第13話 更衣室にて

「やったわね」


「これは色々とやってるだろうな」


 体育。それは当然、体育着に着替えてから行う授業だ。


 そのため、普段よりも少しばかり急いであれやこれやを準備しなくてはいけないのだが、そんな中で僕は、目隠しに耳栓、鼻栓、をつけられ、周囲の状況を全くわからなくさせられていた。


「ぷふっ。鼻声……」


「仕方ないだろ。鼻栓してるんだから。しかもこれ、タレカの見た目だからな」


「いいのよ。みんな、私たちのことは見ないようにしてるんだから」


「人に恥をかかせるためなら自分がどうなってもいいってのか」


 とはいえタレカの言う通り、ここでも白い目で見られることすらないのだろう。


 僕らは、まるで初めから存在しないような扱いを受けている。のだと思う。本当に、いつの間に用意していたのか、目隠しのせいで周りは見えない。


「まだ、目隠しはわかる。そりゃ、僕だからな。いくら見た目がタレカでも、中身は僕だからな。仕方ない」


「納得してる……」


「その笑いを堪えるような話し方やめろ」


「だって……おかしくって……」


「くっ」


 どんな光景になっているのか、こうなるとむしろ見てしまいたいが、自分の姿だし、更衣室で写真なんて撮るわけにはいかないので、きっと僕は一生見ることは叶わないのだろう。


 もういい。笑いものにでもなんでもなってやる。


「いいさ。笑え笑え。だがな、後悔するのはタレカだからな。あと、なんなんだこの耳栓に鼻栓。近くで話さないと聞こえないぞ」


「そりゃそうでしょ。匂いだけでも、声だけでも欲情するかもしれないじゃない。それなら、封じるのが得策よ」


「僕をなんだと思ってるのさ」


「妄想癖のあるぼっち」


「なんか変な属性つけられた」


「うるさいわね。もう少し静かにできないの?」


「キレられた」


「ぷぷっ……やっぱり鼻声……」


「くそぉ」


 よく考えたら耳栓してても聞こえる笑い声って……。


 しかし、これだけ騒いでも追い出される様子はない。師匠からもらったマジックアイテムのおかげで、タレカは問題なく女子として生活できているようだ。


 実際、この女子更衣室へと侵入しても、ラブコメ的展開で女子たちから一方的にボコられるような目には合っていないのだろう。


 無論、見えていないし、あまりよく聞こえていないから、実は違うのかもしれないが、そこのところは後でわかることだ。


「はぁ、全くどんなプレイだよ」


「ぷ、プレイとか言うんじゃないわよ。別にこれは、必要だからやってるだけなんだから」


「ああ」


 そう言えばそうだった。昨日、一緒に風呂に入ったり、一緒にベッドで寝たりしたせいで感覚が少しおかしくなっていたが、タレカはエロ方面の耐性がないのだった。


 なるほどなるほど。


 昨日から一人の時間が取れていないし、ここはそのうっぷんを晴らす意味でも少しからかってやろうか。


「いや、これはどう考えてもプレイだよ。よくよく見てみろよ。目隠しに耳栓、鼻栓。こんな奇異な見た目にさせられるのなんて、どう考えたってお互いでそういう行為をするためだろ?」


「や、やめなさいって言ってるでしょ。私にそんな気はないんだから」


「そんな気はない? なら、どうしてこんな格好をさせながら公の場に僕を晒しものにしているのかな?」


「それはだから、さっきも言ったように、メイトが変な気を起こさないようにするためで」


「でも実際、僕はこうして晒しものにされて、ある意味で興奮を余儀なくされているのだが?」


「いや、それは……」


「それは?」


 タレカは急に黙り込んでしまった。


 先ほどまでは僕にも聞こえるような大きさの声で話しかけてくれていたのに、途端に声が聞こえなくなった。


 何も見えず、何も嗅げず、何も聞こえない状況で、ただ体に触れる制服と空気の感触だけが僕の存在を教えている。


 え、なんだこの間。流石にちょっとからかいすぎたか?


「あ、あの? タレカさん?」


「……」


 返事はない。着替えに集中するにしても、そんな大変なこともないはずだ。


 嘘。もしかして置いてかれた?


 いや待て。流石に何も見えなくったって、動いていないことはわかる。わかるよな……?


 僕は焦りながら、目隠しを外すため目元へと右手を伸ばした。


 瞬間、右脇腹から鋭い刺激。


 敏感になっていた感覚が脳まで一気に到達し、痺れるような感覚が僕の全身を駆け巡った。


「ひゃっ。あ、あは。あはははは」


「罰よ。これは、私を愚弄した罰。一度経験してクセになってるでしょ? しかも今は気が張っている。耐えられるはずがないわ」


「ひゃめ。ひゃめて。ここ学校だから、ひひひい」


「関係ないわ。メイトが悪いんだからね」


 力が一気に抜けてしまい、まるで風呂場で出来事の二の舞のように、僕はその場にへたり込んだ。それからすぐに服を剥かれて、そのまま体育技へと着せ替えられる。


「び、ビジュアル的に完全にアウトだろ」


「知ったこっちゃないわ。全部、全部あんたのせいよ」


「だきゃら。やめ。う、うふ、うふふふふふ。あーっはっははははは」


 我慢しようにも止められず、耳栓してても聞こえるような大きな笑い声が、とめどなく僕の口からあふれ出てきた。


 それと同時、目隠しがズレたことで少しだけ更衣室の様子が視界に入ってきた。


 見える限り人の姿はなかった。


 おい。もう誰もいないじゃないか。


「き、着替えたならもう行こうぜぇ」


 少し手が止まったタイミングで、僕はタレカに提案した。


 だが、タレカの方から聞こえてきたのは哄笑だった。


「面白いこと言うのねメイト。ねぇ、知ってる? この部屋って、かなり防音性が高いのよ?」


「知らない知らない。何それ。そんな話初耳なんだけど」


「いいこと知れたわね。それじゃあ、急いだおかげでまだ授業開始まで時間があるから」


「いや、待って。ごめんなさい。本当にからかったりしてごめんなさあははははは!」

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