第十四話 始まりの記憶

 とりあえず頭に浮かんたことを試していくしかない。私はすうっと大きく息を吸った。


「天使ルウベス様のお姿をご覧になったことがあるんですか! ぜひ聞かせていただきたいです!!」


「……え? なに、聞きたいの?」


 相手は拍子抜けしたように攻撃の姿勢を崩した。

 よし。落ち着いた。とりあえず攻撃の意思はなくなったみたいだ。私はでかでかボイスのままペタさんにずいっと詰め寄る。

「ええ、ええ! それはもう! きっと私たちは同じ思考の持ち主です。知りうる限りを共有したいですので!」


「んふ、いいよ、教えてあげる」

 彼女は一気に上機嫌になり、何故悪魔でありながら天使に憧れを持つのかを話してくれた。ルウベス様との出会いは子供の頃らしく、下界でその姿を見たと。

 確かに、ずっと前に珍しく下界に出張の仕事があると言って数日家を空けた日があったような気もした。

 しかしながら、ルウベス様ほどの階級の天使が下界で姿を見せるなんて、かなりのレアケースだ。彼女はかなりついている。


「大きい事件が起きてて、多分魔族と天使が戦ってた。アタシ、それに巻き込まれて怪我してて。それを助けてくれたの」

「なるほど、大変慈悲深いルウベス様に助けられたのですね。しかもあのご尊顔……憧れない方が難しい」

「よくわかってんじゃん。じゃあリアは? 同じ思考の持ち主なんでしょ? キッカケ聞きたい」


 私は適当にルウベス様との出会いを捏造し、彼女に熱く語った。

 本当はルウベス様がお望みになって私を作ったのだけれど、そんな話は正体を明かすことに等しいのでできない。

 話しながら少しだけ、ルウベス様との本当の出会いの日を私は思い出していた。


「おはよう。気分はいかがですか、リア」

「……?」

「まだぼんやりとしているようですね。まずはようこそ、俺のもとへ。可愛い天使リア」

 私の記憶は、華やかな庭園にあるベッドの上から始まっている。細かく細工された真っ白い机と椅子にはポットとソーサーが置かれ、そこから美しい人がこちらに微笑んでいた。


「俺はルウベス。君のたった一人のファミリーです」

 そう嬉しそうに言うルウベス様に、出会って数秒でありながら憧れを抱いていた。上級天使の下にたった一人だけ作られた私は、大きな力を注がれて大事に育てられた。


「御師匠様」

「なんでしょう?」

「何故、我々のファミリーは二人だけなのでしょうか?」

 他の天使のファミリーは四、五人ほどの人数で固まっていることが多いから、気にはなっていた。

「そうした方が、リアにたくさん力を持たせられますからね」

 ルウベス様はそうお答えになる。天使はファミリーを一人増やすごとに力を分散する。だから彼は私だけを作って大きい力を二人で持つことにしたらしい。


「俺と二人でも十分でしょう?」

「ええ、もちろんでございます」

 お師匠様の言う通り、二人きりで過ごす日々はとても幸せだった。毎日笑顔は絶えずに、いろいろなことを教わって幸福の緩やかな水面に浮かぶようだった。ずっとこうして過ごしていくのだと信じて疑わなかった。


「私、とても幸せです!」


 突然、なんの前触れもなく彼がいなくなってしまうとは知らずに。

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