真っ白なもふもふ

 アプリのぴこん、という音で目が覚めた。


 眠い目をこすりながらスマートフォンの画面を確認する。まだ朝の早い時間だ。


 こんな早朝に何のお知らせだろう、と思いながらアプリを開くと、郡司からのメッセージだった。


『予約ないんだけど』


 んー……? 予約……今週もちゃんとしたような……? と、まだ完全に覚めていない頭で記憶をたどる。


「あ! 予約してない!!」


 すっかり忘れていた。私としたことが。ご褒美ごはんの予約を忘れるなんて。


『忘れてた』


『すぐ予約する』


 郡司にメッセージを送信したあと、慌てて専用フォームの画面をひらく。


 きっちんすたっふでスタッフを指名するには、業務開始の24時間前には予約を完了させておく必要がある。


 必要事項を入力して「確認」ボタンを押す。無事にいつもの日時で予約をとることができた。


『予約忘れ防止機能たすかる』


 と、郡司を茶化すと『そんな機能ねーし』と返ってきた。


『今週はちょっとバタバタして忘れてた』


 新商品の発売が間近にせまっているのだ。


『忙しい?』


『ちょっとね』


 通販ページに特設サイトを立ち上げたり、サンプルを送付したり、他にもやることはたくさんある。


『ふーん』


『べつに』


『ならいいけど』


『浮気したのかと思った』


 4連続でメッセージが来た。


 浮気ってなんだ。私は西依さんのときから一途な指名客なのに。


『ひどーい』


『うたがうなんて』


『わたしのことしんじてないの?』


『泣』


 わざとらしい文言で返し、ついでに涙目の顔文字を多投しておく。


 にやにやしながら待っていると、案の定『うぜ』というメッセージがきた。


 自分にはない要素の湿っぽさを演じたあと、気を取り直して『というか、早起きだね』と送った。


 こんなに早く起きなくても、大学の講義には余裕で間に合うだろう。というか、時間を持て余すくらいの時間だ。


『いつもこれくらい』


 意外だ。ぎりぎりまで寝てそうなイメージなのに。そして、気だるくスマートフォンの目覚まし機能を停止させてそうなのに。


『え、おじいちゃん?』


 ツッコんでみたがスルーされた。代わりに『散歩中』のメッセージが。


 なるほど。それで、こんなに早朝なのか。


『健康なおじいちゃん』


 めげずにツッコんでいると、『いぬ』と返ってきた。


 んん? いぬ? あ、犬?


『郡司くん犬飼ってるの?』


『そう』

 

 予想外すぎる。


 自分以外の面倒とか見なさそうなのに? と、心の中で思ったことは内緒だ。


 どうやら、実家で飼っていたわんちゃんらしい。事情があって世話をする人間がいなくなり、郡司のところにやって来たのだという。


『押し付けられた』


 そう言いながら、毎朝ちゃんと散歩に連れて行くなんてえらい。私の中で「えらい子」ポイントが加算していく。


『見せて』


『なにを?』


 そんなの、犬に決まっている。


『わんちゃん』


 しばらくすると、画像が送られてきた。


 散歩中の犬単体の写真だろうと思ったら、郡司も映り込んでいた。片手でわんちゃんを抱っこして、気だるげではあるものの一応はカメラ目線だ。


 背景が外だし、リードも持っているので今撮影したものだろう。


 無加工のはずなのにぴかぴか肌。ちょっとダルそうな表情までサマになっている。まるで若手俳優の宣材写真みたいだ。


『え、自撮りとかいらないんだけど』


 ぴかぴか肌がうらやましくて、つい辛辣なコメントを送ってしまった。


 画像にダメだしをしたあとで、抱えられているもふもふを改めて見る。その瞬間、「はわわわわわ!」と叫んでしまった。


 真っ白で、全身がもふもふ。顔はアフロのようにまん丸にカットされている。


『びしょん!!』


 郡司が抱えていたもふもふは、くるくるとした巻き毛が特徴の小型犬、ビション・フリーゼだった。


『もっとおくって!!』


 ダメだしをしたことなど忘れて、私は郡司にもふもふの画像を要求した。もふもふだけで良いのに、必ず画像にイケメンが写り込んでくる。


 ちっ。このイケメン、邪魔だな。


『郡司くんはいらないので』


『わんちゃんだけでOK』


 心の声を正直に伝えたのだけど、送られてくる画像にはもれなく美青年がおさまっていた。


 それにしても可愛いもふもふだ。私はじいっと白い犬を凝視をした。


 おそらく郡司のことが大好きなのだろう。うれしそうな顔で腕の中におさまっている。


 口を少し開けて舌を出している姿がなんとも可憐だった。ちょっと覗く牙が小さくてかわいい。


 かなりのお利口さんに違いない。どの写真もカメラ目線だし、まるで表情を作ったかのようにベストショットなのだ。おめめをキラキラさせながら、愛らしい姿を見せてくれている。


『かしこい』


『かわいい』


『おりこうさん』


『アイドル犬』


 私はすっかり、白いもふもふに夢中になってしまった。

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