書き出し指定小説『あの人は太陽で、僕らはその光に惹かれて群がる虫だったんです。僕らがあの人の隣に立てる未来なんてどこにも存在していなくて、あの人は何時だって一人で輝けるんです』

名古屋大学文芸サークル

無題 作:文哉

「あの⼈は太陽で、僕らはその光に惹かれて群がる⾍だったんです。僕らがあの⼈の隣に⽴てる未来なんてどこにも存在していなくて、あの⼈は何時だって⼀⼈で輝けるんです」

 映画館を出ても、そのセリフが頭の中で何度も跳ね返る。誰しも、その⼈が⽣まれなければ世の中に⽣まれなかったものがある。僕の好きな考え⽅だ。けれど、それとは別に、その⼈が⽣まれなくても世の中に⽣まれるものはある。それも、否定できない。

「映画、どうだった?」

 例えば、彼⼥の笑顔もそうかもしれない。今のそれはたまたま私が⼀緒に映画を⾒て、隣で歩いているから⽣まれたものかもしれないが、明るい性格の彼⼥は私がいなくても笑顔を輝かせているかもしれない。

「……うん、⾯⽩かったよ」

「気に⼊ってくれて良かった」

 彼⼥が安堵したように息をつく。その様⼦を⾒た途端、気付けば⼝を開いていた。

「実は……⼀つ、気になるセリフがあって」

 初めは、隠しておこうと思っていた。伝えるのは、何だか気恥ずかしかったから。けれど、無性に話したくなって、つい⼀歩を踏み出してしまった。こうなった以上、後には引けない。

 この短い間に私の中で何度も繰り返されているセリフを、彼⼥に伝える。

「何だか、妙に⼼に残っちゃって……変だよね」

 彼⼥は、しばらく沈黙した。やはり、失敗だったかもしれない。冷や汗とも違う、ぞっとするような感覚が全⾝に⾛っている。断頭台に⽴っているような気分で、彼⼥が⼝を開くのを待った。

「……ねえ、太陽ってどんどん⼤きくなってるんだって。今、この瞬間も」

 それは知っている。学校の授業やテレビ番組の特集で散々聞かされた話だ。

「このまま⼤きくなり続けると、いつか地球も呑み込んじゃうんだって」

「……うん」

「だったらさ……その⽇が来たら、⼀つになれるんじゃないかな」

 彼⼥がそう⾔ったのと同時に、交差点についた。今⽇のところは、ここでお別れだ。彼⼥は私の頭に⼿を置いて、私にだけ聞こえる声で呟いた。

「⼤きくなってね」


 彼⼥が去った後、呆然と交差点に⽴ち尽くしていた。彼⼥が⼿を置いた頭に、⾃分でも⼿を置いてみる。昨⽇と何も変わらない、⼩さな私がそこにいる。よくわからない気持ちが胸の中で⼩さく渦巻いて、ぽつりと⼝から⾶び出した。

「……なんだそりゃ」

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