第三章 私天使。完全に悪魔を出し抜いている
第五話 怖い先輩
至急、助けてください。ピンチです。絶賛二人の側の悪い先輩に絡まれております。頭を鷲掴みにされ、謎の液体が入ったカップは今にも頭の上でひっくり返りそう。現場からは以上です。
「そんな怯えんなよ。これをかけたら本当の髪色になれるんだぜぇ」
「そうそう、先輩がわざわざ戻してやろうってなぁ?」
「ほ、本当の髪色……?」
謎の液体の得体が知れたのは良かったが、状況は悪くなっていく一方だった。今の私は正真正銘本当の髪色である。液体をかけられてもおそらく変化はしない。しかし、もしそれをこの先輩方が見たらどうだろう?
『なぬっ!? 元から白い髪色だと……貴様天使だな!』
『殺せぇぇえええ!!!』
……となる。想像はいとも容易い。さてどうしたものか。考えるが、動きを封じられてはどうしようもない。それよりももう、コップから液がこぼれるまで時間がなさすぎる。いっそ上を向いて飲み干すか……?
ごくりと喉が鳴った。私は覚悟を決め、パカッと口を開けて目を閉じる。
「そこまで」
ぎゅっと瞑った目を、私はゆっくり開いた。視線の先には銀髪の長い髪をした青年が立っている。綺麗な白に近い髪色はなかなか珍しく、一瞬御師匠様が来てくださったのかと思ってしまった。でも現れた彼はこの学校の生徒だ。
「二年生だな。こんなところで遊んでいる場合か? 集会の時間は過ぎているよ」
「げっ……!」
「い、いくぞっ……!」
現れた青年のたった一言で、二人のガラが悪い先輩はみっともなく走り去っていった。その背中に向かって青年はため息をついている。よく見るとすごく綺麗な人だった。
「全く。謝罪もなしか。君、怪我はないね?」
「はい、おかげさまで無事です。ありがとうございました」
「ならよかった。俺は三年のピャーナ ウェルだ。ピャーナでいいよ」
「一年のリア カロウリです。……リアとお呼びください」
「ふっ……」
何故だか笑われてしまった。けどまあいい。命の恩人でもあるから許しましょう。なんだか嬉しそうにしている彼を、咎める気にはなれなかった。ピャーナさんはそっと私の髪に触れる。
「お揃いの色だな。なかなか似合っているね」
「ありがとうございます。たまたま似た髪色の先輩がいて良かったです」
そうお礼を言えば彼はまた吹き出した。なんだ失礼な。私の顔に何か変なものでも付いているのだろうか。
「ほら、君も授業に遅れるよ。もう行って」
「はい。本当にありがとうございました」
お辞儀をして私はその場から去る。入れ替わりで誰かが横を通り過ぎていったけれど、速く流れる視界では捉えることはできなかった。
「ピャーナここにいた……ってなにその髪。今朝まで暗かったじゃない」
「ん? さっき染めてみた。どう、似合う?」
「似合わなくはないけど、違和感……」
「微妙な反応……。この髪色で幼気な少女が一人救われたというのに」
「……はあ?」
先輩方から解放された私は、なんとかチャイムと同時に教室へ飛び込めた。教室に入った瞬間ラッグ先生にひと睨みされたが仕方がない。言い訳は五万通りほど思いついている。おまけに私は天使の微笑みもできる。少々高圧的に詰め寄られても切り抜けられることだろう。
「ーーそれでは、HRを終了する。また、来週には遠足がある。必要なものは書いてあるので準備をしておくように」
先生が配ったプリントに目を落とした。遠足かぁ……。持参の欄に『お弁当』と書かれている。自分でお弁当を作るのは少し楽しそうだ。
その日の帰り、私は浮かれた気分で一冊の本を購入した。買ったのは悪魔の弁当レシピ。クラスメイトとおかずの交換は絶対にあるはず。どんなものを作ろうかとワクワクしながら本を開いた。
「……え?」
しかし本の中身を見た瞬間、私の表情は凍りついていた。
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