019:奈良県制覇

019:奈良県制覇

 ここに俺たちがいるはずが無いと、田中は焦ってアワアワし始めるのである。



「なんで、われらがおるんや!! まさか倉吉たちが裏切ったのか………任侠の世界で裏切りなんて、そんな筋違いをして許される思てんのか!!」


「筋違い? 何言うてるのか、いっこも分かれへんな。倉吉組たちがいう事を聞く筋なんて存在せんで?」


「おいっ!! 何を兄貴に向かって筋違いだなんて言ってんだよ。そもそもはテメェらが、カタギの人に脅しをしたからじゃねぇのか? それを棚に上げて筋違いだって騒ぎ立てる上に、子分たちを見捨てて隠れる。それが本当に任侠がやる事か?」



 どうにも田中たちは倉吉たちを「筋違い」だの「任侠道に反している」だのと言ってくる。

 あまりにも自分たちだけの意見を言ってくるだけだったので、俺はイラッとしてしまって田中たちに怒鳴って正論をブチかましていくのである。

 それを聞いて田中は「うっ!?」と、何も言えずに黙り込んでしまう。そんな田中をみて、若頭の高橋が俺たちに言い返してきた。



「そんな言い分が通るか!! オヤジは、カタギを襲うた事なんて知らなんだんだ。それの責任を取れって、そんな暴論を言うてくるんじゃねえ!!」


「兄貴、これどうしますか? アイツら最後の最後まで反対しますよ? 殺した方が早いんじゃないすか?」


「まぁそれもそうやが、ほなおもろないやろ? あっええこと思いついた………花菱に頼みたい事があるんやがええか?」


「はい? 俺にできる事ならなんでもやりますよ。どんな面白いこと思いついたんすか!!」



 もう無茶苦茶を言い出してきて、俺は説得も和解もできないと分かって、兄貴に耳打ちで殺した方が早いんじゃないかというが、それじゃあ面白くないと兄貴は言って俺に頼みたい事があると、何かを思いついたらしい。



「田中っ!! 自分らにラストチャンスをやるで」


「ラストチャンスやと?」


「ここにおる花菱にタイマンで勝てたら、自分らの事を見逃したるで。もしでけへんかったら、潔う引退して後世にトップの座を明け渡してもらう」


「わ 分かった。そやけど、こっちはわしちゃうく高橋にやらしてもええか?」


「まぁそれくらいは認めたってもええやろ。アンタの歳じゃあ花菱がいじめてるみたいに見えるしな」



 兄貴が田中に提案した事とは、俺とのタイマンをやれという事だった。

 どういう事なのかというと、タイマンをして俺に勝ったら見逃して負けたら潔く引退しろという事だ。

 正直なところ、埒がないと思っていたので拳で決着がつけられると言うのならありがたいと思った。



「やるからには全力でやるど!! 悪いけど、こう見えて若い時は地元じゃあ負け知らずやったんや。殺すつもりでやるど!!」


「若い時は負け知らず? 知らんわ。テメェが井の中の蛙って事を教えて、引退させてやるよ」


「生意気言いくさって!! ブチ殺しちゃる!!」



 俺の生意気な態度にイラッとしたのか、高橋は俺に向かって走り出してくるのである。

 そして左ジャブから右ストレート、そして右足での中段蹴りを繰り出してきた。確かに若い時は強かったのだろうと分かるくらいにはキレがある。

 しかしそれは昔の話なんだろうというくらいに遅い。

 何よりもイライラしている事で、体の流れがハッキリと分かるのである。

 悪い意味でストレート過ぎるんだ。



「なんだよ、もっと凄いと思って警戒しちまったじゃねぇかよ。こんなもんでよく昔はって話ができたな」


「は? 何言うとるの。手も足も出とらんとちゃうか」


「おいおい。相手が本気なのか、どうなのかも分からないってのか? そんなに目が節穴なのか?」


「それじゃあ本気ってのを見してくれや」


「良いぞ、俺の本気を味合わせてやるよ。直ぐに倒れるんじゃねえぞ!!」



 本気を見たいというので、仕方ないから見せてやる事にしたのである。

 それで俺は助走もなしで、その場からの踏み切って一気に高橋の間合いに入る。

 想定していたよりも速かったのだろう。

 高橋は体を丸めてガードに焦って移行する。



「そんな誤魔化しが効くと思ってんのか?」



 俺は7割の力で高橋のガードを殴った。

 すると高橋のガードの腕が吹き飛んで、腹がガラ空きになったのである。

 それを見逃すわけはなく、右足で前蹴りを繰り出して高橋を悶絶させる。



「初めて花菱の喧嘩を見たけど、ここまで強烈なもんなんやな。まだまだ花菱を過小評価しとったわ」


「オヤジは昔から強いんすよ!! あんなのだったら、本当は1発で終わらせられますけど、最後って事で花を持たせようとさてるんすよ!!」


「なぁ中村よ。自分やったら花菱に勝てるか?」


「どうでしょうね。アレが何割かによりますが、出来る限り戦わない選択をしないですね」



 周りで見ている人たちは、俺の強さに若干引いているみたいだが、和馬だけは興奮して応援している。

 そして兄貴は中村に勝てるかと聞いたが、断言するどころか戦いたくないと評価してくれた。

 そんな事を言われているとは知らない俺は、悶絶している高橋の顔にサッカーボールキックを繰り出し、仰向けに倒させるのである。



「もう終わりだな? まぁ本気を見せるって言ったが、本気出したら死んじまうからな。別に俺は、お前たちを殺したいわけじゃねえんだよ」


「まだまだ終わりじゃあらへんわい………殺す気で来んかい!! じゃなきゃわしには勝てんど!!」


「へぇそれなりに根性はあるみたいだ。そんなに言われて本気を出さないのは男としては恥だ………望みのままにしてやるよ!!」



 倒したと思ったが高橋は起き上がって、殺す気で来ないと倒せないと冷や汗ダラダラの状態で言ってきた。

 そこまで言われたら男として答えないわけにはいかないと思って、指の骨を鳴らしてからグロッキー状態の高橋に襲いかかるのである。

 グロッキーな高橋は体を丸めてガードに徹するしかない為、俺が一方的に殴り続ける。

 すると腕にダメージが溜まり過ぎて、腕がプラーンッとなってガードが解けるのである。



「アンタも良い根性だったぜ!! お前の事は、下のもんに見事な最後だったと伝えるぞ」


「そらありがたい限りや………トドメささんかい!!」


「言われなくてもやってやるよ!!」



 高橋の見事な覚悟に、俺は渾身の右アッパーを顎目掛けて打ち込んで1回転させて地面にバタンッと倒れる。

 途中こそ男として認められないと思っていたが、タイマンで男気を見せたのだか下の若い人間には良い男だったと伝えてやると約束した。



「これで決着がついた。アンタも若頭みたいに潔う引退してくれるわな?」


「分かった。潔う極道を引退させてもらう………どうか若い衆の事をよろしゅう頼む」


「兄貴に任せてたら、全て上手く行くんだよ!! アンタも余生は静かに暮らしな」



 田中が引退を認めた事によって、完全に奈良県の組織は百鬼会の傘下に入る事となる。

 つまりは奈良県の制覇である。

 この朗報は組中に知らされる事となり、全国に出ていく為の足がかりになると百鬼会は歓喜する。

 しかし―――朗報があった後には訃報があるもので、奈良県制覇と同時くらいに次郎吉会長が死去した。

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