指名してもいいですか?

 翌朝、アプリを見ると郡司からのメッセージが届いていた。


 ご指名ありがとうございます、から続く、おそらく定型文であろうメッセージを寝ぼけた頭でぼんやりと確認する。


 一通りかしこまった文章が続き、最後に『リクエストがあれば、どーぞ』という文面があった。これだけは、彼自身の言葉だろうなと思った。


 リクエストかぁ……。


 今は無性に玉子料理が食べたい。目玉焼きでも、オムレツでも、茶碗蒸しでもいい。とにかく、玉子料理。


 週末には気が変わってるかも、と思いつつ、私は郡司にメッセージを送った。


『いま、すっごく玉子料理が食べたい』


 送信後、すぐにスマートフォンが震えた。意外にもすぐに返信があったようだ。


『いまの話とか、どーでもいいんだけど』


 私もすぐに返事を返す。


『うん、分かってる。週末だよね』


『何が食いたい?』


 そう言われても、週末の自分が何を食べたいかなんて分からない。食べたい欲求は気まぐれなのだ。考えようとしても、起きたばかりで頭が働かない。


『なんでもいい』


 答えが出ないので、おまかせにすることにした。


『は?』


 あ、もしかして言い方がまずかったかな。なんでもいいっていうのは、良い伝え方ではなかったかもしれない。寝起きはしゃきっとするまでに時間がかかる。


 気を悪くしたかもしれないので、言い直す。


『まかせます』


『なんで』


『郡司くんが作るのおいしいから』


 これはもう、正直な気持ち。さらに本音をいえば、愛想がよければもっといいかなと思っていた。でも今さら彼にニコニコされても不気味だなと、少し冴えてきた頭で考える。


『西依さんから、ご事情をうかがったので』


『うん』


『これから郡司くんを指名してもいいですか』


『いーよ』


 そっけない返事を眺めながら、そういえば彼はフリーターなのだろうか、と疑問に思った。仮にアルバイト勤務の大学生だったら、試験やほかにも諸々の都合があるだろう。


 私は週に一度、自分へのご褒美としてきっちんすたっふを利用している。


 一週間がんばった自分に「おつかれさま!」をするために、金曜日の夜をご褒美デーとしているのだけど、彼の都合によっては曜日をかえても良い。そのことをぽちぽちとメッセージにして送信した。


『大学生だけど』


『三年』


『慶央大学』 


 しゅんしゅんしゅん、と連続でメッセージが飛んでくる。


『いや、個人情報……!』


 思わずツッコんだ。西依さんのときは「個人情報なんで」とか言って、やたらプライバシーに敏感だったのに。


『自分のことだから、別にいい』

 

 そうかい。


 私はしばらく逡巡して、お返しとばかりにしゅぱしゅぱしゅぱ、とメッセージを送った。


『わんにゃんスマイル勤務』


『主任』


『二十代後半』


 正直に29歳といえばいいのに、ちょっと無駄にあがいてみた。


 案の定『なんで濁すの』とメッセージが来た。それには、いつかのお返しとばかりに『個人情報なので!』と、返しておいた。

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