第7話 姉妹で風呂は当然でしょ?
「嫌だ! 入りたくない!」
「そんな子どもみたいな抵抗をしないの!」
「絶対におかしい。そして、おかしいのはタレカ、お前だ!」
「おかしいって何よ。この歳でお風呂に入りたがらないあなたの方がおかしいでしょ」
「違う。論点はそこじゃない。高校生にもなって、兄弟と一緒に風呂に入るのが普通とか言ってるのがおかしいんだ!」
「姉妹でしょ?」
「そこは重要じゃない!」
僕は現在、風呂に入るまいと、浴室を背に、脱衣所で必死に抵抗していた。
確かに、家族のフリをすることは受け入れたし、姉妹ごっこも付き合うつもりではいたが、こんなアブノーマルな家族のフリをするつもりはなかった。
なんだよ、高校生にもなって家の風呂に一緒に入るって。
「いいじゃない。童島さんも言ってたでしょ? 男子は女子の裸でラッキーだって」
「どうしてそっち側の発想をここで持ち出すんだ」
「メイトがおとなしくしないからでしょ」
「おとなしくできるか!」
「そもそも、家庭環境は人それぞれとか言ってたじゃない」
「ならこちらの意見も尊重してほしいところだ」
「まったく、あー言えばこう言う。仕方ないわね」
腕を上げて僕が威嚇するように構えていると。タレカは優しい笑顔でそっと近づいてきた。
観念したのかと思って、僕も脱衣所から出ようと通り過ぎようとしたその時、ふっと耳に息が吹きかけられた。
「ああっ」
弱々しい声が口から漏れたかと思うと、全身から一気に力が抜けて、その場にへたりこんでしまった。
何が起きたのか分からず、ただ呆然としていると、背後から、ふっふっふっと、実に楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
「私はね、耳に息を吹きかけられると体から力が抜けるのよ」
「じ、自慢げに言うことじゃねぇ……」
ただ、それがわかっても、スタン状態に入ったせいか、全身に力が入らない。僕はタレカにされるがまま、おとなしく着ていた制服を脱がされてしまった。
透き通るほどの白い肌が外気にさらされ、ひんやりとした感触が肌を撫でる。
だが、まともに見ることなど当然できるわけもなく、僕はそっぽ向いた。それでも、顔がみるみる赤くなるのが自分でも分かった。
「あら? 女子の裸を見ても喜ばないの?」
意外そうにタレカが聞いてくる。
当然彼女も裸だ。そちらは一応僕のものなので、別段気にすることはない。ないが、やっぱりタレカの裸は別だ。
支えを失った胸から重量を全身に感じて、今まで意識の外へ追いやっていた女子になった事実をいきなり眼前に突きつけられたような衝撃が僕を襲ってきた。
ただ、ウッヒョーとか言い出せる空気じゃない。
「そんなギャグパートでもないだろ」
「案外気にするのね」
「そりゃ、まあ……」
やたらタレカが積極的なのが、僕としてはどうしても気がかりだった。
ラブコメとして見ていれば、ニヤニヤしてしまうかもしれないが、エロが苦手なタレカが、こういう状況を楽しむキャラとは思えない。
そう考えると、なんだか違和感を覚えてしまう。その違和感がなんなのか、そこまではわからないのだが……。
「その。え、エッチな話は苦手だけど、裸を見られるのは気にならないのよ」
「なんだそれ。どんな理論だよ」
「だって、いつも人に見られて育ってきたのよ? そんな環境で育ったら、普通、見られて困るような肉体にはならないように、自然と意識しちゃうものなの。って何を言わせてるのよ!」
「タレカが言い出したんだろ」
僕の抗議を無視して、タレカは浴室へと僕の手を引いた。
その顔はなんだか不安そうで、風呂に入るというような雰囲気ではなかった。とても全てを話してくれたようには見えない。
「もしかしてタレカ、風呂に入るのが苦手なのか? 一人で入れないとか」
「そんなわけないでしょ」
「それもそうか。女子なんだし」
じゃあなんでだろうと疑問に思っていると、バシャッと桶いっぱいの熱湯をかけられた。
「あっつ!」
「元に戻らないみたいね」
「こんなんで戻ったらキセキとか呼ばれないだろ」
「熱湯をかけたら戻るってどこかで聞いた気がするんだけど」
「あれはキセキとは別物なんじゃないか?」
「それもそうね。私の体もお湯に溶けたりしないみたいだし……」
「ああ……」
察しが悪かった。僕は思わず頭を抱えてしまった。
それはそうだ。僕はスライムの体になってしばらく生活しているから、風呂に入ったところで体が溶け出さないと知っていた。だが、どろっと溶けて変身しただけのタレカは、当然ながらそんなことを知らない。
風呂に入っていいのかどうか。一人で入ったら、もしかしたらそこで死んでしまうかもしれない。そんな不安があったから、僕を巻き込もうとしたのだ。
今の状況を言い訳にしてまで僕を風呂に連れ込んだのだ。
僕の肉体の事だから、触れにくくて、聞けなくて……。
「ごめん。僕、タレカのこと何も考えてなかった」
「何が?」
きょとんとした様子でタレカが聞き返してきた。その手元ではどうやったのか、人の技とは思えないほどの泡がもくもくと膨らんでいた。
「いや、だから、僕の体がスライム状になってること」
「ああ、そのこと。メイトがわざわざ止めなかったから、お風呂くらいは入れるんだろうなとは思っていたわ」
「でも」
「ほら、座りなさい」
タレカが背後から密着するようにしてきて、僕はおとなしくイスに座った。そのまま、手に持っていた泡は僕の頭部へとぶつけられる。
どれだけ泡立てられていたのか、ボフッと音を立てて、髪全体が泡に包み込まれたような錯覚を覚える。
下手に目を開け口を開けば泡にまみれてしまいそうだ。これではまともに見ることもできない。
なるほど、体を見せないためには絶好な方法だよな。
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