青い月に照らされる君に、本音を解く

せにな

1

 屋台の光から生まれてくるように放出される笛は、僕らを照らすように光露を描いて目を晦ます。


 そんな中、石段に座る僕はかき氷を持った先輩のことを見やる。

 消え去った光をポーっと見る先輩は、花火によって熱せられた身体を冷ますようにかき氷を口に入れた。


 スプーンストローに赤い唇が撫でられ、自然と僕は喉を鳴らす。

 唇とは反対色の着物を身に纏う先輩はこの上なく大人びてて、僕の幼い心を鷲掴みにする。


「知ってる?」


 味のついた水を喉に通した先輩は、結んだハーフアップを揺らしながら言葉を紡ぐ。


「日本で初めて花火を見たのは伊達政宗なんだって」

「え、そうなんですか?あの戦国大名の?」

「そうそう。すごいよねー」


 豆知識を披露できたからか、満足そうに笑みを浮かべる先輩は僕から視線を外した。


 先輩はやっぱり物知りだ。事ある度に僕に豆知識を教えてくれる。

 迷惑なんて思わない。むしろ嬉しいぐらいだ。

 先輩のこの笑顔が間近で見れるならいつまでも聞いていたい。


 石段についている手をそっと先輩に近づける。

 すると、笛を鳴らして夜空に広がる花火は、僕の願望を打ちのめすように音を立てて先輩の気を引く。

 そんな花火に僻みを向けると、逃げるように姿を消した。


 当然花火に釘付けになる先輩の意識はこちらに向くこともなく、僕の背後にある上弦の月を照らした花火とともに、花火大会は幕を閉じてしまった。


 石段を下り、屋台の続かない道に出る。

 静寂が広がる道には車ひとつとしてなく、人がチラホラ見える程度。


「綺麗だったねー」


 ほんのり頬を赤く染める先輩はかき氷を掬いながら悦に浸る。

 氷で冷やしてもなお元に戻ることのできない先輩の頬に、僕は思わず魅入ってしまった。

 だからだろう。口の中で氷を転がす先輩が小首をかしげたのは。


「ん?大丈夫?」

「あっ、はい!大丈夫です!」

「元気だねぇ」


 慌てて口を開いた僕に、喉を潤した先輩が微笑ましそうに言った。

 そうして訪れた静寂の中で、カランコロンという下駄の音だけが耳に残る。


 風ひとつない空夜は火照った僕の顔を冷やすことなく、刻一刻と過ぎていく。

 できれば乗りたくない白い線に足を踏み入れ、緑色の点滅は続くけど先輩の歩みは止まらない。


 屋台の提灯が見えなくなった頃。とある分かれ道でどちらからともなく足を止めた。


「ここでバイバイかな?」


 中身の無くなったかき氷カップを左手で持つ先輩は、巾着袋を持った右手で手を振ってくる。

 満足そうな先輩の顔に至福を感じると同時に、寂しさも湧き上がってくる。


「そうですね」


 けど、僕のわがままで先輩に迷惑はかけられない。

 できる限りのポーカーフェイスを貫く僕は、先輩と同じように手を振った。


「じゃあまた今度ね」

「はい。また今度」


 僕の言葉を最後に、手を下ろした先輩は踵を返して街灯の光を潜る。


 こちらに振り返ってくることなんて期待していないけれど、僕は先輩の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。

 握りこぶしを握る左手を隠しながら、ずっと。微笑みを浮かべているであろう先輩の背中に向けて。

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