詐欺……?

 昼からの業務は、会議をいくつかこなしたあと、在庫管理のヘルプで呼ばれた。


 相変わらずの便利屋だなと思いながらも、忙しなく動きまわるのは性に合っているので、目途が立つまで仕事を手伝った。在庫管理部の責任者から感謝され、気分よく事務所に戻る。


 嶺衣奈は来客対応、史哉は電話応対中だった。


 二人の様子をうかがうと、特に問題はなさそうだと判断できた。会計課にも用事があったので、私は自分の席を素通りして奥のスペースに向かう。


 打合せを終え、大量の資料を抱えて、ようやく自分のデスクに戻ってこれたのは定時間近だった。何やら騒がしい。


「うちもCMを流すまでになったのねーー!」


 事務所に戻っていたらしい実久が、ハイテンションで喜んでいる。


「すごいですね!」


 嶺衣奈もうれしそうな顔で「すごい」を連呼している。


「何かあったの?」


 私は資料をデスクに置きながら、嶺衣奈にたずねた。


「それがですね、CM制作をしませんかっていう電話があったんですっ!」


 うきうきと嶺衣奈が答える。電話を取ったのは史哉で、CMの制作にはもちろん費用がかかるものの、その制作会社はテレビ番組を持っているらしく、そこで優先的にCMを流してくれるのだとか。


「CMを流して、売り上げがすごく増えた会社もあるらしいんですよ」


 どんなCMになるんだろう、と嶺衣奈は目を輝かせている。


「注文が増えても捌けるような体制を整えないと。仕入れを増やして、でもそれだと製造の手が回らないから、新たに求人を出さないとダメね。とりあえず臨時で何人か来てもらって……」


 頭の中で算段を立てながら、普段から懇意にしている派遣会社に実久が電話を掛ける。


 CM制作の電話を受けたらしい史哉は、ひたすらキーボードを叩いている。表情は相変わらず淡々としているが、かなりの早業ブラインドタッチだった。


 その後も、マウスを高速スクロールしたり、パソコンに顔を近づけて画面を凝視したり。どうしたんだろう。声を掛けようとした瞬間、史哉が口を開いた。


「詐欺ですね」


 抑揚のない声で、端的に言い切る。


 私と実久、嶺衣奈の「え?」という声が、見事に重なる。


「いや、一応CMは制作するようなので、詐欺には当たらないのかもしれませんが」


「どういうこと?」


 私の困惑した顔をちらりと見ながら、史哉が自分のパソコンを指さす。


「相手の会社名で検索したら、普通に被害……とまでは言えない程度の報告があがってますね。行政からも少し前に注意喚起されているようです。そっちは会社名は出ておらず、営業行為の内容を説明して、という感じですが」


 私を含めた三人が、史哉のパソコンをのぞき込む。


「どうやら、CM制作料が目当てのようです。一応は作るみたいですけど、クオリティは極度に低く、番組で流すといっても、聞いたことのないケーブルテレビの短時間番組です。それも月イチ放送」


「えぇ……」


 確かに、詐欺かと言われれば微妙に詐欺には該当しない気がする。全てはスケールの問題というか。ケーブル放送だとしても、テレビ番組には違いないわけで。


「そんな……」


 地上波放送のゴールデンタイムに流れると信じて疑わなかったらしい嶺衣奈が、ショックの声を漏らす。


「それで、制作料はいくらだって言われたの?」


 史哉に確認する。


「100万円です」


 ゴールデンタイムに流すCMの割には安い気がする。業界と関りなんてないから、相場を知っているわけじゃないんだけど。


「クオリティの低い映像を作る料金と考えれば、それなりに儲けがある値段かもしれないね。まだ、お金払ってないんだよね?」


「前払いって言われましたけど、まだです」


 史哉は、その「前払い」に違和感を持ったらしい。


「ちょっと! 本当に? 詐欺なわけ? もう、ハケンの依頼しちゃったわよ!」


 実久が立ち上がって怒っている。


「勝手に話を進めたのは宮野部長じゃないですか」


 史哉がしれっと実久に言う。


 一旦、電話を保留にして実久に指示を仰いだところ、意気揚々と電話をかわって口約束を取り付けてしまったらしいのだ。


 相手方の「御社は優良企業。CMを作りさらに会社を飛躍させるべき」という言葉に気を良くしていたらしい実久は、その分、怒りが大きい。


 おそらく文言はマニュアルになっているのだろう。


「断ってやるっ!」


 お怒りモードのまま、CM制作会社に電話をかけ、キャンセルを申し出る。そして、派遣会社にも「さっきの話はナシで!」と伝えたのだった。

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