お土産を選ぶ

 月曜日に山盛りの仕事をこなし、火曜日に深夜まで残業をして余裕を作った。


 水曜日の今日は、はなにがなんでも定時で退勤する。真っ白でかわいいもふもふが私を待っているのだ。


 朝から「定時退勤」と心の中で唱えながら仕事に励んでいた。あと三十分ほどで、その夢がかなう。


 私は鼻歌混じりで、壁にかかった時計をチラ見した。


「清家主任、きょうはすごくご機嫌ですね」


 遠慮がちに嶺衣奈が話しかけてくる。「まぁね」と返事をしながら、自分のデスク周りを片付ける。


 書類がわさわさしていたり、気づくと同じペンが何本もデスクの上にあったりするので、きちんと元の位置に戻す。ズボラは家の中だけにしないと。


「竹井さん、入力作業は順調?」


 定時退勤のためには、嶺衣奈と史哉の進捗状況も重要だ。彼らが残業しているのに、放って帰るわけにはいかない。


「あと少しで終わります」


 よし、嶺衣奈は大丈夫。


「杉崎くんの作業は?」


「三十分くらいです」


 定時ジャスト。こちらも問題なし。


 私は帰る準備を整えてから、総務部へ向かった。所定の用紙に必要事項を書き込み、担当者からハンコをもらう。その用紙を持って、次は在庫管理部へ。


 簡単な手続きをすれば、ペット用のおやつを持ち帰ることができるのだ。もちろん上限はある。月に一度、金額は卸値で1000円まで。


「清家主任がおやつを持って帰られるなんて、初めてじゃないですか?」


 在庫管理部の社員が、めずらしいものを見るような顔で話しかけてくる。


「友達がビションを飼っててね。今日遊びに行くから、お土産にしようと思って」


「ビションですか! かわいいですよね」


「あのアフロ頭がなんともいえないよね。特に後頭部からボディにかけてのライン」


「わかります!」


 さすがは我が社の社員。犬好きが多くて良い。ひとしきり社員とわんこトークをしてから、私はおやつ選びを開始した。


 整然と並んだたくさんの商品在庫を眺めながら、自分がこの制度を利用する日が来るなんて……と感激してしまった。


 棚にはたくさんおやつがある。でも金額は決まっている、というシチュエーションは、遠足の際のおやつ選びに似ている。子供のころに戻った気分だ。


 慎重に吟味しながら、小分けされたパックを手に取る。取り扱い商品が多いだけに迷う。大きく分けて、肉系と魚系のおやつがある。


 肉系は、鹿肉、鶏肉、猪肉、馬肉……。魚系は、マグロ、サーモン、鯛、ほかにも小魚がいくつか。


 それらを切り身にして乾燥させジャーキーにしたり、一度ミンチ状にして成形してスティックにしたり。


 野菜や果物を乾燥させて粉末にして、米粉と混ぜたクッキーもある。


「食べやすいのはクッキーかな。あと、ささみジャーキーも嫌いな子はいないし……」 


 じっくり時間をかけて、私が選んだのは以下の三点。


・素材だけのささみジャーキー

・まるごとお魚ミックスふりかけ

・かぼちゃのハロウィン仕様クッキー


 ささみジャーキーは商品名の通り、素材だけをオーブンで乾燥させたもの。パキッと手でも割れるから、小型犬のわんこにも与えやすい。


 お魚ミックスふりかけは、数種類の魚を乾燥させたあと身や骨を粉末状にしている。フードの上にふりかけるとわんこの食いつきがよくなると評判なのだ。かぼちゃクッキーは秋に向けての新商品。ジャック・オー・ランタンを模した形になっている。


 お土産の準備はOK。これで郡司宅へ行く準備は完璧だ。おやつを抱えて、うきうきしながら事務所に戻った。


「清家主任、私たち帰っても大丈夫ですか?」


 私の顔を見て、嶺衣奈が立ち上がる。どうやら史哉も仕事を終えたらしい。パソコンの電源を落とすところだった。

 

「え? もうそんな時間?」


 慌てて時計を見ると、わずかに定時を過ぎていた。どうやらおやつ選びに時間をかけ過ぎたらしい。


「帰っていいよ、おつかれさま! ごめんね、戻ってくるのが遅くなって」


 待たせたことをふたりに詫びながら、自分も通勤バッグを手に取る。「定時退勤」と朝から唱えた甲斐があった。


 私は無事、ほぼ定時に会社を出ることに成功したのだった。

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