ウィアードハンター
葵すみれ
始まりの一言
「……俺、バウンティハンターなるわ。」
進路希望書を書こうとしている、高校2年生の時だった。
進学校でも成績トップを誇る
数秒の沈黙の後、口を開いたのは夏河で、思いのままに疑問を口にした。
「え、なにバウンティハンターって。賞金稼ぎ?」
「気でも狂ったか雪見。」
「いや、大学行くのめんどくせぇなって。大体もう海外で卒業してるし。それに人外の夏河とネット界の闇の炎王いたら何でも出来るような気がしてくるだろ?」
「何ちゃっかり俺たちまで巻き込んでるんだよ、やらねーぞ。」
「そしてオレは人外じゃないからね!ちょーっと身体能力が化け物染みてるだけの…」
「「ちょっと…?」」
「そこ!困惑しない!」
二人してこてんと首を傾げれば、むっと躍起になって叫ぶ夏河。
そんな三人の仲は、高校一年生からの付き合いだった。
元々はクラスメイトでもなんでもなく、他人同然もいいところだったものの、唯一彼らに共通する点があった。
学内でもトップの成績を誇る雪見、アイドルとして活動をしている夏河、イケメンで一匹狼な無塚。
三人とも高校ではそれなりに有名人に入り、特に夏河に関してはそれが群を逸していた。
そうして学年の有名人トップスリーとして体育祭で話したのが彼らの最初のキッカケだという。
「つーか大学行くのめんどくせぇなって……確かにお前の場合とっくに卒業してるんだろうけどな。一度くらいそんなセリフ言ってみてえわ。」
「そっか、ゆきみんは小学生?の頃にアメリカの大学卒業してるんだっけ。……いや、天才じゃん。」
「そうだよコイツ実は天才なんだよ。バウンティハンターなりたいとか宣いやがってるけど。」
「馬鹿??」
「ド直球すぎやしねぇ?もっとオブラートに包めよ。」
「ばぁぁぁかぁぁぁぁあ〜??」
「それビブラートな。」
机で脱力していた雪見が見かねて駄弁っている無塚と夏河との席の間までやってくれば、進路希望書を机の上へ置いて見せる。
第一希望、バウンティハンター。
第二希望、ダンサー。
第三希望、ピアニスト。
あまりにも学年主席の書きそうではないソレに、二人して思わず天井を仰いだ。
「いや、……いや、さあ?バウンティハンターはともかくとして、ダンサーでもピアニストでもやって行けそうなスペック持ってるのずるいよね。」
「ピアニストに関してはプロも顔負けレベルだもんな。」
「絶対ゆきみん神々の遊びで作られた超ハイスペ人間だよ。オレ分かる、ゆきみんがアイドル業界来たら無双されるって。」
「「たしかに。」」
「うわあああん、本人が肯定しちゃってるよ!!絶対来ないでね!オレのファン取られる自信あるから!」
「かわいそう…」
「フリか?」
「フリじゃないから!!」
そう言ってシャーッ!と猫のように威嚇をする夏河に、雪見は「で、本題に入るんだが。」と二人を見た。
無塚と夏河は視線を交差したあと、雪見に向き直る。
「バウンティハンター、やる気は?」
「「…………」」
眉間に皺を寄せ、無言になった二人に、雪見はなおも話を続ける。
「俺がなんでバウンティハンターをしたいのかと言や、未だ見つかっていない警察をも欺ける逃走能力を持った今頃悦に浸ってる犯罪者たちをこの手で捕まえて嘲笑いたいから。」
「……いや、希望理由がそれなのはもう一周回って素直すぎる。」
「下衆じゃん。そんな理由でオレたちがやる気を出すと思った?」
「下手に真っ当な理由よりもやる気出すだろ、お前らなら。」
「「………まあ。」」
数秒の無言ののち肯定をした二人は、雪見のその進路希望にどちらかと言えば肯定的だった。
元より理性が止めているとはいえ、非凡を好む彼らだからこそ、バウンティハンターという普通ではない職業に興味を示していたのは認める。
何よりも雪見がただ悪いことをしている犯罪者たちを捕まえたいという真っ当な理由ではないところに好感が持てた。
「ま、ゆきみんが警察官目指して悪を裁きたい!っていうのは解釈違いだもんね。」
「俺知ってる、指名手配犯の精神を弄ぶだけ弄んで最終的に最も無慈悲な方法で捕まえるんだろ。マジで雪見は敵に回したくねえわ。敵に回るってだけでそこらのB級ホラーより怖えっての。」
「それ言ったらネット界の闇の炎王もアイドル業界の天才児もそんな変わらねえだろ。」
「「それとこれとは違う。」」
「なんでだよ。」
むっと眉を顰めれば、ジトーッとした視線を向けてくる二人。
それに雪見はため息を吐いた。
「ま。確かに、俺でも自分と敵対するってなったらめんどくさそうだけどな。」
「うへぇ……ゆきみんが一人いるだけで歴史革命もいいところなのに、二人いたら人類滅亡だよ!」
「そんなわけで、お前ら二人は俺とバウンティハンターやること決定な。」
「うーんこの横暴さ。」
「まあいい準備運動にはなりそうだし、やってあげなくもないけどね!」
ふふん、とバウンティハンターと書かれた進路希望書を見せた夏河に、ハッと鼻で笑う雪見。
そして嫌々な顔をしつつも進路希望にちゃんとバウンティハンターと書いている無塚は、安定性のない職業を友達のお願いでやろうとするぐらいに良好な仲だった。
「じゃ、さっさと担任に提出しに……」
教室を出ようと机の上に座っていた雪見は、教室の入り口にいた担任と目が合ってしまう。
「あっ。」と口を零したのは誰だったか、ニコニコ笑顔で明らかに怒っていますという担任に対し、雪見は一度視線を横に流したあと、キラキラの綺麗な笑みでニッコリ笑う。
「あ、安倍先生、進路希望書書けましたので、提出させて頂きますね!」
「いやそんなキラキラした美形の満面の笑みで絆されたりしないからな。書き直せ。」
「美形だとは思ってるんだ…」
「てか何?三人してマジでバウンティハンターやるつもり?あんた達成績上位常連よね??トチ狂った?病院行く?今なら急患送れるわよ。」
「つまり家に帰れということですね?あははっ、了解しました!」
「キモいキモい。お前のその猫被りマジキモい。」
「そういや雪見の親って医者だったか。」
無塚の言葉にうげぇ、と顔を顰める担任の安倍とキラキラした笑みを浮かべる雪見。
元々はこんな態度ではなかったのだが、二年生に上がるにつれてキャラチェンもとい被っていた猫が剥がれて行き、それまで教師に対して品行方正で通っていた雪見はあっという間に問題児の一員になってしまった。
大概短気でそれなりに横暴な性格である雪見は、一年生の頃は素性を知っている無塚にいつ爆発するかヒヤヒヤしていたと言われたり。
夏河曰く、神様は雪見の性格だけ新人雑用係が作ったでしょと言っていた。
「いや、眉目秀麗品行方正、成績上位の生徒にキモいっていう担任よ。」
「え、あんた達は雪見のこれキモくないの?」
「「……正直キモい。」」
「まあまあ、そろそろ慣れてくださいよ。じゃあ俺帰りますんで。」
「逃がすか。」
空手部の師範をしている担任によって、簡単に腕を掴まれてしまった雪見はチラッと後ろを見て、やっと捕まえたぞと悪どい笑みを浮かべている担任にやれやれとため息を吐く。
こんな顔をしているが、この担任は決して悪ではないのだ。
ただ少し、ほんのちょっと?行きすぎた行動が目に余るというだけで。
普通の生徒に対しての面倒見の良さは並の教師よりも良く、ただイライラしていると問題児三人に八つ当たりしてしまうという欠点はあれど、根はいい人なのだから。
「はぁ。何がダメなんです?生徒の夢は応援してやるべきですよ、安倍先生。」
「私は!生徒の未来を案じて書き直せと言っているの!」
「案外未来なんてどうにでもなるもんですよ。それにほら、俺には実績がありますから。」
「それ言われたらぐうの音も出ないんだけど!それでもバウンティハンターはやめとけ!?」
「ぐすん。……まあ実際、生徒の身を案ずる教師にとっての反応としては大正解なところはありますが。俺は一度決めたら曲がらないので。」
「ゆきみんホントそういうとこ神様に作り直してもらったほうがいいと思うよ?」
真顔でドン引く夏河に、「こういうとこがないと俺じゃないだろ?」と言って二人にニヒルな笑いを見せる雪見。
その雪見の反応に少しの間が空いたあと、「「…確かに。」」と頷いた。
「ちなみに安倍先生はどう思います?俺たちがバウンティハンターになったとして、逃げ切れることの出来る者はいるかどうか。」
「あんた達が逃がしたってことはつまり人類の誰にも捕まえられないってことでしょ。」
「反対する割にはめちゃくちゃ信頼されてるな?」
「情報の無塚、頭脳の雪見、身体能力人外並みの夏河がいたらもう無双しかなくない?それを許すかどうかは別として。」
「いやそこは許そうよ!」
「は?ヤダ。」
「ヤダって何!?そういうのアリ!?」
ガーン、とかわいい美少女顔がシワシワピカ○ュウみたいになっている夏河に、ポンと肩を叩く無塚。
そうして顎でくいっと窓の方向を示せば、無表情のままチラッと雪見を見た。
「それじゃ、そろそろ俺たちはお暇させて頂きますね!」
と言って安倍の捕縛からするっと抜け出した雪見は、窓を全開にして今にも飛び降りそうな体勢に入る。
ふいに振り返れば元々儚げな美形だったものの、柔らかく微笑んで落ちていったことで、安倍は息を呑んだ。
「っ!!」
しかし同時に無塚を担いで窓から落ちていった雪見によって、着地寸前というところで抱えられる。
「めっちゃ心臓止まるかと思ったんだけど!?!?」
「っ、それはこっちのセリフだこのアホんだらぁ!!!ちょっ、そこで待ってなさい!!」
三階の教室から聞こえてきた怒声に、片手で担がれた雪見は「あー死ぬかと思った。」なんて真顔で口にする。
「いやそれはこっちのセリフだからね??」
「まあ万が一夏河が拾えなくても、こっちはちょっとした隠し技があるから大丈夫だったりはした。とはいえさすがのマッハ3だな。気付いたら担がれてた。」
「……夏河、コイツが今度飛び降りたら見殺しにしろ。」
「ごめんなさい。」
無表情のまま怒っている無塚に、これはガチギレだと理解して条件反射で謝る。
その後力強い舌打ちが聞こえてきたが、同時に玄関口からドタバタと足音が聞こえてきて、教師たちが走ってくるのを確認する。
「さて、逃げるか。」
「待った。…改めて聞くけど本当にバウンティハンターやるのか?」
「オレはアイドルと両立していいならやるよ。だって面白そうだもん!二人は?」
「俺はさっき言った通りだ。それに、刺激的な日常も悪くないだろ?」
「はぁ……こんな自由奔放なリーダーを持つと先が思いやられる。とはいえ、確かに夏河と雪見がいたら怖いものなんてないだろうな。」
「でしょ!」
そう言って二人を抱えたまま地面を蹴った夏河は、満面の笑みで頷いて空を翔ける。
ランニング時速が3700キロメートルという彼は、かわいい顔をしていながらゴリラもびっくりな化け物だ。
その気になればオリンピック記録の大半を軽々と越してみるだろうが、高校に入りたての夏河は自分がかわいいということに夢中で身体能力についてはコンプレックスとまで語っていた。
そんな夏河が今、戦闘機をも超える速度で空を駆け走ることが出来ているのは、一重に夏河の才能に価値を見出した雪見のお陰。
コンプレックスだという身体能力も、この二人とだったらどこまでだって走れる。
「ま、俺たちゃこの特製防御スーツがないと皮膚が剥がれるんだがな。」
「これ脱いだら皮膚が剥がれるって想像するとほんと夏河の身体どうなってんだ?」
「あははっ!案外宇宙人だったりしてね!」
「あり得そうだから怖えんだよ…いや別に夏河が怖いって訳じゃねーけどな。」
「あははは!空が近い!」
「………まあ、本当に楽しそうでなによりだな。」
そう言った雪見は、空を駆け走る夏河に担がれて束の間の空中旅行を楽しんだ。
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