5.ひんやり抹茶ラテ

わたあめ

 洗い物をする郡司の背中に向かって、「もっふんってさ」と声を掛ける。


「女の子のわんこ、だよね?」


 白いもふもふは、おそらく雌のわんこだと思う。職業柄、たくさんの犬種を見ているので何となくわかるのだ。


「……いや、待って。もっふんってなに」


 眉根をぎゅっと寄せた郡司が振り返る。


「郡司くんところの子」


 そういえば、名前を聞いていなかったことに今さら気づく。


「勝手に安易な名前つけないで」


「なんていう名前?」


 くるっと体勢を戻して、こちらに背中を向けた郡司がつぶやく。


「……わたあめ」


「わたあめ!!」


 ぴったりな名前だ。真っ白で、ふわふわで、かわいい感じ。


「私のこといえないくらい安易な名前だね。かわいいけど」


「俺がつけたんじゃねーし」


 家族が名づけたらしい。そしてやはり雌のわんこだという。


「何歳?」


「にじゅういち」


 分かっているくせに、郡司は白々しく自分の年齢を明かす。


「郡司くんじゃなくて」


「一ヶ月前、三歳になった」


「三歳かぁ……」


 スマートフォンを取り出し、わたあめ(と郡司)の写真を眺める。はぁ……、とため息が漏れた。うっとりした気分になる。なぜもふもふを見ると心が癒されるのだろう。


 昔からずっと、犬を飼うのが夢だった。


 けど、子供のころは弟妹たちの面倒をみるので精いっぱいで余裕がなかった。大人になってからは仕事がずっと忙しくて、帰宅時間が遅くなることもあって諦めていた。


「いいなぁ……」


 ぼそりとつぶやくと、郡司が振り返った。


「なにが?」


「え? あ、犬がいる生活。ずっと飼いたかったんだけどね……」


 そう言いながら、ふいにある作戦が頭に浮かんだ。私はすぐに、しんみりとした雰囲気を醸し出した。そして子供のころの話を始める。


 母子家庭だったこと、弟妹たちの面倒を見て云々……、というストーリーを多少(ほんとうに少しだ)盛って郡司に明かした。


 郡司は洗い物の手を止め、じっと私の身の上話を聞いてくれた。そして……。


「……よかったら、うちに見に来」


「いいの!? 行く!! ありがとう!!」


 間髪入れずに返事をして、郡司の家に行く約束を取り付ける。


 見事に作戦成功した。


 郡司は意外にお人よしというか、根が良いヤツなのだ。


 サンキュー郡司。


 心の中で改めて礼を言う。もう、写真では我慢できない。触りたい。抱っこしたい。わたあめが許してくれるなら、もふもふボディに顔をうずめたい。


 ちっちゃなかわいい牙を触りたい。キラキラしたおめめで私を見つめて欲しい。いや、見つめ合いたい! 私は約束の日を指折り数えながら待った。

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