第19話:描く未来と晩餐会

 参謀本部での話し合いから二日後、雲一つないお昼の帝都は激しい戦闘が繰り広げていた時期とは違っていた。


「そこの兵隊さん!配給切符で買っておくれ‼」


 果物屋のおばさんが大声で通り掛かった荷物とマウザーGew98を持った二人の帝国歩兵に言うが、一人が左手を横に振る。


「ああ、すまない。家族の土産の為に全部、使っちまったよ」


 そう言って立ち去る二人の歩兵を見て、おばさんは溜め息を吐く。


「あのーリンゴを一袋、下さい」

「あいよ。配給券か・・・⁉︎」


 おばさんはリンゴの入った袋を手に取り前を向いた瞬間、驚きのあまり袋を落とす。


「カール?お前、カールかい⁉︎」


 目の前に立つカールと呼ばれる軍帽を被り、背中にリュックを下げた若い男性兵士は笑顔で敬礼をする。


「カール・フェルトン二等軍曹、ただいま帰還しました」


 自身の子が無事に帰って来た事におばさんは涙を流し、抱き付く。


「カール!全然!手紙や連絡がなかったから!死んだものかと!」

「ごめんよ母さん。配属された西方が激戦で連絡する暇がなくて。本当にごめんね」


 とあるカフェのテラス席では綺麗な洋服を着た若い女性が向かい合って楽しく会話をしていた。


「ねぇハンナ、ヨハンからの手紙はなんて?」


 彼女からの問いにハンナは笑顔で答える。


「うん。愛しているって。でも任務でしばらくは帝都に帰れないって」

「あらあら。今日はハンナの誕生日なのに」

「そうね、クロエ。でも大丈夫よ。彼はきっと帰ってくるわ」

「ええ、そうね。そうだハンナ、実は私からプレゼントがあるの」

「ええ、なになにクロエ」

「目を閉じてハンナ。今、プレゼントを出すから」


 そう言うとクロエは笑顔で席を立ち、何処かへと向かう。そして誰かを連れて来る。


「はい!ハンナ、目を開けて。誕生日プレゼントよ」

「はーい」


 ハンナは嬉しそうに眼を開けると目の前の席に座る軍服を着こなし軍帽を被った若い男性兵士に驚く。


「ヨハン⁉ヨハンなの⁉任務で帰れなかったんじゃ?」


 ヨハンは驚くハンナに向かって明るい笑顔で答える。


「実は君に送った手紙は嘘で君を驚かせたくて今日、帰る事はクロエに伝えて彼女にも協力してもらったんだ」

「バカ‼でも・・・よかった。本当に無事で」


 嬉し涙を流すハンナは立ち上がり、そしてヨハンも立ち上がり二人は強く抱きしめ合う。


 一方、とある酒場では軍服を着こなした女性兵士が三人の男性達と共に楽しくビールを飲んでいた。


「さぁーーーーっ!今日は娘セラの帰還祝いだ!飲むぞ!飲むぞ!」

「もぉーーーーっ!パパ!朝から飲み過ぎよ」


 セラが笑顔で右隣に居る彼女の父親に向かって言うと父親は嬉しそうにビールを飲む。


「ぷはぁーーーーーーっ!いいじゃないか!今日はお前の帰還祝いだ!パーーーーーーッとやろう!」

「おい!マルス!セラの言う通りだぜ!またカミさんに見付かったらどやされるぞ!」


 マルスの飲み友達の男性が笑顔で言うが、マルスは気にせず再びビールを飲む。


「大丈夫だよ!今日は家で娘の帰還パーティーだ!この飲み会は前夜祭だし、飲み過ぎはしないさぁ!さぁ!皆!グラスを持て‼」


 そして皆は笑顔でビールの入ったグラスを持つ。


「よーーーし!じゃあ!娘の帰還に!乾杯!」

「「「乾杯!」」」


 そんな光景を少し遠くから軍服を着こなし軍帽を被ったアルフレットとターニャが笑顔で眺めていた。


「やっとここまで来たなぁアル。お前が望んだ未来が」


 笑顔で言うターニャの言葉にアルフレットは笑顔で軽く首を横に振る。


「いいや。この光景は俺が描く未来のまだ始まりに過ぎない。ターニャ、これからだ。俺達の戦いが更に激しくなるからな」

「そうだな、アル。必ず存在Xの野望を塵も残らず粉砕し、勝利しよう」

「ああ、そうだなターニャ。俺達は必ず狂った神に勝利する」


 アルフレットとターニャは笑顔で目の前の光景を見ながら改めて存在Xへの勝利を決意するのであった。



 その日の満月の夜。帝都ベルンの郊外にある海抜855メートルの山の頂上に建てられた古城、“フィロンツィオ城”で帝国中の貴族や上流階級が集まる晩餐会が開かれていた。


 フィロンツィオ城はかつては要塞城で1798年に廃城となったが、帝国統一時の1859年に初代皇帝が再建を行い現在は帝国有数の晩餐会場として使用されている


 そんなフィロンツィオ城の大広間では帝国全土から集まった貴族達が煌びやかで美しい洋服やドレスを着こなし、晩餐会を楽しんでいた。


 そんな中で軍服姿のルーデンドルフとゼートゥーア、そしてレルゲンは貴族夫婦達を相手にワインを飲みながら楽しく談笑している一方でルーデンドルフ達と同じく軍服姿で軍帽を被っているアルフレットは数多くの貴族令嬢に囲まれていた。


「アルフレット様!わたくし!帝国五大貴族の一つ!ローゼンドゥッフェ家の長女!ナタリーと申します!」

わたくし!農園貴族のフォルティン家の三女!セーレンと申しますわ!アルフレット様!」

「アルフレット様!アルフレット様!わたくし!帝国国土鉄道社を運営しております!貴族のバンフェン家の次女!エルティと申しますわ!」

「アルフレット様!はじめまして!わたくし!ニューベン造船社を運営しています!貴族のニューベン家の四女!リュアノと申しますわ!」


 一方で令嬢達の相手をするアルフレットは逆に少々、困った笑顔をしていた。


(やばい!身動きが取れない!ここに来るまで何も食べていないから腹が減った。早く!晩餐会の料理が食いてぇーーーっ!)


 アルフレットが心の内で語っている一方でアルフレットの周りを取り囲む多くの貴族令嬢達の黄色い歓声に包まれている光景に他の貴族中青年ちゅうせいねん達は嫉妬の表情をしていた。


「くそ!何であんな下級貴族の長男坊が他の貴族の令嬢にモテんだよ‼」

「アルフレットめぇーーーっ!ユンカードイツ圏での地主貴族のくせに‼」

「まったく!下級貴族は我ら中級や上級の貴族に顔を立てるのが通りだろ‼」

「畜生がぁーーーっ‼ユンカードイツ圏での地主貴族でありながら次期参謀長に推薦されるとは!ふざけやがって‼」


 そんな彼らの横を静かに通った軍服姿で軍帽を被ったターニャは令嬢達の間を搔き分けながらアルフレットの元に着く。


「皆様!申し訳ありません!中将!そろそろ約束の時間が近づいています!」


 ターニャからの報告にアルフレットはキリッとした表情で頷く。


「分かった大佐!すみません皆様!大事な約束がありまして、これで失礼します!」


 そしてターニャに連れられアルフレットは令嬢達の包囲網を突破し、無事に離脱した。


 アルフレットは抜け出せた事にホッとし笑顔でターニャに向かって言う。


「ありがとうターニャ。助かったよぉーーーっ」


 アルフレットのお礼の言葉にターニャは笑顔でフッと笑う。


「いいってことよアル。それに約束の時間まで一時間あるし、晩餐会の料理を堪能しよう。私もお前もお腹がペコペコだしな」

「そうだったなぁ。んじゃ、腹いっぱい食うとするか」


 その後、アルフレットとターニャは約束の時間まで楽しく晩餐会に出された大量の料理や飲み物、デザートを堪能するのであった。



あとがき

今回の話で登場した古城、“フィロンツィオ城”はドイツ・シュヴァーベン地方ヘヒンゲンにある山城の『ホーエンツォレルン城』をモデルにしています。

次回からはかなり責めた描写を描きますので。

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