第49話 戻った……?

 慌てて飛び起きるも、僕はベッドの中にいた。


 カーテンの隙間から差し込む光は、どう考えても夜を照らす街灯のものではなく、世界を照らす太陽の日差し。


「え、朝……?」


 すぐには何が起こったのかわからず、念入りに部屋の中を見回してみたが、なんのことはない。目を覚ましたこの場所は僕の部屋だった。


 なんとなく肉体感覚の方も久しぶりだ。


 そう思うと、遅れてだが、自分が遠谷メイトに戻ったのだ、ということに現実感が帯びてくる。


「いや、どうして……?」


 夢かと思い、そっと少し膨らんでいる胸に手を伸ばす。


 ふにふにと柔らかい感覚が自分の手に返ってくる。当然ながら、胸からは触られているとわかる感覚がある。


「やっぱり戻ってないじゃないか! 僕の声も高いままだし」


 なんだ? 僕はタレカの母と弟くんを見て、取り乱しながら自分の家に逃げてきたのか?


 一瞬だけ、そんな考えが頭をよぎったが、ぶんぶんと頭を振って現実逃避をやめる。


 違う。そうじゃない。


 僕の戻ったことは間違いじゃない。僕はタレカと入れ替わって、自分の肉体をキセキで変えていたのだ。つまり、肉体を変えられるのは僕だけ。試せばわかる。


「ふぅ……」


 タレカに試した時と違って、自分の精神が体の中に入っている。そう、努力はいらない。ほんの少しだけ意識を集中させると、それだけで十分だった。


 僕の視界は一気に低く下がり、どろりと体が溶ける。それからすぐに視界は上がり、再び体が固まった。その時にはもう、僕の体は男の時のものへと戻っていた。


「あ、あー。おお! やっぱりそうだ。戻ってる」


 自分の声を久しぶりに聞くから少し自信がないけど、多分声も元どおりだ。


 感覚的なものでは正確にはわからないけども、ヒヤリとした液状化というのは他の誰にもできない、僕だけのもの。要は、元の体に戻っているってわけだ。


 自分の体に戻ったことを確かめると、ほっとして、一気に安心感が押し寄せてくる。いっそこのまま二度寝したい。


 だが、今タレカがどうなっているのか早く確かめないといけない。合流する方法は……。


 バン!


 荒々しくドアが開けられると、ノックもなしに妹が部屋に入ってきた。


「ねえ! もう遅刻するんだけど。メイト、もしかして学校での私の評判を落とすつもりなの?」


 部屋には妹が当然のように怒鳴り込んできた。


 いつもの調子で、家を出るタイミングを僕に合わせようとする謎の発言に、ちょっと懐かしさを覚える。そうそう、こんな感じだった。


 妹の様子に少し安心してる僕に対して、妹の方は僕を前に目をこらしたり、目をこすったり、なんだか落ち着きなく僕を見ていた。いつもより焦ってるのか? そんならさっさと一人で行けばいいものを。


「あなた、メイトよね?」


 不思議な質問をしてくる妹に、僕は、はて、と首をかしげる。


「お前はいったい何を言ってるんだ? それはつまり、僕のことをお兄ちゃんって呼びたくなったってことか?」


「その反応は確実にメイトだわ。……すると、なんだかダブって見えるような気がするのは気のせいね」


 最後の方は、ぼそぼそ言っていてよく聞き取れなかったが、気にすることもないだろう。妹の言葉だし。


「ほら、さっさと準備しなさい。私が遅刻するのよ」


「はいはい」


 たいてい妹は早く出ようとする。つまり時間に余裕がある。


 僕はタレカがいないからと、普段のようなゆっくりとした動作で部屋にかけられた時計を見た。


 時計の針は、いつも家を出ている時刻を指していた。


「……」


 僕は一度妹の顔をじっと見つめる。


「な、何よ急に見つめたりして。帰ってきてから様子が変よ? 変なものとか食べたんじゃない?」


 めずらしく心配そうに聞いてくる妹を無視して僕は時計を見た。


「あ! ちょっと、私がせっかく心配してるのに無視はないでしょ!」


 あーだこーだと騒ぎ立てる妹の声が聞こえてくるが内容は全く入ってこない。


 なぜなら、時刻は先ほどよりも進み、いつも僕が男の時に家を出ている時刻を過ぎていたからだ。


「ヤバ!」


 慌ててベッドから飛び降りて、雑に制服に着替えてから、荷物を持つ。


 この際、教科書類が揃っているかどうかは完全に後回しだ。


「まったく、メイトは私がいないとダメね」


「うるせぇ! どーせ家出てすぐ別れるんだから一緒に出なくてもいいだろ。置いてくぞ」


「……」


 僕のいつものような返しに、僕とは違い妹は疑うような目を向けてくる。


「なんだよ」


「さっきからそうだけど、昨日までの、お姉ちゃん大好き、みたいなキャラはどこへ置いてきたのかと思って。本当に毒キノコとか食べてない?」


「妹よ。僕の様子については、そのキャラの時に疑うべきだ」


 お姉ちゃん大好きなんて、口が裂けても言わないはずだ。こんなこと、すぐにおかしいとわかるが、今は気にしていられる場合じゃない。


「準備できてるな。置いてくぞ」


「あ、待ってよ!」


 妹の方を振り向く事なく、僕は急いで家を出た。

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