異相の輪廻

エーモ

第1話 運命の扉を開く少女

昔々、ある美しい大地に一つの村がありました。そこは、穏やかな自然に囲まれた小さな集落でした。


その村で、ある日ソフィアと名付けられたひとりの女の子が生まれたのです。


しかし残念なことに、彼女はごく幼い頃に両親を亡くしてしまいます。


不慮の事故で、愛する父母を失ってしまったソフィアは、村長の老人に引き取られることになったのです。


両親を早くに亡くしたソフィアは、村長の愛情に支えられながら成長していきました。村長は年老いた独身者でしたが、ソフィアを自分の子供のように慈しみ、可愛がりました。


そんなソフィアには、他の子供たちにはない不思議な力がありました。動物たちの気持ちが、まるで言葉になって聞こえてくるのです。


森の小鳥たちは、「おはよう!今日はきれいな日だね」と囀り立てます。村の猫は、「ねぇ、おやつをちょうだい」とごろごろ鳴いて求めてきます。


ソフィアはそうした動物たちの声を、まるで翻訳されたような言葉として理解することができたのです。


しかし、周りの人間には、この不思議な力は見えませんでした。ソフィアが動物たちと会話しているように見えても、彼らには何の意味も成さない鳴き声にしか聞こえなかった。


ある日、ソフィアは村長に言いました。「お父さん、あのうさぎさんが言っているのは...」


村長は不思議そうな顔をしました。「うさぎが何か言っていたのかね?」


ソフィアは、自分だけが動物の気持ちを感じ取れる特別な力を持っていることに気づいたのでした。


ソフィアは自分の不思議な力を秘密にしなければならないと気づきました。もし他のひとにバレてしまえば、きっと変な子だと思われてしまうでしょう。


そこで彼女は、動物たちとの会話を隠すようになりました。森の動物たちに話しかけるときは、誰も居ない場所を選ぶようにしたのです。


「ごめんね、みんな。ひとりでおしゃべりしているように見えちゃうから...」


そうやって年月は過ぎ、ソフィアは大人の女性へと成長していきました。


しかし、村の外の世界は次第に険しくなっていきました。


隣国との対立が深まり、戦争の足音が近づいてきたのです。空からは爆撃機の音が聞こえ、地上では兵士たちの行軍が近付いてくる気配がしました。


平和な日々が、いつまでも続くわけではない...ソフィアはそう実感せざるを得ませんでした。


ある日のこと、ソフィアは森を散策していると、大きな象に出会いました。象は人間の気配に危険を感じたのか、威嚇の気配を見せています。


しかし、ソフィアは恐れることなく、優しい眼差しで象を見つめ返しました。すると不思議なことに、象の気持ちが言葉になって聞こえてきたのです。


「お前は...心が綺麗な人間だ。危険な存在ではないと感じる」


ソフィアは心からほっとした表情を浮かべ、象に話しかけました。

「ありがとう。私も、あなたから良い気持ちを感じています」


そうして二人は、森の中で出会い、心を通わせ合うようになりました。ソフィアは象に名前を付けて、マハルと呼ぶことにしました。


しかし、世の中は次第に緊迫の度を深めていきました。隣国との対立は極まり、戦火が燃え広がる日も遠くないかもしれません。


空に戦闘機の影が見え隠れし、村の人々は不安な日々を過ごしていました。ソフィアは心配そうにマハルに話しかけました。


「マハル、戦争が起きたら、私たちはどうなってしまうのかしら...?」


二人の心は通い合っていますが、人間と動物の間には、超えられない壁があるのかもしれません。平和な日々が、いつまでも続くはずもないのです...。


やがて戦火は勃発し、隣国の軍勢は村へと迫ってきました。


ある日、ソフィアが家の用事で外出していると、突然激しい空襲が始まったのです。


ソフィアは慌てて村に戻りましたが、そこは既に惨状に包まれていました。家々が爆撃で破壊され、村人たちは避難に必死でした。


ソフィアの家も例外ではありませんでした。彼女の大切な家が、爆弾の直撃を受けて倒壊していくのを、ソフィアは目の当たりにしたのです。


村長の身を案じるソフィアでしたが、自分の家が壊されてしまったことに、彼女は無力感に苛まれ、悲しみに暮れていきました。


両親を亡くし、今度は大切な家まで失った。ソフィアは一人取り残されたような絶望感に襲われました。


しかし、そんな中でもソフィアは、マハルのことを思い出したのです。あの優しい象が、今この時、どのような危険に晒されているのか。


ソフィアは一人で森の奥へと走り出しました。マハルを助けなければ...。


やがて、ソフィアは慌ててさまよう大きな影を見つけました。それは、まさにマハルの姿でした。空からの爆撃に怯えている象は、あちこちと逃げまどっているのです。


「マハル!ここよ、私よ!」


ソフィアは象の前に立ちはだかり、優しく呼びかけました。するとマハルは、ソフィアの姿を見つけると、一気に落ち着きを取り戻したのです。


「お前か、ソフィア。私はここにいた。だが、この爆音と砲撃に怯えていたのだ」


二人は互いに安堵の表情を浮かべ合いました。そして、ソフィアはマハルの鼻先に手を添えて、優しく語りかけます。


「一緒に、安全な場所へ逃げましょう。洞窟の奥まで行けば、きっと大丈夫よ」


そうして、ソフィアとマハルは手を取り合い、爆撃を逃れるべく森の奥へと急いで向かっていきました。


空からは爆撃機の轟音が響き渡り、地上は砲火に包まれていきます。二人は慌ててあちこちと逃げ惑いながら、一刻も早く安全な場所を目指しました。


「早く、洞窟までたどり着かないと...!」


ソフィアは必死に叫びながら、マハルを引っ張って走り続けます。象の重い足取りが、ついていくのに必死です。


やがて、遠くに洞窟の入り口が見えてきました。二人はあと少しというところまで来ていたのです。


「もうちょっと、頑張って!」


ソフィアは励まし続けながら、ついに洞窟の中に辿り着きました。両手で震える体を必死に支えながら、二人は奥の方へと逃げ込んでいきます。


ついに、ソフィアとマハルは洞窟の奥深くに辿り着くことができました。ここは、爆撃と砲火の脅威から少しでも身を守れる、唯一の避難所だったのです。


二人は震える身体を必死に落ち着かせながら、洞窟の奥へと足を進めていきます。空から響き渡る爆撃機の轟音、そして地上を揺るがす砲撃の音が、洞窟の中に響き渡っています。


ソフィアはマハルの大きな体に寄り添い、


「マハル、ここなら大丈夫...。きっと、私たちは助かるわ」


優しく象を慰めながら、ソフィアも自分に言い聞かせるように呟きます。二人は命の危険に怯えながらも、必死に生き延びようと祈り続けたのです。


しかし、爆弾は次第に洞窟に近付いてきました。ついには崩れ落ちる岩々の衝撃に、マハルは瓦礫の下に押しつぶされてしまいます。


「ソフィア...ごめんね。君を守ることができなくて」


マハルはそう告げ、最期の力を振り絞ってソフィアを庇いました。大きな瓦礫が直撃し、マハルは命を落としてしまったのです。


爆撃が一時的に収まると、ソフィアはマハルの姿に驚愕の表情を浮かべました。大きな瓦礫に押しつぶされ、動きを失っているマハルの姿に、彼女は言葉を失ってしまったのです。


「マハル...!」


ソフィアは震える手で、愛しい象の顔を撫であげました。しかし、もはや反応はありません。マハルは命を落としてしまったのです。


ソフィアは悲しみに打ちひしがれ、涙が止まりませんでした。この戦争の渦中で、大切な存在を失ってしまったのです。


しばらくの間、ソフィアは動くこともできず、ただマハルの遺体に寄り添っていました。しかし、やがて彼女は立ち上がり、


「私...まだ生きなければ。マハル、あなたのためにも」


空襲が一時的に収まると、彼女はマハルに別れを告げ、洞窟の外へと這い出ました。


しかし、そこで新たな爆撃が始まってしまったのです。


大地を揺るがす爆発音に、ソフィアは恐怖に怯えながらも、必死に逃げ出そうと走り始めました。


「逃げなければ...!」


前方から迫る爆風に怯えながら、ソフィアは必死に足を運びます。しかし、次々と落ちてくる爆弾の前では、彼女の小さな体は無力でした。


「マハル...助けて!」


ついに、ある爆弾の破片が彼女の背中を直撃します。猛烈な衝撃に襲われ、ソフィアの小さな体は宙に舞い上がります。そして、大地に激しく叩きつけられるのでした。


鮮血が大地を染める中、ソフィアは最期まで、マハルの優しい姿を思い浮かべていました。あの大きな瞳を、もう二度と見ることはできないという事実に、彼女は心を引き裂かれるような痛みを感じていました。


しかし、ソフィアの心の奥底には、必ずまた会えるという希望の灯火が消えることはありませんでした。


「マハル...待っていて。きっとまた、必ず会えるわ...」


そう囁くように願いながら、ソフィアの瞳は閉じられていきます。二人の魂は、この世界の苦しみから解放され、新たな場所へと旅立っていったのです。

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