おとうと

もちころ

違和感

おとうとをはじめて見たのは、私が2歳の時だった。

少し街はずれの閑静な住宅街にあるアパートに、母が産まれたおとうとを連れてやってきた。その日は都会にもかかわらず、雪が静かに降っていた。まるでおとうとが産まれてきたことを祝うかのように。


おとうとをはじめて見た時、幼かった私は直感的に「なんて可愛い生き物なんだろう」と感じた。


まだ立つことも、喋ることも、寝返りすらうてない小さな体。

私とは違う、弱くて儚い、守っていけなきゃあげない存在。そんなところに惹かれたのだろう。


私はおとうとをたくさん可愛がった。よく「下の子が産まれると、上の子が焼きもちを妬いて、意地悪をしたり、親の気を引こうといたずらばかりする」と言われるが、どうやら私はそれに該当しなかったみたいだ。

おとうとの面倒を見て、一緒の布団で寝て、たまに母と一緒に弟の世話をして。

その時間は幼い私にとってはとても幸福な時間だった。


月日は流れて、赤ん坊だったおとうとは寝返りもうてるようになり、1人で立って歩けるぐらいに成長した。私も成長し、アパートの敷地内でおとうとと一緒に遊ぶことが多くなった。


ただ一つ、幼心に引っかかったのが、おとうとがいつまで経っても言葉を話さないことだった。

自分や周りの子たちは、おとうとと同じくらいの年齢の時にはすでに言葉はある程度話すことができた。それなのになぜ、おとうとは一向に話さないのだろうかと。


両親にそのことを相談すると、「あの子はきっとマイペースな子なのよ。きっとそのうち気が向けば、自分から話すようになるわ」と言われた。


そういうものなのかとやけに素直に納得し、私はそれ以上のことは聞かずにただおとうとと一緒に遊ぶようになった。

ただ、弟が言葉を話さないことに少し疑問を抱いたのか、両親が夜中にたびたび話し合っている時もあったが、幼い私には何を話しているのか分からなかったので、気になってもそのままおとうとの横で眠るようにしていた。


月日はさらに流れて、私たち家族はアパートを引き払い、父方の祖母の地元で暮らすことになった。

その頃に私は5歳になり、保育園に入園した。色々と面倒ごとが多く、個人的にはあまり好きな場所ではなかったが、なんとかやり過ごすことはできた。


保育園に入園して気づいたことは、おとうとと同じ年齢の子たちは程度の差はあれど皆流暢に言葉を話していたことだ。おとうとは3歳になっても、言葉を発さず、いつも無口で私と遊ぶ。


さすがに3歳になっても言葉を発さないのはおかしいと思った母は、おとうとを色々な病院へ連れまわしたり、情報を集めるために図書館へ行ったりしていた。私も時折おとうとと一緒に連れていかれることもあった。


小さな違和感がどんどん降り積もる。

保育園という小さな社会で、たくさんの子たちと触れ合ううちに、私の心の中で違和感という感情が形成された。しかし幼い私はその感情をどう処理したらいいか分からず、とりあえず他の子と遊んだり、本やお絵描きで紛らわせるなどして忘れるようした。

その違和感が、年月を経て疑問やその他の悪い感情に転じることなど幼い私にとって知る由もないことだった。


5年後。


私は10歳の小学5年生、おとうとは8歳の小学3年生となった。


おとうとが変わった人間であることは、小学校でも噂になっていた。

おとうとは小学校にあがってからも、まるで園児のように振る舞っていた。


誰かに悪口を言われたら、反射的に殴り返す。

言いたいことが言えずもどかしいのか、下校中に奇声を出す。

授業中もじっとしていることができない上にこのような行動を頻繁に繰り返すため、母はいつも小学校に行って校長先生やおとうとが殴った子の親たちに謝りに行っていた。


おとうとの噂が広まれば、当然姉である私にも矛先は向いてくる。

私は高学年に上がった段階で女子との付き合いもそこそこにしており、自分で言うのもなんだったが同級生の男子たちよりかはだいぶ大人っぽい行動や考え方ができるようになったと自負していた。


私の友人たちは比較的私に対して同情的で、「おとうとがあんなんだからって、気にすることないよ」「私だっておとうとが問題起こしたら嫌になるもん、当然だよ」と慰めの言葉をかけてくれた。


同級生の女子に同情されるのはなんだか少しみじめだったが、それでも何となく共感してくれる人間がいることで私の心は比較的平穏を保っていた。


下校途中にあの言葉を言われるまでは。

同級生の男子から「お前のおとうとって、頭くるくるぱーなんだな」と、そう言われた。本人はからかい半分のつもりだったのだろう。だけど、その言葉を聞いた私はかっとなって、そいつに思いっきりランドセルとそこらにあった砂利や石を投げつけて家路についた。


高学年にあがって、男子からの一言で、私はおとうとへの違和感に対して確信を得た。


おとうとには生まれつきの病気があるのではないか、と。

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おとうと もちころ @lunaluna1

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