唯一の指名客
「そーゆーのいいから」
金曜の夜。
郡司に「自分にお節介を焼こうと思う」という話をしたら、あっさりと却下された。
「えー……」
名案だと思ったんだけどな。
「もしかして、郡司くんが世話焼いてくれる感じ?」
冗談めかしつつ、期待を込めて彼の顔を見る。
「それはムリ」
ですよね。
「まぁ、片付けとかはしたほうがいいと思うけど」
そう言って、郡司がソファのほうへ視線をやる。そこには、今朝脱いだパジャマがだらん、と背もたれから垂れ下がっていた。
私はソファにどかっと座り、ささっとパジャマを畳んで片付ける。
慣れとは怖ろしいものだ。イケメン年下男子の来訪に少なからず意識をしていたはずが、今ではすっかり日常のこととして捉えてしまっている。
今日の郡司も、ゆるっとTシャツとパンツのラフスタイルだった。それなのに、きらきら王子様に見える不思議な仕様。
王子様が放つ「美オーラ」は眩しいけれど、なんとかまばたき少なめでガン見することが可能だ。これも慣れというか、訓練だと思う。
二重まぶたに、薄茶色の瞳。あ、たぶん、まつ毛は私よりも長いな。ばっしばしに生えてる。
「……なに」
じいっと観察する私に対して、まるで不審者を見るような視線を投げてくる。ちょっと、仮にも客なんですけど私は。あなたの指名客。
ん……? 指名客……。あ、そうか!
「掃除はいいけど、料理はしないままのほうがいいんだ?」
ほぼほぼ、確信がある。なので我慢できずに、むふふと得意気な表情になってしまった。
案の定、郡司は無言でふいっと視線を逸らす。
「私がちゃんと料理したら、きっちんすたっふを利用しなくなっちゃうもんね」
ソファから立ち上がり、郡司に近づいた。思いっきり背伸びして、彼の顔を見る。
「そうなると、郡司くんの唯一の指名客がいなくなっちゃうね」
どうやら、彼は嘘がつけないタイプらしい。ぐっと押し黙り、私とは視線を合わせない。やはり想像通りだったらしい。
料理上手なイケメンなのに不人気スタッフ。
「もーー、しょうがないなぁ~~! 郡司くんのために、自分にお節介を焼くのはやめる。これからもズボラでいることにする!」
ズボラ女子の継続を宣言して、からからと笑っていると、おでこをトン、とされた。
「え、なに……?」
ちょっと不機嫌そうな顔の郡司が、身をかがめて私を覗き込んでいる。
デコピンされた? それにしてはぜんぜん痛くない。というか、ぎゅーーっと指で額を押されている。
指以外の感触があって、私は手を伸ばした。
「あ、献立……」
おでこに押し付けられていたのは、献立が書かれたメモだった。
メニューは事前にアプリで確認できるのだけど、最近はあえて見ないようにしている。当日、食べるときの楽しみとしてとっておきたいのだ。
「えっと? 今日のメニューは」
逸る気持ちを押さえながら、メモに視線を落とす。
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【今日の献立】
・お出汁が香る和風あんかけオムライス
・わさびソースのサイコロステーキサラダ
・大根と白味噌のポタージュ
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……神! メニューが神だし贅沢!!
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