第36話 遊園地デートよ

「ほら、メイト練習した通りに」


「いや、ちょっと待ってくれ。本当に待ってくれ」


「時間は限られてるのよ」


「そんな急ぐほどじゃないと思うんだけど」


「いいから」


 眉を寄せ、口をへの字にし、ぎゅっと目を閉じる。


 思い出されるのは、昨日の夜のこと。料理の代わりに練習することになった、僕の表情。


 タレカの母から逃げおおせた翌日、僕らは遊園地まで遊びに来ていた。


 専売特許とばかりに取り出された長めの棒と、それに乗っかったスマホ。周りに注意しつつ、僕はできる限りに笑顔でスマホを見た。


 カシャッと音がして、タレカがスマホを回収する。


「できるじゃない。ほら、だいぶ改善してるわよ」


「笑顔が改善ってなんすかね……」


「これと比べてみなさいよ」


「見せないで、見せないでくれ!」


 黒歴史になりうる自分の写真をスワイプしてずらし、僕は最新の写真を見やった。


 画面に映るは、楽しそうに笑う二人の少女。


 遊園地ではしゃいている感じの、どこにでもいる女子高生だ。そう、中身が僕でなければ。


 昨日買った新しい服、こんなことにならなければ一生着る機会がなかっただろう肩出しの服にミニスカートを身にまとい、僕ら二人は遊園地に来ていた。


 タレカの服装はと言えば、似ているけれど微妙に違うような格好だ。おそらく僕なら同じものを選んでしまうところだろう。しかし、そのすごさはいまいちわからない。そもそも制服とかじゃないのか。


「制服なら誰でもできるでしょ」


「なるほど」


 タレカなりのこだわりだったらしい。


 普段着ている制服も、膝より短いミニスカートなので、かなり注意を払って生活するよう意識してきた。が、こう繁華街のような盛り場に来るとなると、いつも以上の注意をしないと、タレカからレッドカードをもらいそうだ。


 その前に、遊園地を盛り場とか考えていると、タレカだけでなくいろんなところから怒られそうだな。でもなぁ、僕からすれば似たようなもんだしなぁ。


「タレカさん、このカチューシャはもう外しても?」


「ダメよ。写真を撮って終わり、じゃないの。今日はまだまだこれからだし、帰りまでつけるのよ」


「今日はずっとこれ?」


「そうよ」


 案外重いしアンバランスなのだが、一日頭に乗っけておくらしい。実際、周りにも結構つけている人が多い。今まで何をしているんだと思って見ていたが、今は自分が何をしているんだろうと思っている。


 結局気持ちはわかっていない。


「メイト、笑顔は別に写真撮影用ではないのよ」


 頬を突きつつ言ってくるタレカに僕は苦笑いを浮かべた。


「そう言われても、こんなところ前にいつ来たかわからないし」


「ああ。メイトってぼっちだものね」


「なんか久しぶりに言われた気がするけど、そいつはお互い様だろ?」


「残念。私はここ、好きで結構来るのよ」


「誰と?」


「当然一人」


「一人じゃねぇか!」


 ガックリと肩を落としつつ、朝早くから来たおかげで、すんなり入場できたことをよしとしようと切り替える。


 混んでそうなもんだからな、休日の遊園地なんて。


 あれ? タレカって遊園地とか行けるのか? いや、行けるか。


「本当、遊園地まで来てそんな顔してる人は初めて見るわよ」


「そりゃ誰にだって色々と過去があるだろ? 僕にはあんまいい記憶ないんだよ」


「ああ……」


「何か言ってくれ。察したみたいな顔で黙られると一番困る」


「メイトってそういうところあるわよね。反応をほしがるというか」


「芸人みたいに言うな」


 やれやれと肩をすくめて、今日もタレカについて行く。急に立ち止まられるまでは、いつもタレカの先導だ。


 慣れてない僕には行きたい場所もなければ、案内なんてできやしない。対してタレカは、目的地をもっているようで、うだうだ入口で過ごしたが、それでも人並みを乗りこなしてスイスイと進んでいく。


 見えてきたのはジェットコースターらしい乗り物の行列だった。


「ひとまずここに来たらあれよね」


「知らない。そんな文化、僕は知らない」


「話ぐらい聞かな……」


「このネタ何回やるんだよ。いや、そもそも絶叫系は無理なんだって」


「そんなこと言ってたかしら?」


「言ってないけど、遊園地が苦手な理由の一つだな」


 とはいえありがちな弱点にタレカの方も少し目を丸くして、へーなんて言うだけだった。


「それくらい可愛いものじゃない。それに、あれは大丈夫なやつだから。初っ端から飛ばしたりしないわよ」


「なるほど。確かにそれもそうだな」


 見かけとしてはすごいやつに見えるし、そわそわする行列は何かを求めている様子だが、あれは別の列なのかもしれない。


 一応、再確認くらいしておくか。


「本当に大丈夫なんだな?」


「ほんとほんと。もう、泥舟に乗ったつもりでいてよ」


「泥舟?」


「「「「「うわああああああ!」」」」」


 その時、並びだした僕らの元まで轟くような絶叫が響いてきた。


 冷や汗が頬を伝う。


「なあタレカ、僕ちょっと用事を思い出したんだが」


 列を抜けようとするとタレカがすぐさま腕を絡めてきた。浮かべた笑顔は、魅了するあれとは全く違う、とても冷ややかなものだった。


「ダメじゃないメイトちゃん。用事なんてないでしょ。今日は二人ともフリーの日なんだから」


「いや、でもほら、急用というか、ね?」


「もー。そんなに楽しみなの? ほら、前の人進んだよ?」


「あの……」


「せっかく姉妹水いらずなんだから、さ」


 周りが微笑ましそうに僕らを見てくるが、僕の背中はヒヤリと冷える。


 焦らすような時間は嫌なものほど早く迫ってくるようで、次々と列は進んでいき、今か今かと待つ周りの声など気にする余裕がないほどだった。精神は磨耗し追い詰められたその時、僕は乗り物に乗せられていた。そこでは見たこともないような固定装置で体をがっしりと押さえつけられる。


 世界観やら何やらが楽しそうに説明されているのだろうが、周りの人の声など今の僕に届くはずもなかった。気づいた時には、ブワッと強い風が僕を撫でた。


 一瞬にして世界は溶け出し、大きな音を轟かせながら体を揺らす。一気に最上部まで猛スピードで駆け上がると、ほんの少しの間だけ遊園地全体が見渡せた。


 綺麗、なんて思う余裕はなく、僕は死を悟った。


「ああああああああ!」


 誰ものもかもわからない声が頭の中を揺らす。脳を揺らす。


 ザブンと水飛沫をあげて勢いが止まると、どうやら長く続いた絶望が終わりを迎えたことがわかった。


 隣で楽しそうに笑うタレカが何事か話しかけてきているが、耳が働かず聞こえない。


 これが一日続くのか……? 戦々恐々としながら、僕は天を仰いだ。

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