第25話 早起きしたからね……
「悪かったって」
「……」
僕が謝ってもタレカは全く取り合ってくれない。むくれたまま、目を合わせることすら避けているみたいだ。
せっかく昨日約束した通り、僕が普段過ごしている場所に案内したというのに、なんだかいつもよりも落ち着かなかった。
今朝、朝食を食べても時間があったので、僕ら二人は時間までゆっくりしていた。しかし、朝早かったせいか、僕がうっかり眠ってしまったのだ。結果、二人して学校に着いたのは遅刻ギリギリだった。
一応、今日も一緒に登校はしてくれて、お昼を一緒に過ごしてくれている。だが、かなり怒らせてしまったようで、タレカはさっきからずっと黙りこくっている。微塵も不機嫌さを隠そうとしない。
いつもなら、誰も通らない、いい感じに日差しがさえぎられた好立地の場所なのだが、今日だけはそう思えなかった。その誰も通らなさが一層今の問題を浮き彫りにしているようだった。
「ほら、僕が盛り付けた弁当があるから、機嫌を直してくれよ」
「別に、怒ってないから」
淡々と否定するタレカの声はやはりどこかぎこちない。
人間関係のいざこざを乗りこなしてこなかった僕としては、こういう時どう対処したらいいのかがわからない。昨日と同じだ。
僕も黙っているわけにはいかず、ひとまず、今朝僕が盛り付けた弁当を取り出した。朝食は楽しそうに食べてくれたのだが、果たして、と思いつつ蓋をあける。
「あれ……」
朝は寝ぼけていたせいかうまくできたと思い込んでいたが、冷静になって改めて見ると、昨日タレカが準備してくれたものと比べてどう考えてもひどかった。
蓋のことを考えていないせいで、具材の並び方がぐちゃぐちゃになっている。隙間なく詰めていたはずだが、それもかなり揺り動かされていたらしく、朝見た時の原型を思い出せないほどだった。
「こ、こんなはずでは……」
がっくりとベンチの背もたれに体を預けつつ、僕は天を仰いだ。
こんな気持ちでも変わらず空は晴れている。僕はどうやら物語の主人公ではないらしい。ショックを受けても天気が雨という事はない。それはそうだ。僕自信、自分が主人公の話なんて読もうと思わないだろうし。きっと、吉良さんあたりが主人公のお話なのだろう。
「タレカがせっかく作ってくれたのにな。申し訳ない」
「そんな」
何か言いかけ止まったタレカの言葉を受け流しつつ、僕はなんとはなしに箸を持った。そして、入れられただけの料理を取ろうとして、外から箸が割って入ってきた。手始めに取ろうとしたブロッコリーが器用にも脇から飛び込んでくる。僕が反応するより早く新たな箸に取られてしまった。
「あ、おい」
「うん。美味しいわよ」
僕に見せつけるように笑顔で食べるタレカがいた。
そのままミニトマトもタコさんウィンナーもちくわも、パクパクと取り上げてその口へと運んでいく。
一応僕の分として用意してくれた弁当箱のはずなのだが、そんな事はお構いなしにタレカは僕の弁当箱からご飯を取り上げていくのだった。
タレカの分もあるのに!
「いつもより美味しいわ」
「今までで一番美味しそうに食べるのな」
「ほら」
ん、とタレカは箸で持った残り一匹のタコさんウインナーを突き出してくる。
僕はそんなタレカを前に、タコさんとタレカの顔を行ったり来たり交互に見た。
「え、なに?」
「食べないの? なら、私が食べちゃうけど」
「食べます食べます。食べたいです!」
「なら早く食べなさいよ」
特に気にした様子もなく、箸を前に出してくるタレカに僕は一瞬ためらってからタコさんウインナーを一口で丸呑みにした。いや、しっかり噛んで食べたけど、そんな気持ちで口に入れた。
タレカが使った箸。いや、目の前のタレカは僕の体ではあるのだが、とは言え、間接キスは間接キスだった。意識しないことができるほど僕も鈍感ではない。ほぼ目隠しの風呂やら、完全拘束の更衣、そして添い寝やらとはまた違う接触。
さっきまで不機嫌そうにしていただけに、余計に変な意識をしてしまう。
「何よ。変なメイト。急に黙り込んでどうしたのよ」
「いやだって、急に元気になったみたいだったから」
とりつくろうように慌てて僕が言うとタレカはクスッと笑った。
「そりゃ、メイトのせいで遅刻しそうになったんだし、ちょっとは怒ってたけど、起こったことは言っても仕方ないでしょ。それに、私にだってメイトを無理に起こした責任はあるし」
ちょっとそっぽを向きながら、タレカは照れたようにほほを赤くした。
なるほど、ここまでいろいろ考えて落としどころをつけようとしてくれていたのか。それなのに僕は、タレカがどうだとかそれしか考えていなかった。まったく、ぼっちだからって自分勝手だよな。
「いやぁそれにしても、僕は盛り付けただけだけど、うまいうまいと食べてくれるのは素直に嬉しいな」
「照れてるー」
「ちがっ! 違うからな!」
「デレてるー」
「そうじゃない。って、なんか変わってるぞ」
「ムキになってるところがもうね」
「くぅ……」
タレカが素直に話してくれたことで、油断して僕も返事をしたのが仇となった。タレカはこれを好機とばかりに、僕のほほつついてくる。言い慣れていない僕も僕だが、同じように目線をそらしてしまったせいで今さら嘘とも言えない。それに、指先からは僕の熱が伝わっていることだろう。
「ただ、本当に食べてもらえると安心するし、美味しそうに食べてくれるのはいいな」
「何まとめようとしてるの? やっぱり誤魔化してるでしょ」
「だから違うって。あーもー! そんななら今日の買い出し手伝ってやらないからな」
「いいわよ、それでも。ただし、メイトの分はなしだからね」
「やめてくれ。それで最終的に被害を受けるのはタレカなんだぞ」
「大丈夫よ。一日くらい食べられなくても死にはしないわよ」
「やらないよな? 本気じゃないよな? 手伝う。手伝います。手伝わせてください!」
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