第37話 絶叫しよう

「騙された……」


 フラフラヘロヘロと千鳥足になりながら、僕はアトラクション近くのベンチにどっかりと座り込んだ。


「いやーすごかったわね」


 一気にびしょ濡れになったタレカが、いい笑顔で僕に言ってくる。


 なんだか憑き物が落ちたみたいな自然な笑顔だった。


「すごかったはすごかった……」


「でも、そうでもなかったでしょ? こういうのは乗っちゃえば案外どうってことないのよ」


 あはははは、なんて調子よく笑うタレカからは、いつもの厳しい感じも日和った時の弱々しい感じもなく、いい感じに肩の力が抜けたような、そんな普通の女の子みたいに見えた。


 笑顔も魔性のものではない。


「タレカ、ずっとその感じがいいと思うぞ」


「え?」


 きょとんと首をかしげる動作も今日はなんだかわざとらしくない。


 普通の女の子じゃないな。こりゃ、とても可愛い女の子だ。特になにもしていないのにクラスの誰もが注目してしまうような、そんな子。


「なんて言ったの?」


「なんでもない」


 聞こえなかったらしいことを言いことに僕は首を振った。


「これを見て大丈夫だったと思うか? って言ったんだよ」


「もっと私に対して好意的な言葉だった気がするけど……気のせいか」


 それ以上追求することはなく、タレカはちょこんと僕の真隣に座った。密着するような距離も普段と違うタレカを見たせいか、なんとなくドギマギしてしまう。


 濡れたタレカは、女体化した普通の僕のはずなのに、やはりどこか目を引いた。


「そういや、制服だと下着が透けるってことだったのか?」


「ん? いやぁ、それもあるけど」


 えへへ、とはにかむと、タレカはそれから先はもごもご言って、何かを隠すように誤魔化した。


「……制服以外でお揃いにするのも憧れだったし……姉妹だからとか、理由をつければ着てくれそうだけど、メイトに言うのは恥ずかしいし」


 ぼそぼそ何かをつぶやいているが、未だ衝撃から脳が本調子に戻ってきていないせいで、タレカの言葉をうまく聞き取れない。


 多分お互い様だろう。


「さ、次行こ」


 腕を引いて立ち上がらせようとしてくるタレカに、僕はベンチのヘリを掴んで抵抗した。


「待ってくれ」


「なに? 忘れ物?」


「いや違くって。ちょっとタイム」


「えー。まだ一つ目だよ?」


「本当に好きなんだな。なんか別人みたいだ」


「メイトはおじさんみたいだね」


「それどういう意味だよ」


 ばっと立ち上がるとタレカが意地の悪い笑みを浮かべて僕の額を突いてきた。


「元気出た?」


「む」


 煽って立たせたってことだったのか。どうやら、完全に別人ってわけでもないらしい。


 当然と言えば当然だな。


「いいよ。次行こう。ただ、少し優しめのやつにしてくれないかな。連チャンはきつい」


「なるほどね。メイトは、ぼっちっちだもんね」


「可愛い感じで言っても内容は変わってないからな」


 タレカは少しの間うんうん考えるようにしてから、そうだ、と人差し指を立てた。


「じゃ、歩くやつにしよう」


「歩くやつ。そういうのもあるのか。あんまりイメージ湧かないけど」


「当然だよ。みんながみんな乗り物に乗れるわけじゃないからね」


「それもそうか。年齢制限とかあるみたいだしな」


「ちなみにメイト高いところは大丈夫?」


「大丈夫だと思うか?」


「そっかそっか、じゃああれにしようかな」


 くるりと背を向けるタレカに続いて僕も歩き出す。


 そういえば、年齢制限だけじゃなく、身長制限もあったか。


 一応僕らは高校生だから、その辺は特に引っかからなかったが、周りを見れば未就学児から小学校低学年らしき子まで、幼い子も多くいる。そんな子がやってきてショーしか見れないというのは駄々を捏ねられてしまうだろう。


「もういっそ全部それでいいんじゃないか?」


「そういうわけにもいかないでしょ」


 なかなかこの世界はうまくいかない。


 世界にはタレカのような乗り物ジャンキーもいるということなのだろう。


 それこそ世界No.1とかのスピードが出たり、固定の方法が独特だったり、そんな話は僕もどこかで耳にした。


 人が多いせいで先はあまり見えないが、少しずつ近づいてきたおかげで、なんとなく先が見えてきた。


「待て。歩くやつじゃないのか?」


「歩くやつだよ?」


「聞き方が悪かったな。歩くだけじゃないのか?」


「ここに来るまでは歩いてきたでしょ?」


「やめよう」


 僕が引き返そうとするより早く、タレカは僕の手を掴んでいた。というより、歩き出したその時から、僕が逃げ出さないように、指先を絡めてきていた気がする。


「怖くないって」


「じゃあなにを楽しむんだよ」


「文化?」


「そんな施設があってたまるか」


「キャー!」「うわあ!」「あああああ!」


 建物の中からは人の悲鳴が聞こえてくる。


 見かけからおどろおどろしいもの、そりゃそうでしょうよ。というより、なんだか縦に長い気がする。


「大丈夫。お姉ちゃんがついてるから」


「……タレカ」


 一瞬、キュンとしてしまった僕がバカだった。


 手を引かれるまま連れてかれ建物の中に入ってしまった。


 中は涼しく心地よかったが、歩くというよりまたしても僕は席に固定されていた。


 先が見える、上下に動く。確かに高速で前後に移動はしなかったが、歩くのは途中までだった。僕の中ではこれもまた絶叫系だ。


 脈絡がないようにランダムに動いて、周囲からは嘲笑するような声が聞こえてくる。その声がなんなのかはわからない。世界観を僕は知らない。


 ひっ、とか、うわっ、と意識と関係なく声が漏れてしまい、上下に動いていることも重なって目が回る。右手で虚空を撫でつつ、なんとか掴めるものを探してしまう。


 なにが起きているのかわからないまま、今までの動きが嘘のように急に静かになった。


「……終わったのか」


 ほっとしたその時、足がついていないことに気づいたまではよかった。だが遅かった。虚空を撫でていた手がようやく探していたものを見つけ出し、ぎゅっと掴んだその時、


「いやあああああ!」


 僕らは地面めがけて急降下していた。


「きゃあああああ!」「ああああああ!」「いやっほー!」


 喉が壊れるんじゃないかと思うほど、あちらこちらから悲鳴が響いてきた。

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