う~ん、平和だなぁ…あれ?

たの字

第1章

第1話

「う~ん、平和だなぁ…」


  小高い丘を迂回するように草原を抜けていく田舎道を、のんびりと荷馬車が進んでいく。

 その荷台にゴロリと仰向けに寝転がり、ぼうっと空を眺める青年が呟いた。


「この辺りは強いモンスターも、今じゃ滅多に出ないからなぁ。お陰で助かっては居るんだが…」


 御者台で手綱を握る、いかにも気の良い善人ですと言わんばかりの風貌のおっちゃんが、青年の呟きに言葉を返す。


「人魔戦争」と呼ばれる人族と魔族との争乱の終結から二年、各地でのモンスターとも呼ばれる魔物の氾濫、活性化も、ようやく落ち着きを見せ始めていた。


「しかしお前さん、冒険者なんだろ?こんな辺境まで何しに来たんだい?依頼か?」

「いやぁ、おっちゃんの言うとおり冒険者なんだけどさ。【スカウト】だから元々採取系のクエストをメインでやっていてね。戦争も終わったから、のんびりあちこち見て回ろうかと思ってさ。一応これでもC級だから、それなりに戦えるし。それにこの先の村には今、『魔王討伐隊』の一人がいるって聞いたからさ。一度見てみたいなって思って」


 と、腰に差したショートソードを持ち上げて答える青年。


 この世界で、成人すると神から授けられる【ジョブ】。

 それまでの経験や性格等で授けられるとされるそれは、それぞれのジョブ特性やレベルに合ったステータスのボーナスや様々なスキルの習得によって、より専門的な生き方を可能としてくれている。

 ちなみに【スカウト】は大きく【盗賊シーフ】系に分類されるジョブで、探索や罠の解除等に優れたスキルを習得していく。


 そんなジョブの中でも特に戦闘職に分けられる者達は、冒険者ギルドと呼ばれる組織に所属し、薬草等の採取やモンスターの討伐、商隊の護衛や果ては掃除やお遣いといった雑用まで、クエストと呼ばれる依頼を請け負う、所謂何でも屋の冒険者になる者も多かった。

 冒険者にはギルドが定めるS級からF級までランクが存在し、C級は一般的には一人前と呼ばれるランクになる。

 冒険者になりたてのF級から始まり、まだまだ新米のE級、安定してクエストをこなせるようになるD級、C級とランクは上がっていき、B級なら一流、A級は超一流と言われ、S級ともなれば最早伝説扱いで、現在では数えるほどしかいない。


 そのA級冒険者や、各国家の騎士団や魔術団、聖教会関係者等から同じくA級とされる戦闘職を中心とした者達が招集され、魔王率いる魔国との最終決戦において魔王を討つべく結成されたのが、A級の者100人からなる「魔王討伐隊」であった。

 その中でも最終的に魔王と対峙し、これを打ち破った5人は特に「魔王討伐パーティー」と呼ばれ、その実力、功績から全員がS級になったと言われている。


 魔王討伐パーティーは言うに及ばず、魔王討伐隊に参加した者達も英雄と呼ばれ、憧れや尊敬を集める存在であった。


「例の領主代理様の巡回視察の護衛殿か?それでわざざこんな田舎まで来たんかい。ご苦労なこったなぁ」

「いやぁ、おっちゃんが乗せてくれて助かったよ。今夜も野宿かと思ってたからさ」


 ようやく世の中も落ち着きを見始めた昨今、この東の王国では各地の領主やその代理が領地の現状を視察する巡回が始まっていた。

 そんな巡回視察団の一つに魔王討伐隊の英雄が護衛として随伴していると聞き、ならば一目見てみようと旅立ったものの。

 辺境故に小さな村への定期便の馬車なんてものもなく、とぼとぼと村へと続く田舎道を野宿しながらひたすら歩いていたところを、たまたま村へと向かう荷馬車に乗せてもらえた青年である。


 ジョブではないリアル盗賊も珍しくないこの世界で、あっさりと荷馬車に乗せてくれたおっちゃんは紛れもなく良い人だが、モンスターや盗賊の襲撃とか大丈夫なの?と聞けば、おっちゃん曰く、こんなド田舎で盗賊をする奴なんていないとのこと。

 感謝をしつつも、本当に大丈夫かよ?と心配になる青年である。


「でも、滅多に無いとはいえモンスターが全く出ないわけでも無いからな、護衛してもらえてこっちも助かるってもんよ。ところでお前さん、名前は?」

「名前?俺はジョン。ジョン・スミスって言うんだ。おっちゃんは?」

「ジョンか。俺はジョセフだよ。【農民】ではあるんだがな、こうして近くの村々を回って荷物を運んでるんだ」


 人懐っこく笑うジョセフだが、すぐに表情を曇らせる。


「でもジョン、英雄様も結構だが気を付けろよ?領主代理様ご一行だが、あまり良い噂を聞かなくてな」

「どういうこと?」

「巡回先で税の納めが悪いとおっしゃってその場で食料やら金銀財宝を徴収したり、食料や金目のものを出せなければ罰として鞭打ちしたりな。英雄様をはじめとした護衛達も、店で派手に飲み食いしては金も払わず暴れたり、無理矢理女を差し出させたりと無茶苦茶らしい」

「そんなことが!?そんなのまるで盗賊じゃないか」


 ガバッと起き上がり、ジョセフに顔を向けるジョン。


「そんなこと、間違ってもご一行様の目の前で言うんじゃないぞ!?下手に逆らえば鞭打ちされ、牢獄行きだ。住民達も恐れてほとんど泣き寝入りらしいぞ…まあ、あくまでも噂だからな。嘘だろうが本当だろうが、下手に関わらずに遠くから眺めるくらいにしておくのが無難だろうて」

「噂ねぇ…うん、ありがとう。気を付けるよ」


 再びごろんと寝転がり、誰に聞かせるでも無くジョンは小さく呟く。


「せっかく平和になってきたのになぁ…さて、どんなが拝めることやら」





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