おやつをあげる

 しばらくすると、わたあめの愛らしさに対する動機息切れも若干おさまってきた。持参したおやつを見せながら、郡司にひとつずつ説明していく。


「こっちはかぼちゃのクッキーで、これはお魚ふりかけ。フードの上にふりかけると食いつきがよくなるって人気なんだ。栄養もたっぷりだよ」 


「どーも。……ま、もともと食いつきはいいんだけど」


 どうやら、わたあめは普段からごはんをもりもり食べているらしい。


「それで、これがささみジャーキーなんだけど……あげてもいい?」


 わたあめのきゅるるん視線に耐えきれず、飼い主にお伺いを立てる。一日に与えるおやつの量はきちんと決めているらしく、郡司の了承を得てささみジャーキーの袋を開ける。


 小ぶりなものを一枚取り出し、わたあめに見せる。その瞬間、さらに瞳の輝きが増した。つぶらな瞳をまん丸にさせながら、真剣な眼差しでおやつを凝視している。


 食べやすい大きさに手で割り、試しに「おすわり」と言ってみると、わたあめはお尻を床につけて胸を張った。しつけもきちんとされているらしい。


 前の両脚をきちっと揃え、めちゃくちゃ良い姿勢を保っている。わたあめからの「ちゃんとおすわりしたぞ」という圧を感じる。


 その様子に見惚れてしまい、おやつをあげないでいると、座った状態のまま前脚が足踏みを始めた。食べたくて我慢できないのだろう。視線はおやつ一直線。一心不乱に凝視している。


「よしっ!」


 という私の声と同時に、わたあめがぎゅーんと飛んできて、ささみジャーキーをぱくっと口に入れた。可愛くて白い小さな牙をのぞかせながら、ジャーキーを味わっている。


 食べ終えると、またしても賢いおすわりを始めた。ぐっと胸を張ってアピールしている。もっとおやつが欲しいのようだ。


「おて!」


 自分の右手を差し出しながら、またしても試しに言ってみる。すると、わたあめはぺしっと右脚を私の手のひらに乗せてきた。


 めちゃくちゃエライ! ジャーキーをひとつあげる。


「おかわり!」


 今度は左脚をたしっと乗せた。なんて可愛くて賢いのだ。さらにもうひとつジャーキーを与える。


 手のひらには、わたあめの肉球の感触が残っている。なんともいえない肌触りと質感。ずっと触っていたいにふにふに感。


 自分の手のひらを眺めながら感触の余韻に浸っていると、ぺしっと右脚が乗ってきた。その脚を引っ込め、次はたしっと左脚が乗る。ぺしっ、たしっ、ぺしっ、たしっ。


 自発的に交互に「おて」と「おかわり」を繰り返している。とてつもない食いしん坊だ。


「いっぱい食べると、ごはん食べられなくなるからね。これで最後だよ」


 そう言って、わたあめから少し離れたところにおやつを置き「まて」の合図を送る。愛らしく賢いわたあめは、指示通りにじっと待っている。床に置かれたさみジャーキーを、じぃーーーっと見ている。


 そして、私の「よし」の声と共にぴょーんと飛んで距離を詰めた。その動きはまるで、ヒョウが獲物を狩る瞬間みたいだった。


 ただし、全身もふもふのずんぐりむっくり、頭はアフロヘアなので、動きと姿形がちぐはぐで面白い。ぴょーんと飛んだ際、アフロヘアが風にたなびいていたのも高ポイントだ。


 フローリングの床に座り込んで、あむあむと美味しそうにジャーキーを頬張るわたあめを眺める。微笑ましい姿に、思わずふふっと笑みがこぼれる。


「……なに笑ってんの」


 頭上から郡司の声が降ってきた。


 両手にグラスを持ちながら、私を見下ろしている。グラスの中身は、鮮やかなグリーン色をしていた。


「抹茶ラテ」


 そっけない口調で郡司が言う。私がわたあめに夢中になっている間に、作ってくれたらしい。差し出されたグラスを受け取った。氷がたっぷり入っているグラスは冷たい。


 なんだか、急に喉が渇いてきた。


「いただきます!」


 口をつけた瞬間、抹茶の香りを感じた。ほろ苦いけれど、ミルクのやさしい風味がそれをくるんで、ひんやりした気持ち良さも合わさってゴクゴク飲める美味しさだった。


 グラスの中の氷がカランと音を立てる。勢いよく飲みすぎてしまった。もっと味わって飲めばよかったな、と少し後悔する。本当に美味しかった。カフェで出してもいけるんじゃ? と思うくらいのクオリティだった。


 なんでも茶筌を使っているらしい。名残り惜しそうにグラスを見ていると、郡司が二杯目を入れてくれた。


「すげぇ顔してたよ」


 キッチンに立つ郡司が口角をほんのわずかに上げるようにして言う。フランス映画に出てくるような、やたら色気のある悪役みたいな笑い方だ。


「顔って?」


「わたあめとそっくりだった」


 なんでも、「一気にフードを食べてしまい、お皿の中にごはんが一粒も残っていない現実を理解できていないときのわたあめの顔」に激似だというのだ。


「初対面なのに似ているなんて、運命だね!」


 おやつを食べて満足したのか、ソファの上でドテッと仰向けに寝ころんでいるわたあめに話しかける。


「……犬、どうしても見たくなったら来ていいから」


 郡司の声色に違和感を覚える。ちょっとしんみりしている。表情もなんというか、センシティブな感じ。


 あ、そういえば。私は「幼少期、ちょびっと苦労した」という設定なんだった。


 それにしても、郡司は義理堅い奴だ。優しくて良い奴。笑い方はニヒルだけれども。とりあえず、ちょっと盛った過去の話はそのままにして、「ありがとう」と言っておいた。

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