3.お出汁が香る和風あんかけオムライス

代理だったワケ

 週の半ば、相変わらずバタバタしているとスマートフォンが鳴った。


 確認すると、きっちんすたっふのアプリの通知だった。


「え? 西依さん……!?」


 私の救世主こと、あっさり味の献立が得意な西依さん。アプリを開くと、彼女からのメッセージが届いていた。


 アプリは、スタッフと客がメッセージのやり取りができる仕様になっている。


 西依さんは実家で家族の介護に追われていたという。母親が自宅の階段から落ちて、大腿骨と右腕の骨折という大けがを負ってしまったらしいのだ。


 なんとか退院することはできたものの、しばらくの間はリハビリが必要なのだとか。


 当面、母親のリハビリに付き添うこと。きっちんすたっふでの勤務が困難になったことが、ていねいな文章で綴られていた。


『せっかく指名してもらっていたのに、ごめんなさい。本当に申し訳ありません』


 彼女のせいではないのに、私に何度も詫びる文面を見て、胸がぎゅうっと締め付けられた。


『私のことは、気にしないでください!』


 かわりのスタッフを派遣してもらったこと、西依さんとは違って不愛想だけど、腕はたしかなこと、週に一度の「あっさり味のご褒美ごはん」は問題なく継続している旨を、アプリを通して伝える。


 無理しないで、早くよくなりますように、おいしいごはん、ありがとう、というスタンプをぽこぽこと連打する。


 私の連続スタンプが終わったあと、ぽこん、とスタンプが押された。


 クマが「ありがとう」と言いながらお辞儀するスタンプだった。


 ぺこぺこと頭を下げるクマを見ながら、しばらくは大変だろうな……、と彼女のことを思う。自分のデスクで、アプリを眺めながらしんみりする。


 しばらくはそうしていたのだけど、隣の席の嶺衣奈から呼ばれて、はっと我に返った。


「清家さーん! すみません、ちょっと分からないところがあるんですけど」


「どこ? 見せて」


 書類を指さす嶺衣奈を覗き込みながら、私の気持ちはしんみりから仕事モードへと、強制的に切り替わっていった。





 私は夜道を歩きながら、きっちんすたっふのアプリとにらめっこしていた。


 今週末に派遣してもらうスタッフを、そろそろ指名しておきたい。


 先週までは、代理として郡司を派遣してもらっていたけど、今週からは自分でスタッフを指名しなければいけない。

 

 郡司の作るごはんはおいしい。好みのあっさりした和食をこしらえてくれるし、真面目だということも分かっている。


 常に笑顔の西依さんとは落差が激しくて、最初は戸惑った。でも、慣れてくれば彼の気だるげ感もそこまで気にならない。


 私は迷いなく、気だるげ美形王子を選択して送信した。


 なんとなく興味が湧いたので、他の登録スタッフにも目を通してみる。名前とアピールポイントがそれぞれ記載されている。


 たとえば「パスタ料理に自信あり」とか、「デザートを作るのが好きです」とか。「作り置き対応いたします」という文言には、なかなか心惹かれた。


 そういえば、私は「あっさり和食が得意です」という西依さんのコメントを見て、彼女を指名したのだった。


 そして今さらだけど、代理スタッフとして彼が派遣されてきた理由が分かった気がした。おそらく、彼は不人気なスタッフだ。


 アピールポイントのところにはなにも書かれていなかった。ひらがなで「ぐんじ」とだけ表示されている。彼がいつも首から下げている、あの投げやりなひらがなの名札と同じ。


 さすがに名前だけでは客も指名しにくいだろう。


 顔が表示されていれば、彼の顔面が威力を発揮して指名は殺到しそうだけど、防犯のためなのか顔写真は掲載されていなかった。


 あんなに美形で料理上手、なのに不人気。そう考えたら妙におかしくて、ふっと笑いがこぼれた。ほどよい疲労感を抱えたまま、私は鼻歌まじりで自宅までの道を歩いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る