9.カレイの唐揚げと茶碗蒸し
お節介の理由
「自分がヤングケアラーだったこと、やっと気づいたんだ?」
昼休憩の喫煙スペースで、実久があきれたように言う。
「はい。……実久さんは分かってたんですか?」
「ちょっと聞いただけで、完全にそうだったんだなって分かるよ。やたらお節介気質なのも、その影響なんだと思ってた」
後輩や年下の子を見ると、面倒を見たくなる衝動。かまってあげたくなるもどかしさ。じゅうぶん過ぎるほどに自覚症状がある。
「ま、私は専門家じゃないしね。あんまり突っ込んだこと言えないけど。そこも含めて杏なんだから、あんまり気にしないようにしたら?」
「はい」
「でもさ、これを機に男でも作ったらいいよ」
飲んでいたペットボトル飲料をふき出す。
「急にっ、何ですか……!」
ハンカチで口元を拭いながら、実久を見る。
「だって、これまで声かけられても完全無視だったじゃん。そのワケも、絶対に幼少期が関係してると私は睨んでたんだよね」
「はい……?」
ふーーっと煙を吐き出し、うきうきと楽しそうにしながら実久が続ける。
「杏ってさ、年上にモテる容姿じゃない。繊細で儚げな顔立ちで、すらっとしてて。まぁ、しゃべったら終わりなんだけど。声がでっかいし、大阪のおばちゃんか? ってくらい所作がオーバーだし」
声が大きいのも、所作がコテコテしているのも、紛れもない事実だ。
「それで最初、入社してしばらくのころとか、よく声かけられてたじゃん。社内の男に限らず、商談で来るヤツにも名刺渡されたりとかして」
そういえば、そうだったかも……? 基本的に脳みその容量が小さいので、大事じゃないことはさっさと忘れてしまう。
「名刺渡されたのは何となく覚えてますね。下っ端の事務員の私にまで名刺を渡すなんて、律儀なのかよっぽど商談を取り付けたいのか、どっちだろうって思ってました」
実久は「辛辣!」と言って楽しそうに笑う。
「みんな年上の男でさ。でも、誰とも付き合わなかったでしょ」
「そうですね」
「仕事とプライベートを分けたい子なのかなって思ってたんだけど、浮いた話はぜんぜん聞かないし。それで分かったのよ」
煙草を持った手で、ビシッと私を指さす。
「杏は年下好き!」
「はい?」
「やっぱりさ、面倒を見てあげたい気持ちが根底にあると思うんだよ。構われるより構いたい! 絶対にそう!」
構われるより構いたい? なんか、むかし流行った男性アイドルデュオの曲名のパクリみたいだな、と思いながらも実久の話に耳をかたむける。
「だからね、その料理代行の……なんとかっていう男?」
「郡司です」
「グンジでもグンゼでも何でもいいよ! 年下! オッケー! めざせ初カレ!」
いや、グンゼだと下着になるんですが……。
とにかく実久が、めちゃくちゃ楽しそうに応援してくる。
「いや、でも、相手は大学生ですし。それにまだ友人というか、そういう感じじゃないですし」
そう言いつつ、前髪をかき分けられたときの感触がよみがえって、赤面してしまった。恥ずかしい。
赤面はやっかいな症状だ。顔が赤くなったという事実が新たな赤面を生む。私は赤ら顔のまま、なんとか鎮めようとパタパタと顔を仰ぐ。
「大学生でもなんでもオッケー! 男なら何でも良し!」
何でも良くはないだろう。こんな私でも、ちょっとは相手を選びたいし……。
専門家じゃないと言いながら、めちゃくちゃ断言しまくる実久に苦笑いする。
でも、話を聞いてもらえてすっきりした。気持ちが楽になった。実久と一緒にいると前向きになれる。やっぱり、この会社に入って良かったと、私は改めて思った。
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