4.うなぎのちらし寿司
計画は順調
「わんにゃんスマイルでございます」
数コールで、隣の席の嶺衣奈が電話を取った。
「お買い上げありがとうございます。はい、そちらの商品は素材のみを乾燥させたもので」
どうやら商品についての問い合わせらしく、資料を確認しながら受け答えしている。
最近は、電話が鳴ってもびくびくすることが無くなった。落ち着きも出てきて、成長しているなと感じる。
嶺衣奈の涼やかな声を聞きながら自分の仕事を進めていると、史哉から声を掛けられた。
「文字の大きさなんですけど」
「うん」
史哉は商品のラベルを制作している。
新商品の発売に向けての作業だ。表面のデザインは決定したので、業者からの納品待ち。
彼が作成しているのは、商品の裏面に貼るラベル。内容量や産地等を記載したものだった。
「これくらいで大丈夫ですか」
「商品名は、もう少し大きくしたほうがいいかな」
私の指摘通りに、史哉がマウスをカチカチと動かす。文字がみょーんと大きくなった。
「あっ、ちょっと大きすぎるかな」
そう言うと、また史哉がカチカチして、文字をみょんみょーんと小さくする。
「あ、行き過ぎてる。元のより小さいよ。うーん……? そう、そこそこ、ストップ! そのくらい。あとはそれくらいで大丈夫だよ」
私はデスクの引き出しから、定番商品のひとつである『鹿肉のジャーキー』を取り出した。
パッケージの裏面に貼ってあるラベルを史哉に見せる。
「ほら、こんな風に商品名が大きいと、見やすいでしょ? これを見本にすればいいと思う」
「……はい」
史哉はマウスを操作しながら、商品をチラ見する。
相変わらず無表情で小声だけど、返事をしてくれる。勝手に仕事を進めるのではなく、きちんと確認するようにもになった。めちゃくちゃ成長している。
自分が楽をするために「部下有能化計画」があるのは確かなのだけれど、単純にひとが成長していく姿を見るのは楽しいし、うれしい。
先輩社員の実久にそのことを報告すると、彼女は、たばこの煙をふぅーーっと吐いた。
いつもの禁煙スペースで、実久は少しむずかしい顔をしている。
「杉崎を押し付けちゃった私が言うことじゃないんだけど」
「はい」
「あんまり、入れ込まないほうがいいわよ」
「入れ込む……?」
どういう意味だろう。
「杉崎と、竹井さん? だっけ。杏が面倒みてる新入社員」
「そうです」
「今の若い子は、何考えてるか分からないから」
「どういうことですか?」
実久がたばこの火を消し、周囲をちらちらと確認する。
私もつられて、きょろきょろと辺りを見渡した。幸い、他に社員の姿は見えない。
実久が「アルバイト勤務の子がさ」と声をひそめる。
「辞めちゃったんだよね。わりと最近入った子で、二十歳そこそこだったと思うんだけど」
「……まぁ、そういこともありますよね」
残念なことだけど、何か事情があったのだろう。
「それが、面談では続けたいって言ってたらしいのよ」
「そうなんですか」
うちの会社では定期的に「面談」というのがある。
上司に呼ばれて話をするのだけど、格式ばった雰囲気はない。お茶を飲みながら色々と相談に乗ってもらえる場だ。
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