今日も貴方に伝えたくて

saya

青に似た酸っぱい春

今日もいつも通りの時間にいつもの電車を待っている。

隣には朝から憂鬱そうな高校生が一人。そして平凡な会社員の私。

この二人だけが三番ホームにいる。

ポトっ

私の前に高校生のイヤホンが落ちてきた。

「これどうぞ」と言って、拾ったイヤホンを高校生に渡した。

「ありがとうございます。」と無愛想に返して高校生はまた自分が持っているスマホを覗き込んだ。

高校生を見ていたら自分の学生時代を思い出す。あの頃の思い出は今でも私の中で眩しく輝いている。

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今日は一日が長く感じた。帰りの電車を待ちながら朝聞いていたプレイリストをなぞるように聞く。

隣には朝、イヤホンを拾ってくれた女の人が一人。

暇を持て余しているのか周りをキョロキョロ見渡している。

少し前からこのホームで行きと帰りに会うようになった女の人。

バッグにつけているバンドのグッズらしきものを見てもしかしたら同じバンドが好きなんじゃないかと気になっていた。

勇気を出して声をかけてみよう。

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「あの。おねえさんもそのバンド好きなの?」

あの無愛想な高校生が話しかけてきた。

偶然にも同じバンドが好きらしく、会話が弾んだ。

電車が来てしまったから長くは話せなかったけど、楽しい時間を過ごせた。

そして月が沈み、太陽がまた上った。

今日もホームには彼女と二人きり。

でもいつもと違うのは「おはよ」と挨拶をすること。

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「おはよ」と今日もお姉さんに声をかけた。

ここ数日の間で私とお姉さんの中は縮まっていった。その日あったこととか、バンドの話とか、悩み事とか、沢山話すようになった。

私は、この人になら今の気持ちを、打ち明けられるかもと思って口を開いた。

「ねえ、学生ってなんでこんなにも辛いんだろう。私人見知りで人付き合い苦手なの。部活もうまくいってないし、、、、どうしたらいいの?」

「うーん。難しいね〜。わかるよ、すごくわかる。自分ではどうしたらいいか、ほんのり分かるんだけど、明確には分からなくて、だから行動する勇気もない。」

「そう!この気持ちわかってくれ人初めて!私こんなんだから大人になってる姿なんて想像できないよ。」


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私はそんなことを言う彼女が少し羨ましく、愛おしく思えた。

その悩みは言ってしまえば学生の特権だから。いつの間にか大人になってしまった私はそんなまっすぐな悩みすら持てなくなった。

だから、「そんなこともないわよ。」私は彼女に投げかけた。

彼女が不思議そうな顔をした。私は続けて言った。

「私もね学生の頃同じような悩みを持ったことがある。なんで私だっけって思ったこともあるな。」

学生時代はどうしても気持ちが先走って「なんで」って思うことが多かった。だけどそれは自分にフォーカスを当てて「私」という物語の主人公をしていたから。大人になって気づいたけど本当は主人公になんてなれやしないし、存在しない。他人から見れば人はみんな脇役なんだから。

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「お姉さんも同じように悩んでたのね。

私、今、すごく不安で孤独を感じるの。」

「私もよ。夜が来ないでほしいなって思ったり。」

「うん。一人が怖い。」

きっと私もお姉さんも悩みを抱えているうちにどこか拗らせてしまっているのかもしれないな。

「あと、もう一つ。それでもねそんな日々を愛するのも悪くないよ。そういう悩みとか、失敗とかって意外と原動力になったりするから。」

そう言ったお姉さんの表情は私は見た大人の中で一番カッコ良く、優しかった。

そう、自分でもわかってはいた、悩みも失敗も意味の無いことはないって。

でもそう思うには私は幼過ぎた。

でもきっとこれからはそんな自分も認めて愛せる気がする。

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私が放った言葉を噛み締めるように彼女は少し沈黙を生んだ。

昨日と今日で顔つきが変わった彼女を見て、思った。

彼女はきっと青春を生きているのだと。そして私もその青さを忘れずにいたいと。

彼女にかけた言葉を思い出す。「そんな日々を愛するのも悪くない。」

それは私が自分自身に向けた言葉でもある。

きっと私は今を愛せてる。私を愛せてる。

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