ペンギンを知るということ
冬野こおろぎ
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カクヨムを閲覧中、私はこのような自主企画を見つけた。
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【ペンギンSFアンソロジー】
〈企画内容〉
「いっそみんなでペンギンSFアンソロジーやろうぜ」。
主催者が何気なく呟いた一言に思いがけない反響をいただいたことから、全ては始 まりました。
その存在だけで、なんだかSF的な魅力がある……ような気がする、すこしふしぎな生き物・ペンギン。
そんなペンギンをテーマにしたSF短編を集め、WEB小説アンソロジーを作ってしまおうという自主企画です。読み手も書き手も一緒になって、ペンギンを愛で、おおいに楽しみましょう!
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私は、カクヨムで行われる企画が好きだ。
気ままに小説を書き、みなで思い思いの作品を持ち寄って、普段は繋がりの無い作者たちと交流する……そういった場で得られる感動や刺激は、ネット小説サイトならではの醍醐味だと私は思う。
特に、共通のテーマのもとに開催される企画は私の大好物。
作品を執筆し、カクヨムに投稿し終えた後で、参加作品を一つ一つ読みつつ、「この手があったか!」と感心し、「この方は他にどんな作品を書かれているのだろう」と過去の作品を読ませていただく。そしてまた、次の面白そうな自主企画を探す……これが、カクヨム沼の一つの形である。
ペンギンSFアンソロジーは、私が存在を知った2024年5月25日時点で、既に39名の方たちが参加されていた。
熱く、勢いのある企画である。
これは、物書きの端くれとして参加せずにはいられない……と思ったのだが、参加するには少々、いや、かなり大きな問題があった。
テーマにある、「ペンギン」というものが何なのか、私にはさっぱり分からないのである。
……ペンギンとは、何か?
別に、思想的・哲学的な問いかけをしたいわけではない。
単純に、私がペンギンを知らないだけだ。
これまでの人生の中で、一度たりとも聞いたことが無いワードなのである。
天井を見上げ、口に出して「ペンギン」と唱えてみる。そのまま、二度、三度と唱えるが、それでも思い当たるものは何もない。口にするのも初めての言葉なのだから、当然と言えば当然か。
もう一度、企画内容に目を通してみる。
ペンギンというものは、どうやらSF的な魅力を感じさせる、不思議な生き物である……らしい。
SFと生命――私は、真空状態や超高熱下等、過酷すぎる環境の中でも生き抜く力を持つクマムシや、深海に生息する独自で怪奇な進化を遂げた生き物たちに対して、SF的な要素を感じずにはいられないのだが、もしやペンギンも、それらと同じカテゴリーに属する生物なのだろうか。
いや、企画内容には他に、「ペンギンを愛でる」とも記載されている。
愛でると言うからには、それが万人にとって、可愛らしい姿をしているのだろうことは、容易に想像できる。
そう考えるならば、クマムシや深海生物と同類と言うわけではなさそうだ。クマムシを愛でるような感性は、少なくとも私には無い。
一人で想像していても埒が明かないため、インターネットにて「ペンギン」の情報を収集することにした。今の情報飽和時代、ネット上には情報がごまんと溢れているから、ひとたび「ペンギン」と検索すれば、たちどころに答えを得られるはず――
検索結果 一件。
「ふへ?」
思わず、へんな声が漏れてしまった。
なぜだ。いくらなんでも、一件はおかしくないか。
検索に現れた一件はカクヨムのもの……例のペンギンSFアンソロジー企画の紹介ページだ。
念のため、もう一度「ペンギン」と検索し、また「ペン ギン」とスペースで区切ったりもしてみる。
検索結果 一件。
繰り返しになるが、ペンギンSFアンソロジーは、現時点で39名の方たちが参加されている、とても熱い自主企画だ。
彼らは、各々の作品を通じて、ペンギンなる生物を愛でに集まった人達。
つまり、ペンギンというものについて、参加者全員が「ペンギンとはかくありき」と、確固とした共通認識を持っているはずなのだ。そうでなければ企画が成り立たないし、人も集まらない。
もしかすると、ペンギンというものは主催者さまが発案した言葉、いわゆる造語なのだろうか? 主催者さまが他の作品で創造した生物をテーマに、皆がそれぞれの作品を寄稿しているということなのだろうか?
……いやいや。
もしその通りだとするならば、企画紹介に「まずはこちらの作品を読んでください」なりの誘導が無いとおかしいじゃあないか。
いや、たとえそうであったとしても、インターネット検索で1件しかヒットしないこと自体が異常じゃあないか。
何はともあれ、ペンギンが何なのか判明しない以上は、作品なんて執筆できるわけが無い。執筆を諦めるにしても、個人的にすっきりしない。もやもやとすることこの上ないのである。
さて、インターネットで情報を探れないのならば、次に頼るべきは信頼できる友である。
私には、高校で教鞭をとる友人がいる。数ある友人の中でも彼は、有用な知識から雑学的な知識まで、ありとあらゆることを知り尽くした生きる知恵袋のような男だ。少々癖のある性格だが、こういう時には非常に心強い味方になってくれるだろう。
私が電話を掛けると、友人は1コールで出た。
「よう、久しぶり。なあ、ペンギンって知ってるかい?」
「出し抜けになんなんです? ペン……?」
「ペンギンだよ。物知りなお前なら、なんか知っているだろ?」
親愛なる友人は、長く沈黙した後、「いや、何も」と言った。
「そもそもペンギンって何です? 新しく発見された銀の一種?」
「何も分からないから聞いているんだよ。ネットで検索しても情報が出てこないんだ。だから、雑学マニアのお前なら、ペンギンについて何か知っていることがあるんじゃないかと思ってね」
「インターネットで調べて分からなかったものを、僕が知っている道理はないですよ」
まあ、そうかもしれないのだけれども。
「その、ペンギンとやらについて判明していることは無いのですか? 分かっていることを話してもらえましたら、それがヒントになって、関連することを思い出せるかもしれません」
「ペンギンはSFチックな魅力のある、不思議な生き物のようだ。そして、おそらくは可愛い姿をしている」
「……君の言葉のせいで、余計にワケが分からなくなってしまいましたよ」
こりゃあダメだ。知恵袋の友人であっても、謎の怪生物には手も足も出ないらしい。
「そもそも、あなたはどこでペンギンなる言葉を知ったのですか」
「小説投稿サイトだよ。そこで、ペンギンにまつわる作品を書こうという企画が行われているんだ」
「なるほど。あなたは昔から、中身の無い小説を書くのがお好きでしたね……じゃあ、話は簡単ではないですか」
「何がどう簡単なんだ」
そう尋ねると、なんでわからないのかなあと言いたげな、わざとらしいため息が聞こえてきた。
「その企画に参加されている方の作品を読んでごらんなさい。そうすれば、僕に聞くまでもなく、すぐにペンギンの正体が掴めるでしょう」
「あいにくだが、俺は自分の作品が完成するまでは、他の人の作品は読まない主義でね。いい作品の影響を受けてしまうと、自分らしい作品が書けなくなるからな」
「難儀な主義ですねえ……」
ほっとけと思ったが、このままほっとかれると困るのである。何とか調べる方法は無いだろうかと尋ねたところ、投げやり気味の声が返ってきた。
「本屋か、図書館にでも行って調べてみたらどうです」
「それぐらいしか手はないか。しかし、インターネットで調べて出てこなかったものが、アナログ情報媒体に載っているものかねえ」
「とても友人の知識に頼る人の言葉とは思えませんね」
今度飯を食おうかと誘うと、愛想もそっけもない返事が返ってきた。ペンギンがどんな生き物かは存じ上げないが、きっとこの知恵袋よりも可愛げのある性格をしているに違いない。
電話を切った後、さっそく出かける準備を整えた。
私の住むアパートから数十分程度歩いたところに、市営図書館がある。まずはそこで、ペンギンについて調べてみることにした。
……が、駄目だった。
司書に尋ねたが「分かりかねますね」と返された。
図書館のデータベースを検索してもらったのだが、ペンギンを扱った図書は一冊も無い。生き物だというのに、動物図鑑や鳥類図鑑、昆虫図鑑にも、ペンギンなるものが登場しないのだ。
図書館を出た後、本屋に行ったり、ペットショップを尋ねたり、アパートに帰ってからも、動物園や水族館にも電話で問い合わせてもみたが……全て空振りだった。
誰かに尋ねた時に返ってきた言葉は、「知りません」「なんですかそれは」「あなた、頭のおかしい人?」だった。
何も分からないというのは、調べる側にとっては無性にイライラする状況である。
全てを忘れようにも、頭には「ペンギン」という言葉が完全に染みついてしまっている。きっと、脳の長期記憶領域にもインプットされてしまったことだろう。これは精神衛生上、大変よろしくない。
誰も知らない生き物のことを、企画主や、企画に参加されている皆さんは、どこでどうやって聞き知ったというのだ!
知的欲求が満たされない不満によるストレスに耐え切れず、タンスを素足で思いっきり蹴とばそうとする直前で、
〈ピンポーン〉
チャイムが鳴った。
ペンギンに頭が囚われすぎるあまり気が付かなかったが、時計を確認すると、既に午後10時を過ぎていた。人の家を訪問するには非常識な時間じゃあないか。
無視を決め込もうにも、ピンポーン、ピンポーンと、無神経にチャイムは鳴り続ける。
ムシャクシャしたまま「あーい!」と返事をし、わざとらしくドタドタと足音を鳴らし、扉を開いた。
扉の前には、誰もいなかった。
こんな時間にピンポンダッシュか!? ふざけるんじゃあない! せめてペンギンに関する手がかりを置いていけ!
舌打ちをし、ドアを閉めようとしたときに、ふと、足元に黒いものが見えた気がしたので、視線を落とすと……。
人間のように真っすぐ二本足で直立する、白と黒のカラーリングをした鳥の如きものがそこにいた。
「こんばんは。私はエラーペンギンです」
「何者だ貴様!」
思いもかけない訪問者に、先ほどまでのストレスが手伝って、普段口にすることの無い怒号を浴びせてしまった、後でお隣さんから苦情が来やしないか心配である。
それはともかくとして、その鳥らしき生き物は、鳥にしては小さな羽根をパタパタと仰ぎながら、「ですから、エラーペンギンですよ。システムエラーの修復作業にうかがいました」と言い、よちよちとした愛嬌のある足取りで、ずいずいと俺の部屋に入って来た。
「こらこら、勝手に人の家に土足であがるんじゃあない」
そう口で言いつつも、ゆったり歩くその姿が妙に愛くるしく感じられたので、先ほどまでのムカムカやイライラはどこへやら、私の毒気はすっかり抜かれてしまっていた。
「夜中にすみませんねえ。お宅から、エラーの発生源を感知しましてね。システムを修復したら、すぐに帰りますので」
……エラー、だと?
「エラーって、なんのエラーだい。俺の使っているパソコンのかい?」
自分でも馬鹿馬鹿しい質問だと思ったが、今の状況自体が既に馬鹿馬鹿しいとも思う。
「そんなチンケなものじゃあありません。『世界統括制御システム』にバグが見つかりましてね。その影響で、世界中から『ペンギン』の概念が失われるという、深刻なエラーが発生しているのです」
鳥の言っている言葉の意味が、まるで理解できない。
「ごくまれにですが、たまによくあるんですよ、システムがこういう類のエラーを吐きだすことが。少し前は、『サメ』の概念にエラーが発生しましてね、世界中からありとあらゆるサメの概念が失われました。その時は、システムエンジニアの我々、エラーペンギンが緊急出動しまして、根気強く復旧作業を行い、結果的に事なきを得ました。ところであなたは、サメという海洋生物のことはご存じですよね?」
「もちろん知っているさ。竜巻を利用して空を飛び、死んでも幽霊となって人を襲い続ける、日本政府指定の超危険生物のことだろ」
「はあ……どうやら、サメに関してはまだバグが残っているようです。でも工程的に、サメは明日に回すしかないですかねえ……」
エラーペンギンなる鳥は、小さな羽根で横腹をぺんぺんと叩き「ああ、いやだいやだ」と呟いた。
「ん? エラー……ペン、ギン……おい! まさか、アンタが俺の探しているペンギンってヤツか!?」
「エラーペンギンですよ。最初っから何度もそう言っているじゃあないですか。何回説明すれば分かっていただけるのです?」
「おっ、おおおおおおっ! そうかそうか、やっと現物と出会えたぞ! ぜひ、ぜひとも創作のために取材させて欲しい!」
「勘弁してください。我々は今、シロクマの手も借りたいぐらい忙しいのです」
1人と1羽の間で会話を交わしている時、入り口からぞろぞろと、4羽のエラーペンギンが室内に入って来た。
「主任、今日の現場はこちらですか?」「早く終わらせましょう。ワイフが僕の帰りを三か月も待っているんです」「もう……もう残業は嫌です、限界です主任」「おとといから腰が痛いんです。昨日からはクチバシも痛いんです」
なにやら仕事に疲れ果てたような言葉も聞こえてくるが、人懐っこそうな見た目に、おっちらこっちらと歩く姿……愛でたいという気持ちが魂で理解できた。
「ペンギンとは、世界のためとやらに働く生き物のことだったのか。確かにSFチックだなあ」
「それはエラーペンギンに限った話ですよ。普通のペンギンは、イワシを追いかけたり、岩の上で飛び跳ねたり、仲間を流氷から蹴落としたり、我々と比べてとにかくノンキな生き物なのです……あの、そろそろ作業に入らせてもらえないですか? ペンギンの概念の復旧は、今日中に終わらせないと後で上から文句を言われてしまうのです」
5羽のエラーペンギンたちは、私のパソコンの前に集まると、ガヤガヤと騒ぎ始めた。
「ペンギンSFアンソロジーだって!? 概念自体が消えた筈なのに、なぜこのページだけ消えずに残っているんだ? 厄介な臭いしかしないぞっ!」「バグの特定に時間がかかりそうですねえ。ワイフに、今日も帰れないけど大好き愛してるってメールしなきゃ」「こうなったらヤケだっ! オレは超えるぞっ、ペンギンの……鳥類の限界を超えてやるうううう!」「あるぇ? おかしいなあ、とってもキレイなお花畑が目の前に……」
そのやかましくも可愛らしい姿を眺めている内に、俺の目の前が、急速に真っ白になり――
――目覚ましの音と共に、私は目を覚ました。
部屋の窓から、暖かな陽光が差している。今日も素晴らしい一日になりそうだ。
それにしても、昨晩は妙な夢を見たものだ。
システムエンジニアのようなペンギン達が、世界を修復するためにバグと戦うという、支離滅裂な内容だった――ような気が――すぐに、先ほど見たはずの夢の内容を忘れてしまった。
足元を見ると、床に鳥のものと思しき足跡が、無数に残されていた。
なんなのだろうか、これは。
窓が開いているから、寝ている間に鳥が入って来たのだろうか? それにしても、やけに大きな足跡である。それにこの水掻きが付いた足、最近どこかで見たような気が……。
そんなことを気にするよりも、今の私にはやりたいことがある。
PCの前に腰かけ、カクヨム自主企画「ペンギンSFアンソロジー」の募集内容をもう一度確認した。
テーマはペンギンとSF。
作品を執筆するために、まずはペンギンについてもっと良く知っておきたい。水族館で、あどけない子供のような足取りで歩くペンギンの姿を目にしたことはあるが、それだけの材料で作品を書くのは、なんだか心許ないと思うのだ。もっと彼らについて知識を入れてから、作品の構想を練り上げたい。
インターネットでペンギンを検索すると、大きな氷の上で、無数のペンギンたちがコロニーを形成している写真が表示された。竜巻に乗って空を飛ぶサメの姿も写り込んでおり、愛らしいペンギンたちが、いかに過酷な状況下で暮らしているのかが良く分かる一枚である。
さて、彼らの生態について、もう少し踏み込んで調べてみよう。
まず調べるのは、有名なコウテイペンギン。別名、エンペラーペンギンについて――
ペンギンを知るということ 冬野こおろぎ @nakid
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