【10話】レナルドのお家


 午前九時。

 

 ルプドーラ邸の門扉に、大きな馬車が停まった。

 ロクソフォン公爵家に向かうための足として、レナルドが寄こしてくれた馬車だ。

 

「よろしくお願いいたします」


 品の良い初老の御者に、シルフィはペコリと頭を下げる。

 

 御者は「こちらこそお願いします」、と笑顔で応えてくれた。

 

 

 馬車に揺られること三十分ほど。

 ロクソフォン邸に到着した。

 

「わぁ、大きい……!」


 馬車から降りたシルフィは、大きな屋敷に目が釘付けになる。

 

 ルプドーラ邸など比べ物じゃないほど、ロクソフォン邸は大きかった。

 さすがは、ルートリオ王国でも絶大な権力を持つロクソフォン公爵家といったところだろうか。

 ルプドーラ男爵家とは、まったくもって格が違う。

 

 そんな大きな屋敷の玄関扉がバタンと開く。

 屋敷の中から出てきたのは、執事服を着た初老の男性だった。

 

 男性はシルフィのところまで来ると、深々と頭を下げた。

 とても丁寧かつ、綺麗な所作だ。

 

「ようこそおいでくださいました。私、執事のゼフと申します」

「シルフィ・ルプドーラです。よろしくお願いします」


 合わせるようにして、シルフィも頭を下げた。

 

 少しして、二人は頭を上げる。

 

「レナルド様のところへご案内いたします」


 気品感じる優し気な顔でゼフは笑った。


 ゼフの後ろにつき、邸内へ入るシルフィ。

 ふかふかの赤いじゅうたんが敷かれた廊下を、やや緊張しながら歩いていく。


 廊下には、大きな絵画や、とんでもない価値があるだろう美術品が多数飾られている。

 外観だけでなく、内観もすごい。

 

 しばらく歩いたところで、ゼフの足が止まる。

 そこは、両開き扉の大きな部屋の前だった。

 

 ゼフが扉をノックする。

 

「レナルド様、シルフィ様をお連れいたしました」

「あぁ、ご苦労。下がっていいぞ」

「かしこまりました」


 そう言ってからゼフは、シルフィに一礼。

 それではごゆっくり、と言って去っていった。

 

「失礼します」


 声をかけてから、シルフィはゲストルームに入る。

 

 レナルドは横長のソファーに座っていた。

 

「よく来てくれた。とりあえず座ってくれ」

「はい」


 レナルドの対面にあるソファーへ、シルフィは腰を下ろした。

 

 二人の間には、大きめの机が置かれている。

 勉強するスペースには困らないだろう。

 

「さっそく始めようか。まずは、分からないところを教えてくれ」

「ここです」


 数学のテキストを机に広げ、該当箇所を指で差す。

 

 ふむ、と頷いたレナルドは、問題の解き方を教え始めた。

 

 

 レナルドの教えは、丁寧でいて、とても分かりやすかった。

 こういう言い方は失礼かもしれないが、学園の数学教師よりもずっと分かりやすい。

 

 おかげでシルフィは、つまづいていたポイントを克服。

 面白い位に問題が解けるようになった。

 

 

 そうしてしばらく問題を解いていると、レナルドが「そろそろ昼食にしよう」と提案をした。

 

 時計を見れば、時刻は正午すぎ。

 昼食を食べるには、ちょうどいい時間になっていた。

 

 

 ゲストルームを出た二人は、食堂へ向かった。

 

 横長の食卓テーブルへ、向かい合って座る。

 机の上には、美味しそうなサンドイッチが既に用意されていた。

 

「美味しそうです!」

「喜んでくれたようで何よりだ」


 昼食を食べながら、レナルドと会話をしていく。

 

 いつも筆談をしているせいか、口に出しての会話が新鮮に感じる。

 筆談も楽しいが、こうして声を出しながらの話はもっと楽しい。

 

「レナルド様の教え方、とっても分かりやすかったです!」

「良かった。人に教える経験なんて今まで無かったから、正直不安だったんだ」

「とてもそうは見えませんでした。プロ顔負けの腕前です!」

「そうまで言われると、何だか照れてしまうな」


 レナルドの頬がほんのり赤くなる。

 

 いつも不愛想な彼のそんな顔を見たのは、シルフィが初めてだろう。

 そう思うと、ちょっとだけ嬉しくなる。

 

「レナルド様って万能なお人ですよね。勉強にスポーツ、それにコミュニケーション能力。なんでも超一流です。逆に、苦手なこととかあるんですか?」

「一つあるぞ」


 レナルドの視線が、サンドイッチに向いた。

 

「え、サンドイッチ……ですか?」

「あぁ。料理だけは、どうも苦手なんだ」


 レナルドが恥ずかしそうに笑った。

 

 なんでもできる彼なら、きっと料理も卒なくこなすだろう。

 そう思っていただけに、少し意外な弱点だ。

 

(良いことを思いついたわ)


 弱点を聞いたシルフィに、とある閃きが走った。

 

「一緒にお料理を作りませんか。私、料理には結構な自信があるんです」


 家族からの嫌がらせで、本来は使用人の仕事である料理作りをやらされていた時期がある。

 そんな経緯によって、シルフィの料理の腕はなかなかのものになっていた。

 

「それはものすごく嬉しいが、いいのか?」

「はい。今回のお礼です!」


 与えてもらうばかりというのは、どうも気が引ける。

 だからシルフィは、恩返しをしたかった。

 

 レナルドは嬉しそうに笑ってくれた。

 

 それを見るだけで、何だかシルフィも嬉しくなる。

 

 来週の休日、ロクソフォン家で一緒に料理を作る。

 そういう話でまとまった。

 

(来週もここでレナルド様と会えるのね!)


 考えるだけで、シルフィは浮足立ってしまった。

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