第14話:ノルデンのオーロラ

 統一暦1924年のレガドニア協商連合国の首都、スンツィアルバにて。


 首都にある国防省の会議室では集まった十人評議員達を重苦しい空気によって包まれていた。


「まだだ。まだ何か打つ手があるはずだ」


 両肘をテーブルに置いて上座に座る協商連合十人評議会の筆頭で陸軍評議員のオルヴァ=ジュール・カゾールは暗い表情をしていた。


 理由は一つ、オース・フィヨルドが陥落し自国の戦争継続能力を失った悲報を聞いたからである。


 すると会議に慌ただしく男性通信兵が右手に白い紙を持って入って来る。


「失礼します!先程、帝国より国際通信で講和交渉の内容が入りました!」


 さらなる悲報にオースは覚悟を決める。


「分かった。読み上げろ」


 通信兵は早速、持って来た講和交渉が書かれた書類を読み始める。


「えーと!一つ!“帝国及び貴国は速やかに軍事行動を停止させ帝国と休戦を結ぶこと”

一つ!“帝国は貴国に対して賠償金の請求と領土割譲を行わない”

一つ!“帝国は貴国との間で起こっていた領土問題に対して帝国は貴国に謝罪、不当な占領を行う領土を速やかに貴国に返還する”

一つ!“帝国と貴国は友好通商条約ならびに不可侵条約を結ぶこと”

一つ!“帝国は貴国に対して戦後復興の支援を行う”

一つ!“条約締結後は帝国は速やかに貴国内に駐留する軍の全面撤収を行う”以上です!」


 オースは帝国からの講和条件を重く聞き入れる。


「そっか。では、ただちに帝国の講和準備を始め・・・・ええ⁉︎今!なんと?」


 重い空気がぶっ飛ぶ様に驚くオース。それは彼だけでなく他の十人評議員達も同じく驚く。


「賠償金や領土割譲も行わないだと⁉︎」

「しかも自ら国際違反を認め謝罪するだけでなく!ノルデンを我が国に返還するだと⁉︎」

「一体どう言う事だ!確実な勝利者のはずの帝国が、まるで敗者の様な条件じゃないか!」


 驚いていたオースはすぐに冷静を取り戻し、騒つく皆を諌める。


「皆!落ち着くんだ!君!帝国からの国際通信には不審な点はなかったか?」


 オースからの問いに通信兵は冷静に答える。


「はい!不審な点はありません!それどころか、この講和条約の内容を世界に向けて発信しています!」


 通信兵からの答えにオースは不意を突く様な表情で深く背もたれに身を預ける。


「分かった。君は下がってよい」

「ハッ!失礼します」


 通信兵は敬礼をし、会議室を出るのであった。


 その後、オースはすぐに姿勢を正しくし皆に言う。


「諸君。帝国がどの様な狙いで常識離れした講和条件を出したか知らんが、相手の真意を知る必要がある。条件に従い戦闘を停止し帝国と交渉をする。よろしいな」


 オースからの問いに他の十人評議員達は沈黙で肯定するのであった。


⬛︎


 薄れ行く意識の中で冷たい海と海面で反射する光を見ながらスーは湧き上がる罪悪感に胸を締め付けていた。


(すまない、メアリー。生きて、お前を抱きしめてあげたかった・・・・こんな父を許してくれ)


 すると眩い光と共に目を覚ますと、そこは白いベットの上で白い布団をかけた状態で寝かせられた病室であった。


「こ、ここは?」

「目が覚めましたか?アンソン・スー大佐」


 スーは声のする方に顔を左へ向けると、そこには軍帽を被ったアルフレットが椅子に座っていた。


「て!帝国軍人‼︎じゃここは!」


 スーは悟る。自分は帝国軍の捕虜になっている事を。


「ええ。ここは帝国軍の病院船、シュタインベルク級病院船の一番艦の中です」


 アルフレットは笑顔で言うとスーは一瞬で冷静になる。


「なぜ私を助けた?情報が欲しいなら、お偉いさんに聞け。俺は何も知らんぞ」


 威嚇する様なスーの表情にアルフレットは逆に笑い出す。


「そんな警戒しなくてもいいですよ。戦いは終わりました。それに今更、情報を聞き出すつもりもありません」

「では、なぜだ?」


 まだ威嚇するスーの問いにアルフレットは笑顔で答える。


「国際法に則り、人命救助をしただけです」

「戦いは終わったと言ったな?我が国は負けたのか?」

「はい。協商は帝国に負けました。同時に帝国も協商に負けました。簡単に言うと引き分けです」

「そっか・・・ん⁉︎今なんと?引き分けだと⁉︎」


 スーは耳を疑う言葉に驚く。そしてアルフレットは続ける。


「ええ。帝国は協商に対して出した条件がノルデン地方の返還と謝罪、その後は我が軍の早期、全面撤収と協商への戦後復興が行われますので」


 スーは驚愕のあまり言葉を失う。その筈だ。勝者であるはずの帝国が敗者の協商に提示した条件がまるで敗者そのものである。


「では、帝国は協商を占領しないのか?」

「ええ、しませんよ。今は交渉の為に休戦中でしばらくは帝国の仮捕虜収容所での生活ですが、近い内に交渉は締結して帰国、出来ますよ」


 笑顔で答えるアルフレット。それを聞いたスーは涙を流す。


「信じられん!我が国は敗戦したと言うのに帝国が自ら勝利を放棄するなんて!」

「事実です。我が国は『敗北する為の戦争』を目的として戦っていますから」


 笑顔で言うアルフレットの右隣に立ち、軍帽を被ったターニャの姿にスーは驚く。


「き!貴様は“ラインの悪魔”‼︎」

「私の事はそう呼ばれているのですね。初めましてアンソン・スー大佐、私は帝国軍第203航空魔道連隊指揮官のターニャ・フォン・デグレチャフ大佐です」

「遅れながら、私はアルフレット・シュナイダー中将、帝国軍第1装甲軍の指揮官を勤めています」


 二人は笑顔でスーに向かって敬礼をし、それに対してスーは軽くコクッと頷く。


「初めましてシュナイダー中将、ならびにデグレチャフ大佐。それでデグレチャフ大佐が言っていた『敗北する為の戦争』とは?」

「帝国の現在の方針です。簡単に言いますと勝利による終結ではなく、双方を敗北させての集結です」


 ターニャは答える。その後、ターニャはスーに対して『敗北する為の戦争』を事細く説明をした。


 説明を終えるとスーは天井を見ながら言う。


「なるほど。あえて、お互いを敗北させる事で勝利後の遺恨を消す事で次なる戦争の誘発を防ぎ、平和を築く。無茶苦茶な計画ですな、シュナイダー中将」


 それを聞いたアルフレットはフッと笑い被っていた軍帽を取る。


「ええ。無茶苦茶ですが、現に帝国と協商の講和交渉は上手く行っています。試す価値は十分ですよ」

「確かにそうだ。生きて祖国に帰り、再び家族に会える。勝利以上の価値あるな」


 そう言うとスーは傷付いた体をゆっくりと起き上がらせる。


 その姿にアルフレットは少し慌てながらスーの包帯が巻かれた体を両腕で支える。


「分かりました、シュナイダー中将。微量ですが、あたなが望む戦争終結の為にご協力します」

「ありがとうございます。スー大佐」


 昨日の敵は今日の友、アルフレットとスーは笑顔で握手をするのであった。


「中将、もし許されるのであれば、合州国に居る家族に連絡したいのですが」


 スーの願いにターニャが真顔で首を軽く横に振る。


「申し訳ありません、スー大佐。休戦中とは言え外部との連絡は出来ません」


 が、ターニャはすぐに笑顔になる。


「ですが、特別配慮です。私と同行であれば電話を貸しますが」


 ターニャからの提案を聞いたスーは喜ぶ。


「ありがとうございます。デグレチャフ大佐」

「あ!それとスー大佐の副官も救助していますが」


 アルフレットがそう言いながら立ち上がり、スーの隣のカーテンを開ける。そこには左目を包帯で隠し、寝かされているグンナーがいた。


「スー大佐、ご無事でしたか」

「グンナー少佐!生きていたのか」


 首だけを右に向けるグンナーは笑顔で頷く。


「ええ。あの時はダメかと思いましたが、幸い魔力弾の威力が弱かったので皮と肉が抉れた位で助かりました」


 するとグンナーはアルフレットとターニャの方を見る。


「シュナイダー中将、デグレチャフ大佐、私も微力ですが、協力いたします」


 グンナーからの協力申し出に二人は笑顔で頷く。


「ありがとうございます。グンナー少佐」


 アルフレットがそう言い、ターニャと共に彼と近づき、握手をするのであった。


⬛︎


 合州国のとある昼の麦農家にある一軒家。


 その中ではアンソン・スーの妻、アリシア・スーと娘のメアリー・スーが悲しい表情で抱きしめ合っていた。


 窓際に置かれたラジオからは協商連合国が帝国に敗北した臨時ニュースが流れていた。


 すると突然、電話が鳴り始めアリシアはメアリーの元を離れ、リビングへと向かう。


 椅子に座り一人となったメアリーは俯き涙を流しながら屈辱に満ちた表情をしていた。


(お父さん!・・・帝国め‼︎必ず私が、お父さんの仇を‼︎)


 胸の内で復讐を誓うメアリーの元にアリシアが喜びに満ちた表情で慌てながらメアリーに駆け寄る。


「メアリー!早く来て‼︎」


 メアリーは俯いた状態で涙を拭い、落ち着いた表情をして顔を見上げる。


「どうしたの?お母さん。そんなに慌てて?」

「いいから来て!電話に出て!」


 メアリーは椅子から立ち上がりリビングへと駆け足で向かい小さなデスクに置かれた黒電話の受話器を手に取る。


「はい、メアリー・スーですが」

「メアリー、私だ」


 受話器から聞こえて来るスーの声にメアリーは驚く。


「お父さん⁉お父さんなのね!生きていたのね!」

「ああ、そうだよメアリー。すまない、心配させてしまって」

「うんうん。いいのよ。でもよかった」


 メアリーは流しかけた涙を右の人差し指で拭う。


 一方の患者服を着たスーは松葉杖を使って立ち、ターニャの同行の元で軍医院長室にある黒電話から合州国に家族へ笑顔で電話をしていた。


「詳しくは話せないが、帝国は協商を占領する事はないようだ。今は帝国の捕虜で、こうやって電話も出来るのも特別でな。しばらくは捕虜の生活となるが、講和が締結すれば直ぐに帰国出来るから。だから、お母さんと一緒に合州国で待ってなさい。かならず、お父さんが迎えに行くから」


 軍医院長室の扉の側に立つターニャがポッケから懐中時計を取り出し、時間を見る。


 そしてスーに近づき松葉杖を持つ左腕の裾を軽く引っ張る。


「スー大佐、そろそろ」

「ああ・・・すまない、メアリー。時間が来てしまった。ああ、お父さんは大丈夫だから、お前もお母さんも体には気を付けてな。うん。じゃあね」


 スーは会話を終え受話器を電話へと置く。


 そしてターニャの補助でスーは軍医院長室を出る。


「あれ?デグレチャフ大佐、捕虜を連れて、どうしたんだ?」


 廊下でコートを着て、軍帽を被ったバルトに笑顔で声を掛けられたのでターニャはいている左手で敬礼をする。


「これはバルト副装甲軍司令官とグレディン作戦少将」

「デグレチャフ大佐、院長室の電話を捕虜に貸したな。いくら休戦中とは言え捕虜に電話を貸すのは軍規違反だぞ」


 バルトと同じ格好でグレディンは少し冷徹な評価でターニャに言う。


「は!ですが、アルフレット中将には許可を貰っています。お疑いなら中将にお聞き下さい」


 真顔で言うターニャにグレディンは思わず笑い出す。


「ごめん!ごめん!デグレチャフ大佐!冗談だよ。中将からは話しは聞いているよ」

「全く。グレディン、冗談はその位で。はじめまして、アンソン・スー大佐。私はバルト・アイザック少将です。帝国陸軍第1装甲軍の副指揮官を務めています」


 笑いが止まり、落ち着いた表情と態度となったグレディンはズレた軍帽を直す。


「失礼いたしました、スー大佐。私はグレディン・フォン・シュルトマン少将です。帝国陸軍第1装甲軍の作戦参謀を務めています」


 二人が笑顔で敬礼をし、スーもいている右腕で敬礼をする。


「はじめましてアイザック少将、シュルトマン少将。アンソン・スー大佐です。協商連合軍第17空中スキー魔道兵連隊の指揮を勤めていました」

「協力の申し出、アルフレット中将から聞きました。これから、よろしくお願いします」

「こちらこそ微力ながら、お力をお貸しします」


 アイザックとスーは笑顔で握手をし、そしてスーはグレディンとも笑顔で握手をする。


「あ!そうだ。デグレチャフ大佐、スー大佐、外に出ませんか?実は今、夜空にオーロラが出ていてね」

「ほぉーーーっ‼︎オーロラですか!いいですね!スー大佐はどうしますか?」


 ターニャからの問いにスーは笑顔で答える。


「ああ。私も是非、見たい。捕虜の身ではあるが、久しぶりにゆっくりとオーロラを見てみたい」

「ふふっ。決まりですね。じゃ僕は人数分のコートを取って来ますので、お先に行っていて下さい」


 グレディンは笑顔でコートを取りに向かうのであった。


⬛︎


 北海を南下するシュタインベルク級病院船の一番船、シュタインベルクの上には満点の夜空に光り輝く星々と青白く輝く月、そしてシルクの様な真っ白に七色が合わさり、波打つオーロラが幻想的な世界を作り出していた。


 さらにシュタインベルクの外デッキにはコートを着こなした多くの帝国軍人や治療を受けた協商連合軍人が大自然のイルミネーションを楽しんでいた。


「大佐殿!見て下さい!オーロラですよ!オーロラ!凄いですね」


 目を輝かせ子供の様にはしゃぐセレブリャコーフをターニャは宥める。


「興奮するのは分かるが、落ち着きたまえセレブリャコーフ中佐。でも、確かに本物のオーロラは圧巻だな」

「ヴィーシャ、一緒に写真、撮らない?」


 フィルムカメラを持って笑顔で来たエーリャの問いにセレブリャコーフは笑顔で頷く。


「ええ、いいわね。デグレチャフ大佐もどうですか?」

「いいな。じゃ私も北方の思い出としてな」


 一方、外デッキに固定設置されたベンチに座りオーロラを見るスーは周りの光景と共に笑顔になっている。


「絶景だな。オーロラは見慣れていたが、戦闘が始まるフィヨルド以上に素晴らしい光景だな」


 そう言っていると彼の右隣にコートを着たアルフレットが座る。


「失礼、スー大佐。どうですか?俺の計画で生まれた光景は」


 アルフレットが笑顔で問うとスーも笑顔で答える。


「信じられないな。オーロラもそうだが、敵同士がこうやって一緒にオーロラを見る光景なんて初めてだから」

「そうですか。それはよかった。医者には内緒ですけど、タバコ、吸いますか?」


 アルフレットが一本のタバコを出すとスーはニヤリっと笑いながら差し出されたタバコを受け取る。


「ああ、いただくよ」


 そしてアルフレットはマッチを点け、お互いのタバコに火を点ける。


「うーん。このタバコ、美味いなぁ。どこのタバコですか?」


 笑顔で問うスーにアルフレットは指の間に挟んでタバコを口から取り、笑顔で答える。


「アバール産ですよ。カリブ海に浮かぶ大きな島で、カリブ中南部で作られるタバコの葉がとても良くて、葉巻も最高なんですよ」

「そうかーっ私はアフリカ産を愛好しているんだが、カリブ中南部がここまで最高とは知らなかったよ」

「よかったら帰国時に葉巻とタバコをお持ちしますが」

「ああ。頼むよ」


 その日の夜は帝国及び協商連合国、双方の軍人達が敵同士である事を忘れ、病院船の外デッキからオーロラ鑑賞や談笑などで大いに楽しむのであった。



あとがき

原作では死亡してしまうキャラが在命し、在命するキャラが死亡する事になりますので、お楽しみ下さい。

次回から協商編は最後になり、第四章は恋愛をメインとした章になります。

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