007:新参の洗礼

007:新参の洗礼

 俺は初仕事をやるという事で、あまりにも緊張して一睡もできないまま夜が明けた。

 欠伸をしながら自室から事務所のある階に降りて、中に入ると華龍會の組員たちが頭を下げて挨拶する。



「オヤジさん、おはようございます。今日は奈良に行く予定でしたよね? 直ぐに朝食を、用意させますんで待ってて下さい」


「おう、そんなに急がなくて良いぞ。約束の時間までは少し時間があるからな」



 俺はデスクに座って、子分が入れてくれた茶をズズッと飲んでスマホのメール欄を確認する。

 すると、そこに副会長の和馬がやってくる。



「オヤジ。今日の奈良に同行しても良いですか? 俺もオヤジたちと一緒に、初仕事がしたいです」


「まぁ元々言われなくても、お前と若い衆を連れてこうと思ってたけどな。理事長と本部長は、事務所待機でやろうと思ってんだけど?」


「すんません!! いらない心配をしてしまいまして、出過ぎた真似でした………」


「そんなに畏まらなくて良いよ。お前は、この組織の2番手なんだぞ? そんなペコペコしてたら、他の連中から舐められるぞ」



 和馬の俺にペコペコするのを止めろと注意する。

 確かに親である俺に敬意を払うのは良いが、やり過ぎると組織が軽んじられてしまうと思ったからだ。

 そんなところに小野が朝食を持って来た。



「オヤジさん、お待たせしました。自分も運転手で、奈良県に同行させていただきます」


「おうっ。お前も兄貴から言われて、俺のところに来るなんて大変だよなぁ」


「いえ、オヤジさんの喧嘩の腕は聞いてますし、強い人の下に着くのは憧れだったので」


「そうか? それなら良いけどさ。それよりも関西のヤクザ事情に詳しくないんだけど、奈良の大和組ってそんなにヤバいのか?」



 小野は元々兄貴のところに居たので、関西のヤクザ事情に詳しいだろうと思って聞いてみた。

 すると小野は少し目を瞑って数秒黙った後に、分かっている事を俺に教えてくれた。



「そこまで詳しいわけじゃ無いんですが、知ってるのは大阪を出た後でも大阪の半グレに金を流させて四次団体に引入れ込んでるみたいです」


「という事は百鬼会を押し除けて、大阪に返り咲こうとしてるってわけだな………」



 確かに大和組は油断できない敵だと認識した。

 そんな風に大和組の情報を入れながら食事を摂っていると、ビルの下から騒がしい声が聞こえた。

 騒がしいと言ってもキャッキャッしているわけではなく、ウチの組員と誰かが喧嘩をしているみたいだ。



「こんなに朝っぱらからうるせぇな。どこの誰が来てるってんだ? ウチが看板を出した事を聞いてない百鬼会の人間じゃないのか?」


「そんな事は無いと思います。そんなヘマを本家がするとは思えないので………ちょっと見てくるんで、オヤジさんは少し待ってて下さい」



 誰が来たのかを確認する為に、小野がビルの下まで様子を見に行ったのである。

 するとスーツを着たのが華龍會の組員で、タンクトップに刺青が見えているのは、どう見たってヤクザの人間には見えない。強いていうのなら粋がっている、あの頃の俺たちのような半グレだろう。



「おいっ!! 誰の事務所の前で騒ぎ立ててんだ? オヤジさんは今、メシを食ってるんだぞ?」


「知ったこっちゃねぇよ!! ここが誰の縄張りなのか知ってんのか!!」


「はぁ? ここは俺たちの縄張りだ。本家から分け与えて貰った縄張りだ………アンタらは誰だ? 見るからに半端もんにしか見えねぇけど?」


「俺たちは覇王一家じゃ!! ここは8代目大和組の縄張りで、俺たちが任されてんだよ!!」


「あぁ覇王一家って最近になって準暴力団に指名されたっていう奴らか」



 ここにやって来たのが誰なのか分かった。

 コイツらは8代目大和組に尻を持って貰っている、準暴力団指定されている半グレの《覇王一家》だ。

 それが分かったところで、小野は笑いながら先頭にいる男の胸ぐらを掴み上げるのである。



「後もう少しで大和組は潰れるぞ? まぁ潰れるというか、吸収合併されるだろうな。それもウチのオヤジさんと、広瀬組の頭の2人でな」


「はぁ? そんな代紋を持ち出して、俺たちが引き下がると思ってんのか?」


「思っちゃいねぇよ。これは最終勧告って意味だ。ここは百鬼会の縄張りなんだよ!!」


「そんなの誰が決めた!! テメェらが勝手に、名乗り始めただけだろうが!!」



 今にも一触即発なところで、小野が帰ってくるのが遅いと思って爪楊枝で、歯に詰まったのを取りながらビルの外に出てくるのである。



「テメェらよ、朝っぱらからうるせぇんだよ。カタギの人の迷惑も考えろよ」


「誰だ、テメェは? こんなガキが、俺に話しかけてんじゃねぇよ!!」


「おいっ!! オヤジさんに対して、どんな口を聞いてんだ、コラッ!!」



 小野は半グレのガキが、俺に対して生意気な口を聞いた事に苛立ちを隠せなくなって、生意気な口を聞いたガキを殴り飛ばしたのである。



「テメェ!! 先に手を出したな!! 全員、ここでブチ殺してやるよ!!」


「まぁまぁ君たちは5人なんだろ? その人数で、俺たちに喧嘩を売るのはやめておけ。華龍會の構成員は、180人だからな」


「そんなの関係ねぇよ!! 俺たちをコケにした、そこのガキとテメェも殺して埋めてやるよ!!」



 こんなところで喧嘩なんてやられちゃあ、カタギの人たちに迷惑がかかると思って、俺は2人の中間に立って喧嘩を止めるように促す。

 しかし半グレのガキたちは、既にスイッチが入っているらしく止まる気配が無い。

 この状態の人間に、何を言ったところで止まらない事は、元々半グレの俺たちだからこそ知っている。もちろん今はヤクザとして信念を持っている。



「そんなにやりたいってんなら、まずは2つ確認させてもらうぞ。テメェらの後ろには、本当に大和組がいるんだろうな?」


「あぁ!! 俺たちのケツを持ってくれてるのは、あそこの親分だよ!! それがどうしたんだよ!!」


「それじゃあ2つ目の質問なんだけど、本気で俺たちと喧嘩をするつもりなんだな?」


「当たり前だろうが!! さっきからペチャクチャと上からうるせぇんだよ、ガキが!!」


「そっかそっか、それなら仕方ないか………じゃあ死ぬしかねぇな!!」



 俺は半グレの奴らに、2つの質問をして帰って来た答えから少し考えて、生意気なガキの1人の顔面に不意打ちのパンチをかました。

 綺麗な入ったもんだから、殴られた男は綺麗に倒れて気を失ったのである。

 急いで仲間たちが駆けつけて、大丈夫かと声をかけるが反応しない。あまりにも隙を突いたもんだから、取り巻きたちが黙っていなかった。



「こっちは、もう少しで仕事なんだよ!! お前たちに聞いたよな? ケツモチが大和組で、それから喧嘩の意思がある………つまりは百鬼会の敵なんだよ」


「ふ ふざけんじゃねぇよ!! こんな汚い手を使っておいて、何を説明垂れてんだよ!!」


「汚い手って言ったのか? 俺たちは、お前たちカタギのガキと違ってヤクザなんだよ。俺たちが綺麗な手を使って何かなるのか? 神様がシノギやらシマやらをくれるってのか?」


「い イカれてる!! アンタらはイカれてるぞ!!」


「そんなの始めから知ってんだよ!! おい、お前ら。俺たちは忙しいんだ………あとは任せたぞ。コイツらは百鬼会の敵らしいからな」



 ヤクザに汚い手を使ってと言われても、それで成り上がっていくのが任侠の世界なんだから、そんな事を言うなんて半グレとはいえども、やっぱりカタギの人間だ。

 そんな風に考えながら兄貴たちとの集合時間があるので、残りの事を華龍會の若い衆に任せてビルに上がっていくのである。

 小野も俺の後ろをついて来て、懐からタバコを出すと直ぐに火をつけて蒸かさせてくれた。朝から面倒な事に巻き込まれたと思いながら、これを兄貴に報告したら褒められるんじゃないかとニヤニヤしてしまう。

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