【短編】修学旅行には恋を詰め込んで

@sky_whale

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 僕の学校には少し変わった行事がある。それが二年生に行われる修学旅行。

 普通の学校ならその学校の二年生だけで出掛けることが普通だろう。僕も中学生の時はそうだった。それが高校に入ってから変わった。

 この学校は他校と修学旅行に行くらしい。その学校との班決めをするために代表者が出向くことになっているのだが、誰が行くのかと決めかねている。立候補する人がいないのも当たり前の事だと思うのだがそれで一時間潰れると放課後まで残らないといけない。いい加減出てほしい。

「俺と東樹とうきでやらないか? このままだと終わらないぞ」

 隣の席に座っているたくみから提案される。確かにこのままだと終わらないだろう。それに工が何か提案してくるときは自分に利害のあるときだけ。何かいいことがあるのかもしれない。そう思って立候補した。

「よし。それじゃ、来週の放課後に向こうの学校と打ち合わせだ。必要な事を話すから放課後残るように」

「わかりました」

 皆がほっとしたのか賑やかになり始める。それを制止するように先生が話し始める。

「わかっていると思うが、修学旅行の三ヶ月前まで相手の学校は教えられない。そしてオリエンテーションには必ず参加するように」

 他校とのオリエンテーションは三ヶ月前に行われる。そこまで相手の学校の情報は教えてもらえない。しかし連絡係を任された僕たちだけは違う。それまで他校との連絡を取り合えるように教えてもらえるのだ。これは特権と言ってもいいだろう。

「それじゃ、今日はここまで。号令」

 日直の挨拶で学校が終わった。今日は聞きたいことがたくさんあるから早く終わって良かったと思う。


「連絡係に立候補した理由は何だ」

「面白そうだから。他校の生徒と会えるんだぞ? いい機会じゃないか」

 それだけで立候補したわけじゃあるまい。誰だって嫌な事を引き受けるときはそれなりの理由がないと受けないものだ。それにいい機会と言っているが先輩の話を聞くと苦労したという話を聞く。他校との連絡をきちんと取らないと修学旅行先で苦労するのは目に見えている。

「今年は彩雲が相手とかって話なんだ」

 私立彩雲さいうん学院。学校としてはかなり大きいところで通っている生徒の学力は高い。どのくらいの人たちがいるのかわからないが、修学旅行に参加するとなれば僕たちの学校よりも人数が多くなる。

「あくまで噂だろ。去年までは普通の学校だったのに」

「修学旅行が合同になった理由を知っているか?」

「予算不足。他の学校と行き先が同じなのに無駄な予算は使いたくない。それに合同にすれば費用が浮くから」

「そうだ。だからだよ。彩雲学院は金持ちだろ? こっちの旅費を考えても浮くと思うんだ」

「その情報が確かなものならいいけどな。違っていたらクラスの不満が爆発する」

「そのときはお前がなんとかしてくれる。そうだろ?」

 こうなる事くらいは予想できていた。確かにクラスの不満が爆発して面倒ごとになったらなんとかするが、そうならないようにしてもらいたい。

「それで? 連絡係に立候補したのはそれだけじゃないだろ」

 鋭いと言わんばかりの反応を見せてきた。何か考えがある時点でそれだけじゃないことくらいは知っている。

「彩雲学院は女学院。そして俺たちは成奈片なるひら高校。わかるだろ」

 偏差値は同じくらい。お互いに勉強できるのならそれでいい。

「勉強以外に目的があるとしか思えない。その理由は美人が多いから」

「その通り。俺たちはラッキーだ」

 本当にその通りならどれくらいいいことだろう。実際にはそんな人はいないかもしれない。

「だけれども、興味あるな。それが美人ならなおさら」

「そういう思考。嫌いじゃないぜ」

 お互いに拳をぶつける。交渉が成立したときにやっていた漫画を真似しているのだが、よくこうしている。この学校は自由だが何かをするときは交渉が基本。そのためこうして取引が行われている。

「それじゃ、また明日」

 工と分かれて自宅への帰り道を歩く。いつもなら何か変わったことがないかと思っているのに今日は変わった事が起きてしまった。

 人通りが多いとは言えないような場所に一人の学生。それもさっきまで噂していた学校の制服を着ている。

 スマホを片手にうろついているところを見るとお店でも探しているのだろう。

「どうかしましたか」

 声に驚いたのか少し身構えた女の子を落ち着かせるように話し始める。

「僕は成奈片高校の生徒です。ほら」

 学生証を提示して安心してもらう。これくらい持っている人なら怪しむのかもしれないが制服を着ているところで怪しまれることも少ないだろう。

「何か探し物ですか」

「このあたりにお店はありませんか? 喫茶店を探していまして」

「それならこの道をまっすぐ行ったところですね」

 この辺に喫茶店はない。あるとしたら今歩いてきた大通り。そこにある。

「ありがとうございます」

 そう言って女の子は走って行った。僕は何も気にすることなく自宅に帰ることにした。


「宿題を片付けても終わらないんだよな。勉強は」

 どれだけ勉強してもやり過ぎと言うことはない。昔からそんなことを言われていた。実際にはある程度目標を決めておいた方がいいと思うのだが気にせずにやれと言われてきた。

 高校は進学校に進んだおかげである程度自由にやらせてもらえている。一人暮らしになって自由な時間が増えたのも一つの要因だろう。

「来週は打ち合わせ。彩雲学院が成奈片を選ぶとは思えないし、噂は噂だ」

 そんなことはないだろうと思った。実際に見てみるまではわからないというが今回ばかりは結果がわかっている。

 余計な事を考える前に寝てしまおう。


「それじゃ、放課後は打ち合わせだから相手の学校に行くように」

 担任から告げられた言葉と昼休みにあった小さな打ち合わせのおかげで確信に変わった。工の情報が正しかった。

「情報が正しかったら料金を払う。これは鉄則だよな」

「授業分のノートだろ。勉強しているとはいえ、あれだけ寝ていたら誰だって怒る」

 工の成績は悪くない。しかし授業中に寝てしまうためよく怒られている。情報料に対しての対価がノートというのはありがたいが本当なら授業を聞いてもらいたい。それで別のものを請求されても困るのだがそのときはそのときに考えればいいだろう。

「それで? 放課後の打ち合わせは向こうの学校だろ。授業終わってから間に合うのか?

「ギリギリだ。距離が近いから走って行けばなんとかなるだろう」

 なんとかなるはどうにもならないと捉えられるのだがそう考えるのは僕だけなのだろうか。

 細かいことを考えても仕方がないためこのくらいにして放課後に備えることにした。

 それまでどこの学校と修学旅行に出掛けるのか聞かれ続けたのは言うまでもない。


 放課後になればある程度は落ち着いたものの一部からは聞かれ続ける。そうした連中は無視してさっさと打ち合わせに向かうのがいい。それに相手にしていては遅れてしまう。

 適当な理由をつけて彩雲学院に向かった。

「学校に行ったとして、誰が担当なのかわかるのか?」

 走りながら連絡係の話をする。こちらの話が通じていないのなら向こうにも話は通っていないだろう。

「先生達は話が通っているが、生徒には送られてこない。これは考え直す必要があるな」

 話をしていても足は止めない。少しでも遅れれば相手に失礼だ。

 そうして学校にたどり着いた。成奈片とは違い門番が立っている。

「すいません。修学旅行の打ち合わせに来ました。成奈片高校の二宮東樹と工藤工です」

 門番はどこかに確認すると入場した記録を書くように言われる。名前と時刻、理由を書き終えると旨バッチをつけて中に入ることができた。

 さすがはお嬢様学校と言ったところだ。

「セキュリティの高さは比べものにならないな。成奈片うちならネームプレートと名前の記入をして終わりだぞ」

 この学校は来校した人の管理をしているのだろう。それに対して成奈片は予定していた人がやってきたのか確認するために書いてもらっているところがある。

「ようこそ。私立彩雲学院へ」

 そう言って出迎えてくれたのは昨日出会った女の子だった。

 相手もこちらに気がついたのか少しだけ表情を変えたがすぐに元に戻る。

「打ち合わせの時間までは余裕があります。ゆっくりしてもらってかまいません」

 時間を確認すると十分ほど余裕があった。走らなくてもまにあったのかもしれない。

 打ち合わせ場所の生徒会室まで通されると相手側は一人しかいなかった。

「あの、他の人は」

「こちら側では私一人の対応です。連絡係は私の担当ですので」

 そのほかにも担当はいるのだろうか、あくまで連絡係との話し合い。そのため一人なのだろう。

「まずは自己紹介から始めましょう。私は彩雲学院二年、天野雫あまのしずく。修学旅行の担当は私が行いますので何かあれば遠慮なく言ってください」

 こちらの自己紹介も済ませて今日の話をする。あくまで顔合わせが目的なので細かい打ち合わせは後日行うことになっている。

「それでは、オリエンテーションの話をしましょう。そちらでは毎年行われているとのことですが、どのような事をされているのでしょうか」

「他校との親睦を深めるためにゲームをしたりグループワークをします。どちらの学校でするのかは後日連絡します」

「でしたら、こちらで行いませんか? 講義室がありますのでそこなら全員入れると思います」

 向こう側の提案を持ち帰るのも仕事のうちだ。後日回答をすると言ってその日の打ち合わせは終了した。

「東樹さんでしたか? 少し待ってもらってよろしいでしょうか」

「構いません」

 工は先に出ていった。おそらく校門の前で待っているつもりだろう。出て行った事を確認してから話し始めた。

「先日はありがとうございました。おかげで無事に買うことができました」

 昨日の件だろう。間違っていなかったのなら良かった。

「良かったです。間違ったところを教えていたら大変な事になってたかもしれないので」

「それでですね。お礼をしたいと思っておりまして」

「お礼、ですか」

 たいしたことをしていないのにお礼をもらう必要はない。そう言って断ろうとしたのだが聞いてくれないだろう。

「二宮さんには私たちの学院で開かれるお茶会に参加してもらえないかと」

 聞いた話によると形式上のもので堅苦しくはない。学院生が集まってお茶を楽しむものだという。

「実は親しい友人や家族を呼ぶ事になっているのですが、私の両親は仕事がありまして」

 臨時で参加しろと言うことだろう。

「それくらいなら大丈夫ですよ。連絡してもらえれば予定を空けておきます」

「ありがとうございます。では、後日連絡しますので連絡先を教えてください」

 チャットツールの連絡先を交換してその日は帰ることになった。校門の前で待っていると思った工は少し離れた場所で待っていた。本人曰く門番の視線が気になって仕方がなかったとのこと。

「何の話をしていたんだ?」

「プライベートな話」

 それ以上は話さないことにした。いろいろと聞かれたのは言うまでもない。


「今度の休みか」

 オリエンテーションまでは時間があるのだが誘われたお茶会は今週の休み。服装は制服でいいとのことだった。休みの日まで着たいとは思わないのだがそれがルールなのだから仕方がない。

「連絡だ」

 天野さんからの連絡と父さんからの連絡が入っていた。父さんからの連絡は学校の授業をしっかりと受けているのかを確認するためのものだから適当に返事をすればいい。問題は天野さん。どんな事を返せばいいのかわからない。

『今度のお休みにお茶会です。準備はできていますか?』

 そんな連絡だった。いつでも参加できるように準備を整えていることを伝えるとすぐに返事がある。

『では、学校に来てください。事前に申請してありますので名前を伝えれば入場できます』

 お礼を伝えて会話を終えた。どんなことをするのかわからないが少しだけ楽しみになっている自分がいる。

 その日は眠れなかった。


 当日は少し早い時間にたどり着いた。高そうな車が並んでいるところに一人だけ徒歩。場違いな空気がすごい。

「入場者の確認を行います。身分証の提示を」

 学生証を出すとすぐに通された。以前も来たことがあるからあっさりと通してもらえた。

「さてと。どこに行けばいいんだ?」

 案内看板でも出ているのかと思ったがそんなものはない。周りを見てみると学院生と一緒に歩いている人ばかり。おそらく一人で来る場所ではないのだろう。そういうことなら校門前で待っていた方が良かったのかもしれない。

 天野さんに連絡を入れるとそこで待っているように連絡が入る。おとなしく待っていると後ろから呼ばれた。

「ようこそ。こちらです」

 会場へ案内されている間に聞いてみた。

「天野さんは会場の準備?」

「はい。生徒会長ですので」

 修学旅行の準備役だけではなかったらしい。学校でもかなりの地位がある人だ。

「こちらが会場です。私は少し席を外します」

 そうして会場に残された僕は何をすればいいのだろう。

 とりあえず雰囲気を楽しむことにした。

「お茶会の参加は初めてですか?」

 声をかけられた。少し大人びた人だ。天野さんと同じリボンと言うことは同じ学年なのだろうか。

「ええ。天野さんに呼ばれて」

「ああ。あなたが二宮さんですか」

 何か納得したように頷いている。

「自己紹介がまだでしたね。私は私立彩雲学院二年、藤本美咲ふじもとみさきです」

「僕は成奈片高校二年、二宮東樹です」

 そんなことを話しているとお茶会が始まる。学校の偉い人たちが話をして天野さんが挨拶。どこの学校も大して変わらないものだと思った。

「それではお茶会をお楽しみください」

 そうして始まったお茶会は周りの空気に流されないようにするのに大変だった。

「緊張しなくても大丈夫ですよ。学院生に関係ある人しか参加していませんから」

 そんなことを言ってくれる天野さんだが慣れないものは慣れない。どうしても緊張してしまう。

「藤本さんとお話されていたようですが、何を話されていたのですか?」

「自己紹介をしたくらいです。初対面で何でも話すのは難しいですよ」

「そうですか。確かに初めて会ったときから変わっていませんね」

 連絡を取るのも修学旅行の打ち合わせとお茶会の連絡しかしていないのに話せとはかなり無理があるのではないだろうか。

「お話ししましょう。ここに立っているだけでは暇でしょうから」

 そうしてお茶会が終わまで会話を楽しんでいた。


 お茶会が終わったときには疲れ果てていた。なんとか家に帰ってきたものの、宿題を片付けるのはかなりしんどい。来週のオリエンテーションのこともありゆっくりはしていられない。

「なんとかなればいいけど」

 そんなことを思いながら宿題を片付けることにした。


 オリエンテーションはなんとかなったもののその後は忙しく、休む暇もないくらいに時間が進んでいく。僕はどうなりたいのだろう。

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