037 監察官(5)精神が病んでしまう前に

 錦野町長にしきのちょうちょうわかれたボクたちは、指定された宿やどもどろうとしていた。


 そこへ、青兵衛が走ってやってきた。

 息がはげしい。

 相当そうとうあせっているようだ。


青兵衛

「ルナ、紅丸、黄庵。

 こっちに来て!」


 ボクたちは、町のはずれに案内された。

 良太郎がひとりで仕事の山をこなしていた。


ルナ

「なに? なんなの? この仕事の山は?」


 良太郎は、やつれたように歩いてトイレに入っていった。

 ビービー。 きゅー、ぐるぐる


黄庵

「下痢の音ですね。」


青兵衛

「ルナ。 この書類を見て!」


ルナ

「こ、これは、ボクたちが昼間処理していた書類とは比べ物にならない。

 このむずかしさは、作業じゃない。 決裁けっさいレベルだ。


 いや、これは町長がするべき仕事。」


青兵衛

「そうよね。 良太郎さんはお荷物なんかじゃなかった。」


紅丸

「むずかしい書類だな。 見ているだけで目が拒否きょひしそうだ。」


 紅丸の目は本当に拒否していて、黒目が外側に寄っていた。

 ボクの頭にはなぜか、来世の紅丸がむずかしい書類を真剣に読んで処理している姿が浮かんできた。

 現世と来世の姿の差を見比べて思わず、くくらい可笑おかしくなった。


紅丸

「どうしたんだ?」


ルナ

「ううん、なんでもないよ。」


 トイレのドアが開いて、良太郎さんが戻ってきた。


良太郎

「だ、だれ?

 もしかして、May《メイ》様?

 助けに来てくれたのですか?」


 良太郎さんの目にはなみだがあふれていた。


黄庵

「良太郎さん、わたしの目を見なさい。」


 良太郎の目をのぞき込んだ途端とたん、いつもは冷静な黄庵が別人のようにあせっていた。


黄庵

「そ、そんな。 こんな状態でよく今まで。」


 黄庵は良太郎を胸に抱きしめた。

 良太郎は初めはバタバタしていたがすぐに動かなくなった。


黄庵

「落とせた様ね。」


 それから、良太郎に口づけをしていた。


ルナ

「黄庵? なにをしているの?」


黄庵

「胸で窒息ちっそくさせて意識を失わせた。

 それから、すぐに救命措置で人工呼吸をした。」


紅丸

「なぜ、そんなことを?」


青兵衛

「やっぱり、限界だったんですね。」


黄庵

「そうよ。 この町には医者はいないの?

 いますぐ処置をしたいわ。


 良太郎さんは、精神が病んでしまう前に逃げるべきだったわ。」


 黄庵は、本気の涙を流していた。


ルナ

「この町を出よう!」


 紅丸はだまって、良太郎さんをおんぶしてくれた。


紅丸

「急ぎましょう。」


青兵衛

「まって、ルナ。

 ここにある書類は証拠になるわ。

 出来る限り持っていきましょう。」


ルナ

「分かった。」


 ボクは、イウラにもらったカバンの中に移動させた。


青兵衛

「そのカバンは便利ですね。

 わたしも欲しいです。」


ルナ

「家の中にあるかな?

 探していない場所とか?」


黄庵

「そんな話はあとにして!」





 ボクたちは町の外の人気がない場所に移動した。


ルナ、紅丸、黄庵、青兵衛

「「「「ママ、ただいま!」」」」


 シーンとしている。

 いつもの家の扉が現れない。


イウラ ガイド音声

「ルウナ?

 部外者は家には入れないわよ。」


ルナ

「えっ? そうだったの?

 じゃあ、家に入ってもらえた時点で、仲間だと分かったということ?」


黄庵

「ルナ?

 いったい、誰と話しているの?」


ルナ

「ボクの友達、イウラだよ。

 家の扉が現れない理由を教えてもらったんだ。


 部外者を入れることは出来ないんだって!」


黄庵

「そうなのね。

 それだったら、モンテマニー侯爵にもらった家まで急ぎましょう。」


青兵衛

「黄庵先生。 無理だよ。

 良太郎さん、ひどい熱だよ。」


 黄庵は、良太郎さんのひたいに手を当てた。


黄庵

「熱い。

 心身共に限界だったのね。

 なにが人付き合いの町よ。


 全員で、ひとりを犠牲にしただけじゃない。」


ルナ

「イウラ、おすすめの手はないかな?

 いや、【万能回復呪文ばんのうかいふくじゅもん】 スリーカーを使えば助けられる。」


黄庵

「ルナさん、できるの?」


イウラ ガイド音声

「ダメよ。

 早く逃げて!

 追手おってせまっているわ。」


黄庵

「戦いましょう。 今は月夜つきよだから、わたしも戦えるわ。」


ルナ

「良太郎さんを守りながら戦うとなると・・・」


イウラ ガイド音声

「ルナ?

 モンテマニーってひとと友達になったの?」


ルナ

「ああ、そう言えば、そんなことを言ってくれたな。

 社交辞令しゃこうじれいかリップサービスだったと思っていた。」


 ボクは、【友達確認訪問呪文ともだちかくにんほうもんじゅもん レバーラ】をとなえた。


 紅姫、黄花、青紫の名前に続いて、モンテマニーの名前があった。


ルナ

「みんな。ボクにつかまって!」


 みんなは質問せずに、言うとおりにしてくれた。


ルナ

「レバーラ。 ボクたちをモンテマニー侯爵のところへ連れて行って。」


 ボクたちは、モンテマニー侯爵の寝室の扉の前にいた。


イウラ ガイド音声

「ルナ。

 上出来よ。

 モンテマニーってひとは、寝ているようね。

 起きていたら、すぐ近くに飛べたと思うわ。」


ルナ

「ありがとう。 イウラ。」





 ボクは、モンテマニー侯爵の寝室のドアをたたいた。


モンテマニー侯爵

「この声は?

 ルナ殿か?」


ルナ

「そうです。

 おちからをお貸しください。」


 モンテマニー侯爵は、ガウン姿のまま出てきてくれた。

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