは、隣国のヘルベルト王太子殿下の花嫁になることが決まった。


 ヘルベルト王太子殿下はジニーよりもふたつ上で、十八歳とのことだ。




   * * *




 ヘルベルト王太子殿下は伝説的な人物である。


 隣国の王族で接点がないはずなのに、当国のイケてる令嬢のあいだで、熱狂的な人気があった。


 なぜそんなことになっているかというと、侯爵令嬢のスカイラーが隣国に行った際、彼を遠目で見たらしいのだ。その時彼女は雷に打たれたような衝撃を受けたのだとか。


 スカイラーは帰国後しばらくのあいだ、興奮醒めやらずの状態だった。


「私、彼ほど美しく高貴な男性を見たことがないわ! 私は絶対に聖女判定式をクリアして、彼の花嫁になるわ!」


 ちなみにスカイラーは、『痩せていないと人にあらず』派閥のリーダーを務めている令嬢だ。彼女はサラダしか食べないだけあって、とても痩せている。ハシバミの雄花のようにニョロリと縦に細長い。


 そして問題の内面であるが。


 おそらくだが、彼女はこの国でもっとも気が強いのではないだろうか。


 気が強い上に、一度噛みついたらスッポンよりもしつこく、粘着して嫌がらせしまくるらしいという噂があった。


 十六歳の彼女は意気揚々と聖女判定式を受けたが、結果はだめだった。


 そのすぐあとに同い年のジニーが聖女判定式を受けて、新聖女に決まったものだから、もう大変。


 ジニーはスカイラーの恨みを買い、ことあるごとに嫌味を言われるようになった。


 ――ヘルベルト王太子殿下の都合で、顔合わせが一年後に延びたので、


「あなたが醜いブタ女だという噂を聞いて、ヘルベルト王太子殿下はこの国に来たくなくなったのよ!」


 と罵られたのは、結構こたえた。


 その後ウォーキングをして、頑張って五キロくらい痩せたのだけれど、丸顔の呪いで、痩せた感が一切出ず。


 ジニーはすべてが馬鹿らしくなり、考えるのは栄養バランスだけにして、食事は美味しくいただくことにしたのだ。




   * * *




 ジニーには親友がいる。同格の子爵令嬢であるマヤだ。


 マヤはカナリヤのように可愛い女性である。見た目はもちろんだが、とにかく性格がとっても可愛らしくて、お喋りをしているとちょくちょく、はにかんだように笑う。


 けれどそんな可愛いマヤであっても、鬼のスカイラーにかかれば……。


「ねぇ、あのダサいメガネコオロギ、婚約者が決まったらしいわよ!」


 王宮でマヤと並んで歩いていた時のことだ。


 回廊の前方に『痩せていないと人にあらず』派閥の面々がたむろしているのに気づいたジニーは、嫌な予感がしたのだ。


 すぐに回れ右をして引き返そうとしたのだが、遅かった。


 たむろしている人たちの中に、リーダーであるスカイラーの姿もあった。


 スカイラーは先の発言をする前に、チラリとこちらを一瞥しており、ジニーとマヤが近づいて来るのに気づいていた。


 それなのにサッと背を向け、『気づいていません』のていで、悪口を言い始めたのだ。


 ――『メガネコオロギ』というのは、マヤにつけられたあだ名だ。


 マヤは近視でメガネをかけているのだが、祖母が選んだというそのメガネはデザインが少し昔ふうで、彼女にはあまり似合っていなかった。


 けれど優しいマヤは祖母がくれたものだからと、律儀にそれをかけている。それが格好の攻撃材料になってしまった。


 彼女の髪が茶色なので、意地悪なスカイラーが『メガネコオロギ』とあだ名をつけた。


 ジニーと一緒にいるせいで、このところマヤもいじめの標的になっている。


 ジニーはそれが苦しくて、以前マヤに、


「皆の前で私をデブって言って。そうしたらマヤだけは助かる」


 とお願いしたのだが、いつもはジニーの頼みを聞いてくれるマヤが、この時だけは本気で怒った。


「私、絶対にそんなことしない! 悲しくなるから、二度と言わないで」


 マヤに泣かれてしまったので、ジニーは彼女を突き離せなくなった。


 その結果、ふたりまとめていじめられるようになり、今に至る。


 ――回廊の先にいるスカイラーが大声で悪態をつく。


 今日はジニーではなく、マヤのほうをいたぶるつもりらしく、彼女の婚約をネタにしてきた。


「メガネコオロギと結婚しなくちゃいけないなんて、ヘニングス、すごく可哀想~」


 ヘニングス氏は子爵家の嫡男で、二十代前半のワイルドな美形だ。武骨で怖い印象があるが、悪い噂も聞かないし、実直な人柄のようである。


 つまりヘニングス氏はご令嬢方から大変人気があるのだ。


「でもほら、政略結婚だから、ヘニングスは断れないわよ」


「まぁねぇ――政略結婚じゃなきゃ、メガネコオロギと結婚したがるのは、同類のコオロギしかいないものね」


「まぁやだ、人間ですらないじゃないの」


「ふふ、そりゃそうでしょ! メガネコオロギとキスできる男がいる? いるわけない、もう罰ゲームよ!」


「ねぇだけど、子ブタ聖女とキスするのと、殿方はどちらがしんどいかしら?」


 ジニーは自分が馬鹿にされるのは流せるが、マヤが笑われるのは我慢ならない。


 奥歯を噛み、グッと身を乗り出したところで、マヤがサッと腕を押さえた。


「ジニー、前に約束したでしょう?」


「でも」


「スカイラーには関わらない――私たちは賢く生きましょう」


「私、あなたが馬鹿にされているの、悔しいわ」


 ジニーの目に涙が滲む。


 マヤが微笑んでくれた。


「私もジニーが馬鹿にされている時はすごく悔しい。だけど前に決めたわよね? 互いのことを言われても、スルーする。――以前あなたが『放っておいて』とちゃんと主張したのに、向こうは聞く耳を持たなかった。あの人たちは言葉が通じないのよ。罵り合いを始めたら、こちらも同じレベルまで落ちてしまう。それだけは避けなければ」


 普段は強く何かを主張することがないのに、ここぞという場面では、マヤは絶対に軸がブレない。


 それでジニーは冷静さを取り戻すことができた。


「……回り道しましょう」


「いいわね」


 マヤがニッコリ笑った。




   * * *




 その後通路を戻っていたら、マヤの婚約者であるヘニングス氏と出くわした。


 向こうから歩いて来た彼がマヤに向き合い、微かに眉根を寄せる。


「……マヤさん、王宮に来たのなら、私に声をかけてほしいと言ったはずだが」


 ヘニングス氏は騎士でもあるが事務官でもある。もともと騎士として隊に入ったのだが、数字に強いのを買われ、午後は事務官として働くようになったらしい。


 勤務時間は融通がきくので、彼はマヤに、


「滅多に会えないのだから、王宮に来た時くらいは声をかけて」


 と頼んでいた。


 けれど奥ゆかしいマヤはそれをしないことが多いようで……。


「ごめんなさい」


 マヤが赤くなって謝ると、ヘニングス氏はうっ……と言葉に詰まり、分かりやすくたじろいだ。


 数秒のあいだマヤを見おろしていた彼が、物思う様子で続ける。


「どうせ君は私を呼ばないと分かっていたから、門衛に頼んで、マヤさんが来たら知らせてもらうように手配しておいた」


「え」


「それで先ほど連絡が来たから、君を探していたんだ」


「す、すみません……」


「あー……君、ほかの令嬢から嫌がらせを受けていないか? ちょっと噂を聞いて、心配だったから」


「ヘニングスさんが素敵だから、羨ましがられているのかもしれませんね」


 マヤが笑みを浮かべると、ヘニングス氏は渋い顔になる。


「別に羨ましがられるような、大層な存在じゃない」


「いいえ、ヘニングスさんは優しくて、仕事ができて、ハンサムです」


 ヘニングス氏はマヤに褒められて、照れたように口元を押さえた。


 しばらくしてから、


「だったら評判を下げるか……でも君には優しくしたいし、仕事は手を抜けない。ならば同僚に頼んで、顔に傷をつけてもらおうかな。そうしたら羨ましがられないですむ?」


 なんという、乱暴な解決策。


 ジニーは度肝を抜かれたが、婚約者のマヤはもっと衝撃を受けたようだ。


「そんな、だめです!」


 マヤが彼の腕を掴む。


 いつも控え目なマヤが急に距離を詰めたので、ヘニングス氏がふたたび分かりやすくたじろいだ。


「しかし」


「あなたがわざと顔に傷をつけるなら、私もそうしますよ」


「だめだ! 君が痛い思いをするなんて耐えられない」


「私も耐えられないから、やめてください」


「……分かった」


「よかった」


 ヘニングス氏は可愛いマヤにメロメロだ。


 友達が大事にされているのを見ることができて、ジニーはなんだかホッコリした。


 それでふとこんなことを考えた――たとえば先ほどスカイラーに喧嘩を売っていたとして、奇跡が起きて勝てたとしても、今ほど幸せな気持ちになれただろうか?


 意地悪なスカイラーに『メガネコオロギ』と馬鹿にされたマヤは、全然みじめじゃなくて、関わった人を和ませて笑顔にすることができる、プラスのエネルギーに満ちている。


 目の前のマヤは今幸せに微笑んでいるけれど、先ほどマヤを罵っていたスカイラーは、顔が歪み、すさんだ空気を放ち、不健康そうだった。


 ああはなりたくないとジニーは思った。




   * * *




 ジニーが聖女に決まってから、一年がたち。


 ジニー、十七歳。


 ヘルベルト王太子殿下、十九歳。


 ――ヘルベルト王太子殿下が婚約者(ジニー)との顔合わせのため、ようやく当国にやって来ることになった。


 歓迎の夜会が開かれ、ふたりはそこで初対面となる。


 王太子殿下はどんな方かしら……と心配するよりも、ジニーはまず身に着けるドレスをどうするかで悩まなければならなかった。


 なんせ体型がこのとおりポッチャリだ。似合うデザインが限られる。


 色々な人の意見を聞いて、Aラインのドレスに決めた。


 ウエストの絞りは高めの位置で、そこからスカートがふわりと広がるので、体型のごまかしがきく。胸から下がゆったりしているぶん、上はタイトにしてメリハリを出せば、エレガントに見えるだろう。


 夜会当日、着替えたあとに髪を綺麗に結ってもらい、生花の飾りをつけたら、奇跡的にスッキリと整った。


 痩せている……ようにはさすがに見えないけれど、少なくとも子ブタではなくなったと思う。支度してくれたメイドさんたちの職人芸に感謝だ。


 父親にエスコートしてもらって王宮に着いたジニーは、会場の前にひとり佇んでいるスカイラーに気づいた。


 相変わらず小枝のように痩せている彼女は、尖った腰骨が浮き出るようなタイトなドレスを身に纏っている。


 スカイラーは頬がこけているせいか、こうして改めて対面すると、口角がかなり下がって見えた。メイクも濃く、なんだか魔女のように恐ろしげだ。


「ごきげんよう。ねぇ、ジニー、ちょっとお話できる?」


 父が問うようにこちらを見おろしてきたので、ジニーは笑みを浮かべてみせた。


「お父様、先に会場に行っていただけますか」


「そうか、分かった」


 父には、スカイラーからいじめられていることを知られたくなかった。


 あちらは侯爵令嬢だし、父は子爵だ。身分差があるので、揉めさせたくない。


 父が去ったあとで、スカイラーが意地の悪い顔でこちらをジロジロと見てくる。


 散々眺め回したあとで、彼女が顎をしゃくった。


「――向こうで話しましょうか」


 廊下の奥、人気(ひとけ)のない場所に連れて行かれる。


 ジニーが緊張して向き合うと、スカイラーが鼻で笑った。


「ねぇちょっと訊きたいんだけど、あなたってドレスを仕立てる時、費用は倍払っているの?」


「え?」


「布が普通の人の倍、必要でしょう? お針子は大変よね、縫っても縫っても終わらな~い。徹夜するようだわ~、え~ん」


 お手上げというように両手を広げてみせるスカイラー。


 ジニーは軽く眉根を寄せた。


「……嫌味を言うために、わざわざここまで連れて来たの?」


「まさか! 私はそんなに暇じゃないのよ」


 ドレスの布が倍必要? とわざわざ言ってくる人は、暇だと思うけれど。


 ジニーは嫌な気持ちになったけれど、面倒なので口には出さなかった。


 スカイラーがズケズケと続ける。


「夜会が始まったら、ヘルベルト王太子殿下に私のことを『親友』だって紹介してくれる?」


「は?」


「彼、きっと私を気に入るわ。そうしたら隣国にも呼んでもらえると思う」


 何を言っているのだろうか、この人は。隣国にも呼んでもらえるって、愛人として、ってこと? それを私が承諾するとでも?


 ジニーは呆れ果て、言葉もなかった。


「……じゃあ私、これで」


 嫌だと断って頬を叩かれても困るので、イエスともノーとも答えないことにする。


 踵を返した瞬間、スカイラーがサッと足を伸ばしてきた。頼みごとをされたあとだったので、すっかり油断していた。


 足を引っかけられ、体が前に泳ぐ。


「きゃあ!」


 ちょうどターンした瞬間だったので、体の軸が斜めになっていた。ジニーは足首を捻った上に、右膝を強打して転んでしまった。


 ……涙が出るほど痛い……。


 すぐに動けずにいると、スカイラーのヒステリックな声が響く。


「痛ぁーい! 何よあなた、もしかして足首が鋼鉄でできている? ったく、転ばせたこっちが足を痛めちゃったじゃない! この豚足!」


 ジニーは転ばされた上に罵られ、スカイラーに扇で尻をピシャリと叩かれた。


 痛みと屈辱で涙が滲む。


 スカイラーはプリプリ怒りながら、その場から歩き去った。




   * * *




 その後、なんとかして会場に行き。


 初めてヘルベルト王太子殿下に対面した際は、すべてに圧倒された。


 陽光に照らされた麦穂のような、金色の髪。高価なエメラルドのような、神秘的な緑の虹彩。


 顔の作りは美しく繊細だが、獅子のような気高さ、苛烈さが彼にはあった。


 怒鳴って威圧しなくても、彼は視線ひとつで、他者を屈服させることができるだろう。


 ――父に連れられ上座に向かったジニーは、ヘルベルト王太子殿下の前で礼をとった。


 挨拶をして、ひとこと、ふたこと交わしたあとで、ふと彼が呟きを漏らした。


「……足をどうかしたか」


 この問いかけに、ジニーは虚を衝かれた。


 スカイラーに足を引っかけられ、足首を痛めている。しかし治療をしている時間もなかったし、誰にも気づかれないよう、注意深く振舞っているつもりだった。


 ドレスのスカート部分はふんわりしていて、足元は見えていないはずなのに。


 現に隣にいる父には気づかれなかった。


 ジニーは嘘をつくことに慣れておらず、正直に答えた。


「あの、足首を少し痛めてしまいまして」


「それなら無理をせず、椅子に座ったほうがいい」


 彼はニコリともしないし、微かに眉根を寄せてこちらを見おろしてくるので、怖く感じるのが当然だと思うのだが――……なぜか不思議と。


 ジニーはヘルベルト王太子殿下に対して、強い興味を覚えた。


 外面と内面がチグハグであるという印象を受けたからだ。


 彼が支えるように手を伸ばしてくれて、身じろぎしたジニーはよろけてしまった。自分で思っているより、足の状態がひどかったのかもしれない。


「あ」


 ヘルベルト王太子殿下がしっかりとこちらの腕を掴む。


 おかげで転ばずにすんで助かった。もしもコテンと尻もちをついていたら、あとでスカイラー一派からなんとからかわれたか分からない。


 ジニーはホッと息を漏らしたのだが。


「ああ、すまない……!」


 ヘルベルト王太子殿下が早口に詫びてきたので、ジニーは呆気に取られる。


 え……なんで? 助けたほうが、『大失敗!』みたいに謝るなんて、そんなことがありえるかしら? よろけたこちらが頭を下げるべきなのに。


「あの、ヘルベルト王太子殿下?」


「咄嗟に腕をぎゅっと掴んでしまった。痣(あざ)になったかも」


「いえ、そこまでヤワではないです」


「女の子の腕をいきなり掴むとか、最低か」


「いえ、本当に大丈夫ですよ?」


 ふたり、至近距離で見つめ合う。


 ジニーは思わず笑みを浮かべていた。


 ……ヘルベルト王太子殿下って、たぶんいい人だわ。


 彼の緑の虹彩が揺らめいているのを間近で見て、ジニーは昔飼っていたワンコを思い出していた。ジニーのことを、いつもひたむきに見上げてきた、あの瞳……。


 純粋無垢で、打算のない瞳。


 ジニーがすっかり警戒を解いて、物柔らかに笑んでいるせいか、ヘルベルト王太子殿下の纏う空気が少し変わった。


 ……君はなぜ笑っているんだ? 問うような視線に、やがて温かみが混ざる。


 ――周囲にいた人には、先のやり取りは聞こえていなかったので、ジニーがよろけ、それをヘルベルト王太子殿下が咄嗟に支え、体勢を整えるのに時間がかかっているのだと解釈した。


 ただ、一番近くにいたジニーの父は、『おや?』という顔をしていたのだが。


 するとそこへ、離れた場所から甲高い声が響く。


「――ジニー! ねぇ、ちょっとよろしいかしら?」


 ジニーがハッとして振り返ると、案の定、スカイラーである。


 今ジニーがいるところは上座の奥まった一角で、大広間のほかの場所よりも、少し高くなっている。そのためここに至るまでに階段が数段ほど設けてあるのだが、スカイラーは誰の許しも得ていないのに、そこを上って来ようとしていた。


 ジニーは彼女に転ばされたことを思い出し、ビクリと体を強張らせた。


 おそらく腕を支えてくれていたヘルベルト王太子殿下にも、その怯えが伝わったのだろう。


 彼がサッとジニーの腰を支え、護衛に告げる。


「誰だ、あれは」


 それは『問い』ではなかった。


 ――『私は接近を許可していない』という、明確な意思表示。


 護衛が動き、スカイラーの行く手を阻む。


 機敏な対処であったので、おそらくヘルベルト王太子殿下が先の警告を発さなくても、彼らはしっかり仕事をしていただろう。


 ただ、大国の王太子殿下が『不快』と示したことは影響が大きい。


 皆青褪めているが、本人だけがそれに気づいていない。


「ちょっと、どいてくださる? 私、ヘルベルト王太子殿下にご挨拶しないと」


「――私の名を呼んでよいと、許可した覚えはないが」


 ヘルベルト王太子殿下にふたつ目の警告をさせたのは、致命的だった。


 ひとつ目の警告で賢く引き下がっていれば、致命傷はまぬがれたはずだ。


 けれどスカイラーには根拠のない甘えがあったのだろう。


 これまで散々ジニーに好き勝手してきた。『私のほうが圧倒的に上で、何をしても許される』と信じていたから、その力関係がここでも通用すると考えた。ジニーを介することで、ヘルベルト王太子殿下にも対等に渡り合えると勘違いしてしまった。


 この時、真っ先に動いたのはスカイラーの父親だった。


 青褪め、娘のもとに駆け寄り、


「いい加減にしろ!」


 激しく叱責する。


 侯爵も慌てていたのだろうが、これでは恥の上塗りだ。


 叱るにしても、もっと早い段階でそうすべきだったし、衆目を集めているこの段階で感情的に怒鳴れば、みっともなさだけが際立つ。


 スカイラーはこれでもまだ退かず、「でも」とか「ジニーが」とか粘ろうとして、父親に腕を掴まれ悲鳴を上げた。


 スカイラー派閥の女子たちは、この騒ぎを見て顔色を失っている。彼女たちは『ついていく人間を間違った』と、目の前が真っ暗になっているに違いない。


 ジニーがそんなことを考えていると、膝裏に手が当てられ、ふわりと抱き上げられてしまった。


 気づいた時には、ジニーはヘルベルト王太子殿下の腕の中だった。


「失礼――彼女を休ませる」


 周囲の者にそう告げて、彼はジニーをお姫様抱っこしたまま歩き始めた。


 ジニーは目を白黒させた。


 ――彼、子ブタ令嬢を軽々抱っこして、階段を下りているわ! 神業(かみわざ)!


 会場を突っ切りながら(というかジニーは抱っこされて運ばれていただけだが)、途中で親友のマヤとすれ違った。


 マヤはヘニングス氏と仲良く寄り添っている。


 目が合うと、マヤは可愛くウィンクしてみせ、右手を持ち上げて、指で〇を作った。彼女の唇が楽しげに動き、『やったね♪』と呟いたのが分かった。


 ジニーも微笑みを返し、ぎこちなく手を振った。


 


   * * *




 バルコニーに出て、壁際に置かれていた椅子に並んで腰を下ろす。


 この場にはふたりしかおらず、会場の喧騒が遠くに感じられた。


「……やってしまった」


 ヘルベルト王太子殿下がガクリと肩を落とし、額を押さえる。


 ジニーは小首を傾げるようにして、彼の顔を覗き込んだ。


「何か問題がありましたか?」


 問いかけると、ヘルベルト王太子殿下がゆっくりとこちらを向いた。


 眉尻は下がり、瞳はウルウル。


「こんなに早く君にバレるなんて。……僕はこのとおり気が弱くてね……でも素をさらけ出してしまうと、対外的に問題があるだろう?」


「皆は気づいていないと思いますよ。でも、気づかれたとしても、何か問題がありますか? 別にいいんじゃないかしら」


「いや、問題だよ。大国の王太子がノミの心臓とか」


「ノミの心臓じゃなく、心が優しいだけでは?」


「どちらにせよ弱点だ。優しいとつけこまれるからね」


 ため息をつく彼を見て、ジニーは『大変だなぁ』と深く同情した。


 彼が背負っているものに比べたら、『ぽっちゃり』を気にしていた自分の悩みなど、どうでもよいことに感じられる。


「幸い、僕には演技の才能があったみたいで、これまでは完璧に、気弱な性格を隠せていたんだが」


「そうでしたか」


 ジニーは考えを巡らせる。……でも、演技にしては……。


 ヘルベルト王太子殿下が背を丸める。


「まぁでもあれか……お嫁さんに隠しきるのは、さすがに無理かぁ」


「それは無理ですよ」ジニーはつい笑ってしまう。「いずれバレたはず」


「だよねー。でも出会って数分て」


「私がよろけちゃったから」


「ああ、そうだ」


 ヘルベルト王太子殿下がハッと身を起こす。


「足、大丈夫?」


「ええ、ありがとうございます」


「捻挫とか、甘くみないほうがいいよ。長引くからね」


「はい」


「冷やしたほうがよくない?」


 ……いい人すぎない? ジニーはクスクス笑い出してしまう。


「あ、笑うなんてひどいぞ」


「だって」


 ――隠していた秘密がバレてヤケになったのか(?)、ヘルベルト王太子殿下が過去を語り出した。なんとなくこの観念の仕方が、ワンコがヘソ天をしているイメージと重なる。


「……僕ね、六歳の時、乳兄弟を亡くしているんだ。血は繋がっていないけれど、ひとつ年上の彼とは仲が良かった」


「病気ですか?」


「いや」


 ヘルベルト王太子殿下が首を横に振る。


「彼を探しに裏庭に行ったら、倒れていた。木登りをしていて、落ちたらしい。僕が見つけた時は、虫の息だった。僕が誰かを呼ぼうとすると、彼がそれを止めた――『そばにいてくれ』って。僕はそれを振りほどいて、人を呼びに行くべきだった。でも、離れられなくて。大声で『誰か!』と叫んだけれど、誰も来なかった。いや――実際は、すぐに来たのかな。でも僕にとっては気が遠くなるくらい長い時間に感じられた。僕はあの時、取り返しのつかない失敗をしたような気がしてね。ずっと後悔している。助けを呼ぼうとすぐに行動していたら、彼は助かっただろうか、って。だからそう――……あの時のあやまちを繰り返さないように、僕は色々心配するようになったんだ」


 そんなことがあったのか……。


 ジニーは胸がズキンと痛んだ。


「ヘルベルト王太子殿下は悪くないですよ」


「皆がそう言った。でも、いっそ誰かが責めてくれればよかった。『お前のミスだ』って」


 淡々と語るヘルベルト王太子殿下は泣いていない。


 けれどジニーのほうが悲しくなってきた。涙がポロリと零れる。


 ジニーは俯いたまま呟きを漏らした。


「私も……妹を亡くしています。ふたつ下の妹は、五歳で天国に旅立ちました」


「そう……」


 朴訥とした彼の声。ヘルベルト王太子殿下が今どんな顔をしているか、ジニーは顔を上げて確認する気になれなかった。


 膝上に視線を落として続ける。


「妹は病気でしたけど……私、息を引き取る瞬間、手を握っていたの。一瞬、妹がそっと目を開いて、私を見た……穏やかな瞳をしていた。だからたぶん、あなたの乳兄弟は、嬉しかったと思う。目を閉じる前に、あなたがそばにいてくれて、嬉しかったと思うわ」


「……ありがとう」


 せっかく彼が打ち明けてくれたのに、ジニーは聞き手として失格だった。


 彼は泣いていないのに、ジニーのほうがボロボロ泣いてしまったのだから。


 妹を亡くした当時のことを思い出して、彼も同じ思いをしたんだ、つらかっただろうと思ったら、感情が溢れて止まらなくなった。


 ヘルベルト王太子殿下が背中を撫でてくれる。


 ぎこちないけれど、優しい手つきだった。




   * * *




 その後、ジニーは隣国に渡り、ヘルベルト王太子殿下の妻になった。


 ……今思い返してみると、第一子を妊娠した時が、一番大変だったわ。


 何が大変って、ヘルベルト王太子殿下の過保護が爆発してしまったの!


 椅子に腰かけたジニーの前に跪き、ヘルベルト王太子殿下がキュッと手を握り、呟きを漏らす。


「ああ、今からドキドキする……出産って命がけじゃない? ああ、僕が代わりたい……なんか願掛けで、いいのがないかな……代わりに夫の腹を裂いたら、妻の出産が楽になるとかさ」


「ストップ――考えていることが怖すぎるわ」


「肩、揉もうか?」


「大丈夫よ」


「足はむくんでない?」


「大丈夫」


「体はつらくない?」


「大丈夫」


「フルーツ剥こうか?」


「大丈夫」


「僕、うざい?」


「……大丈夫」


 答えるまでにちょっと間があったら、「うわーん、ごめん、うざいよね! 分かっている!」と肩を震わせてしょげてしまったので、つい可哀想になり、もはや自分の体の心配どころじゃなくなってしまい。


 これはもう……良いやら、悪いやら、ですよ。


 もっとこう……妊婦って、自分のことに集中できるものじゃないの?


 ――出産時、ジニーは鬼気迫る顔で助産師のお婆さんに決意を語った。


「私、絶対に死ねません。子供もです」


「その意気だよ、頑張れ」


「いえ、本当に死ねないの。私に――そして子供に何かあったら、夫が暗黒面に落ちてしまう。絶対に死ねない!」


 今思えば、その崖っぷち感が、プラスに働いたのだろうか?


 すべてが終わったあと、助産師のお婆さんは、


「びっくりするほど安産だったよ」


 と感想を漏らした。


「名前は決まっているのかい?」


 尋ねられ、ジニーは微笑み、頷いてみせた。


「ええ――アドルファス」


「良い名前だね」


「そうでしょう? 夫の乳兄弟の名前なんです」


 ジニーは晴れやかな笑みを浮かべた。




   * * *




 息子のアドルファスは顔だけ夫に似て、性格はまるで似なかった。


 図太いし、心配性なところはない。


 けれど……とジニーは思う。


 演技とはいえ、夫は外であれだけ堂々と振舞えるのだから、あれはあれで彼の素であり、真実の姿なのではないか。


 とにかく、アドルファスは両親の良いところを取った。


 顔は美形の夫に似て、呑気さは妻のジニーに似た。


 ただなぜか……ものすごくぶっ飛んでいる。


 これは誰に似たのかしら? 不思議ね……。


 でもアドルファスと話していると、ジニーはつい笑ってしまう。


 もしかすると、神様があえてそうしたのかしら。


 アドルファスを愛すべき変人に仕立てた。


 ――夫が心配性だから、息子が彼を笑わせて、心の闇を払うように、と。




   * * *




 たまにね、親友のマヤが遊びに来てくれる。


 隣国に嫁入りして、五年後のことだったかしら。


 中庭のガーデンテーブルを囲み、お茶を飲みながら、マヤが言った。


「ねぇ、スカイラーが大変なのよ」


 ジニーは一瞬誰のことか分からなかった。


「え?」


 キョトンとしたのを見て、マヤが呆気に取られる。


「まさか忘れたの? 散々私たちに意地悪をした、あのスカイラーよ」


「あ、スカイラー」


 ジニーは少し遅れて思い出し、赤面した。


「……嫌な思い出だから、引き出しの奥のほうに押し込んでしまって、すぐに出てこなかったのかしら」


 人はつらい記憶を忘れようとすると聞いたことがあるけれど……でも我ながら、これはどうかと思った。


 けれど優しいマヤは笑みを浮かべ、『なんてことないわ』と流してくれた。


「私が思うに……あなたは今とても幸せだから、大好きな人のことをたくさん記憶するために、どうでもいい人のことを忘れるようにしているんじゃないかしら」


「マヤは昔から私のフォローが上手だわ」


 ふたり、顔を見合わせて「ふふ」と笑う。


「それで、スカイラーがどうかした?」


「彼女、人にしてきた意地悪が、全部自分に返っている感じよ」


「そうなの?」


「一度評判が下がると、あちこちから悪評が吹き出してね、止めようがなくなって。日頃の行いが悪かったせいか、誰も彼女をかばわなかった。父親も持て余して、スカイラーを罰するかのように、ひどい縁談を押しつけたの。――結局彼女、バツ三で女好きの、サディスティックな五十代の男性と結婚したのよ。しかも外見が彼女の大嫌いなタイプで……散々な荒れようだったわ」


「あら、まぁ……」


 ジニーはなんと言ったものか考えを巡らせた。


 ――お気の毒に、と言うべきかもしれないが、どうしてもその台詞が出てこない。


「嫁入り後も散々で、醜聞まみれ。使用人と殴り合いの喧嘩をしたそうで、彼女痩せているから、骨が折れちゃって、今寝たきりみたい」


「大変ね」


 同情しているわけではなく、感想としての「大変ね」だった。


 マヤが小首を傾げる。


「私、今、感心したわ」


「何が?」


 ジニーにはよく分からない。


「いえ、スカイラーには私もいじめられたけれど、ジニーのほうがもっとつらい目に遭わされていたから、後日談を聞いたら、『ざまぁみろ』ってなるかと思ったの」


「……自分でも不思議なほど、そういう気分にならないわ」


「それって最高ね!」


 マヤが瞳を輝かせてそう言った。


 ジニーは目を瞠る。


「どうして?」


「軽蔑すべき人のことは、恨みもしない、思い出にすら残さない、なぜならそんな価値はないから。そして今、あなたは最高に幸せで――これ以上に痛快なことってないわよ!」


 マヤが右手を上げてハイタッチを求めてきたので、ジニーは悪戯な笑みを浮かべて、それに応じた。


 それからふたりは昔の思い出を語り始めたのだが、不快なことは一切話題に出さず、楽しかったことだけを語り尽くした。


 空は雲ひとつなく晴れ渡り。


 小鳥がさえずる。


 穏やかな昼下がり、ふたりは笑顔で、共に過ごす時間を楽しんだ。



   * * *


 怖い令嬢たちから「離縁されるはず」と言われていたけれど、無事、旦那様に溺愛されています

(終)

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