廻季列車

雨音シグレ

故郷

廻季列車は遥か遠く。


私には手の届かない雲の向こう。

ただの廃れた列車が空を走る。

それでも私には 燦然と輝いて見えた。


終点の無い旅を続ける私。

終点の無い時間を走る列車。


重ねて観てしまう。

それだけなのかもしれない。

たったそれだけ。

これが"憧れ"ってやつなのだろう。


私の時間は長い。

人生100年時代だなんて 言っている時代。

もう10代後半に入る私はあと80年ほどの余命を残しているんだろう。


じゃあ…


「また花見をしたい」


「また海を泳ぎたい」


「また紅葉を見たい」


「また雪を見たい」


ね。


って思ったら、あと何度できるのだろう。


80回?

多いようで少ない。

私はあと80回しか出来ないんだ。

そう思うと、 足が動いていた。


もっと時間が欲しい。

季節を追いかけていた。

1年間、季節を追いかけた。


世界中を旅して、 毎週毎週毎週 …

違う季節を歩いた。

けれど、私に足りないのは 時間だけじゃない。

お金も足りない。

むしろ、 時間は今も進んでいた。

"寿命"という砂時計の砂が、

毎時間、毎分、毎秒...刻々と落ちていく。


私の旅に終わりは無い。

でも、あの列車とは違って 有限なんだなあって。

そう思ってたら、 歩みを止めていた。


廻季列車。


あなたに私は憧れた。 その反面、どこかで対抗心を燃やしていた気がする。


私はあなたに縋りたい。


もう何度も 花を、青空を、紅葉を、雪を見たい。

最期まで、永遠に。


翌週、 私は貯金を全て引き出して

廻季列車の切符を買っていた。

思ったより金額は安い。


駅員という名の亡霊は、 ふと私を見て願いを問う。お金の代わりなのだろう。


願いは1つ。ここでしか叶えられない願い。

でも、あの1年も無駄なんかではなかった。

より一層、 願うようになったから。


「もう何度も季節を眺めたいから」


駅員が徐ろに微笑むと、

『行ってらっしゃいませ』 と見送られる。


駅のホーム。


時間に囚われた旅人しか辿り着かないこの場所は、ただのヒトであるか世界にとってのヒトであるかを隔てる越境。

それを越えてしまった者を"世界の観測者"と呼ぶ。


そして今、あれだけ手の届かなかった列車の汽笛が響く。


これに乗ってしまえば私はもう戻れないのだ。


ただのヒトにも、私の故郷にも。


次の駅に着けば知人は3ヶ月歳をとり、

次にこの駅に着けば10年歳をとる。


それでも私は足を踏み出す。

開いたドアに吸い込まれるように。

ヒトならざるものであるかのように。


期待と少しの高揚感。

それに混ざる一滴の震え。


その瞬間、私は世界に記録された。

寿命の無いヒト、"世界の観測者"。


列車の汽笛が鳴る。


「さよなら、故郷」


そう思いながら、私はこの時間軸に別れを告げた。


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