塩対応男子

 私は勢いよくドアを閉め、部屋番号を確認する。正真正銘、自分の部屋だった。そもそも間違っていたら鍵が開くはずなんてないし。


 今度はそっとドアを開ける。


「え……? だ、だれ……?」

 

 美青年は無表情だった。


「……す」


 え? なに、酢?


 小さくて聞こえなかった。彼は、吐息のような「す」という一言を発し、首から下げた名札を私に見せてくる。


 そこには、投げやりな文字で「ぐんじ」と書かれていた。


 よく見ると見覚えのあるエプロンをしている。濃いオレンジで、形はシンプルなエプロン。胸元には白抜き文字で「お料理代行サービス・きっちんすたっふ」とある。


「……郡司祥生ぐんじしょうです」


 ああ、なるほど。さっきの「す」は「酢」じゃなくて、「郡司で『す』」の「す」かぁ。まったく、最近の若い子は声が小さいから困る。


「きっちんすたっふの方だったんですね。いつも指名させていただいている西依さんは……?」


 きょろきょろと見回しながら自分の部屋に入る。


「あ、えっと。郡司……さん? は、もしかして研修中とかですか? 西依さんに教えてもらうなら間違いないですよ。すっごくおいしいし、手際も良いし」


 スタッフだと分かってとりあえず安心する。肝心の西依さんの姿は見えないのだけど。


「それで、西依さんは……?」


 振り返って美青年に訊く。


 彼は私から視線を逸らし、スマホを取り出した。片手で素早く操作して画面をこちらに向けてくる。 


「ん? 指名いただいたスタッフが急用の為、代わりのスタッフを……」


 画面の文字を読んでいくと、どうやら西依さんは家庭の事情で急遽お休みを取ったらしいことが分かった。代わりのスタッフでよければ派遣できる旨が説明されている。


「あなたが了承したから、俺はここに来たんですけど?」


 美青年が冷ややかな表情でこちらを見ている。


 私は慌てて通勤バッグの中に手を入れた。大容量のバッグの中からスマホを探し当て「きっちんすたっふ」のアプリを確認する。


 同じ文面の通知が、昼前に私のスマホにも届いていた。


「あっ……そういえば、通知が来てて、いつもみたいに西依さんからの献立のお知らせだと思って、よく確認せずにOKボタンを押しちゃったような……」


 ちょうど会議をハシゴしている最中だった気がする。忙し過ぎてきちんと読んでいなかった。


 美形スタッフの視線がグサグサと刺さる。


「あ、あの。ちゃんとアプリの通知みてなくてごめんなさい」


 とりあえず私は良い年の大人なので、素直に謝っておく。


「それで、西依さんは大丈夫なんですか? なにか困ったことに……」


「個人情報なんで」

 

 私の声を遮るように、無表情のまま郡司が冷たく言い放つ。


 その言い方にカチンときた。このご時世、個人情報は大切だし、詳しい事情をいえないことも分かる。私はただの客なのだし。けど、もうちょっと言い方はないのだろうか。


 失礼な態度に反抗して、不躾にじろじろと彼を見た。


 おそらく二十歳そこそこだろう。

 

 顔が小さすぎるのでよく分からなかったけど、改めて見るとかなり長身だった。細身で足が長い。着ているものは普通の白いTシャツと黒のパンツなのに、スタイルが鬼なのでモデルのようだ。


 ダルそうにしているくせに、ちょっとした所作が美しくて行儀よく見えてしまう。育ちが良さそうな感じ。ツンツンした王子様のようだ。


 明るい色に染められた髪は、無造作に束ねられている。ほどけば肩あたりまであるのだろう。無造作な感じさえ計算されたスタイリングのように思える。美形は得だ。おまけに髪はツヤツヤだし、若さゆえ肌はつるつるしている。


 いや、私だってね? ちょっと忙しくて手を抜いてるだけで、ちゃんと時間をかけてあげたら髪だってうるつやだし、肌だって……。


「はぁ……」


 ちょっと悲しい気持ちになってきた。なんとなく力が抜けて、ダイニングテーブルの席についた。


「ん? え、これって……」


 テーブルの上には、なんとご馳走が並んでいた。

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