【2話】別人メイクで再接近
翌日。
心地良い春の陽射しが差すルートリオ王国の王都を、シルフィは歩いていた。
目的地は『ルーブル』というカフェ。
その店には今、グレイが来ているはずだ。
以前、グレイはこんなことを言っていた。
『予定がない時に、休日をどうやって過ごすか? 行きつけのカフェで本を読むんだ。王都にあるルーブルって店が、とっても落ち着く雰囲気をしていてね。予定がない時は、ほとんどそこに行くんだよ』
学生であるグレイやシルフィにとっての休日とは、週に一日だけ設けられた学園が休みの日を指す。
そして今日がその、学生にとっての休日だ。
以前の言葉通りなら、グレイがルーブルにいる可能性はかなり高い。
では、そこに行って何をするか。
それはもちろん、復讐のためだ。
とはいっても、店に乗り込んで暴力沙汰を起こしてやる! 、と血気盛んに意気込んでいる訳ではない。
シルフィの復讐計画は、そんな単純なものではないのだ。
「おい見たかよ。今の銀髪の子、めちゃくちゃ可愛くなかったか?」
「あぁ、俺は今生まれて初めて天使と会った。なんていうか、物凄く守ってあげたくなる感じだ」
すれ違った男性二人が、シルフィの感想を口にした。
それらの感想は、キリっとしたクール系の顔立ちをしているシルフィとはかけ離れていた。
(良かったわ。上手くメイクできているみたい)
シルフィのメイクテクニックは超一流。
プロ顔負けの腕前を持っている。
今日のメイクはいつもの薄化粧と違い、フワフワの可愛らしさをとことん意識している。
超一流の腕前によって、今のシルフィは、究極に愛らしい美少女になっているのだった。
元のクール系の顔立ちの原型はなくなっており、単なるメイクというよりも、もはや変装レベルに近い。
知り合いが見ても、シルフィだとは気づかないだろう。
このメイクをしたのは、グレイに近づくためだ。
彼の好みは、こういう甘々な美少女。声をかければ、きっと容易に近づけるだろう。
男性たちの感想から確かな手ごたえを感じたシルフィは、心の中でガッツポーズを決めた。
ルーブルに到着する。
こじんまりとした、昔ながらの老舗といった感じのカフェだ。
落ち着いた雰囲気の店内に入ると、さっそく店員が声をかけてきた。
「いらっしゃいませ。一名様ですか?」
「はい」
「それでは、あちらのカウンター席へどうぞ」
カウンター席に座ったシルフィ。
きょろきょろと店内を見渡し、グレイの姿を探す。
(いたわ!)
窓際のテーブル席に一人で座り、本を読んでいる茶髪の男性。
その姿は、ターゲットであるグレイで間違いなかった。
スッと腕を上げたシルフィは、店員を呼ぶ。
「ご注文よろしいですか?」
「はい、お伺いいたします」
「カフェオレを一つください。それから……」
グレイが座っているテーブル席へ視線を向ける。
「あちらの席に移ってもよろしいでしょうか? 彼、ちょっとした知人なんです」
「席のご移動ですね。かしこまりました」
「ありがとうございます」
店員への注文を終えたシルフィは、グレイのいるテーブルへ向かう。
「あの、すみません。私、今一人なのですが……もし良かったら、ご一緒してもよろしいでしょうか?」
普段よりも一オクターブ高い甘々な猫なで声で、グレイに声をかける。
本に向けていたグレイの視線が、シルフィへと向いた。
彼は大きく目を見開いた後、締まりのないうっとりした表情をした。
シアンと会っている時と同じ、いや、それ以上にときめいている。
「あのぉ?」
「……あ、ごめん! ど、どうぞ!」
上ずった声を出す。
シルフィだと気づいている様子はいっさいない。
「ありがとうございます! 私、ルリルと申します」
適当な偽名を名乗ったシルフィはニコリと笑い、グレイの対面に座る。
かわいい、と呟いたグレイの顔が真っ赤に染まる。
瞳には大きなハートマークが映っていた。
(ふふっ、計画通りだわ……!)
シルフィの復讐計画はこうだ。
甘々な美少女――ルリルとしてグレイに接近し、親密な関係を築いていく。
グレイがぞっこんになった頃を見計らい、愛の告白をする。
そして最後に、グレイの前から突然姿を消す。
愛していた女性といきなり会えなくなり、心の拠り所を失うグレイ。
姉から奪った婚約者を、他の女性に奪われてしまうシアン。
二人とも大きなショックを受けるだろう。
これで少しは、シルフィの痛みを理解できるはずだ。
「僕はグレイ。ジグルド伯爵家の長男だ。今日はよろしくね、ルリル」
「よろしくお願いしますね、グレイ様」
「えっと……ルリルはどの辺りに住んでるの?」
「実は私、先日この国に来たばかりなのです。だからまだ、地名がよく分からないのです。それに、親しい友人が誰もいなくて……」
「そうなんだ。それは寂しいよね」
「はい。毎日心細くて泣いちゃいそうです」
目線を下に向け、今にも泣き出しそうな顔をしてみる。
チラッとグレイを見ると、とても心配そうな表情をしていた。
「ですからあの、私とお友達になっていただけないでしょうか?」
わざと声を震わせながら、上目遣いをするシルフィ。
大きな瞳をパチパチしながら、お願いしてみる。
グレイはすぐに「もちろんだよ!」と力強く答えてくれた。
(ちょろすぎるわね)
心の中で毒を吐きつつも、表ではパァっと笑顔でお礼を言う。
それからは、とりとめのない雑談が始まる。
変なことを言うとボロが出そうなので、基本的にシルフィは聞き役に徹していた。
(それにしてもつまらないわね)
グレイがする話は、聞いたことのある話ばかりだった。
退屈で仕方ないが、親密度を上げるためには我慢するしかない。
適当にニコニコ頷きながら、合間合間で「すごーい」とか「素敵です」といった言葉を散りばめる。
退屈なまま時間は過ぎていき、いつしか空は茜色になっていた。
「もうこんな時間に……。名残惜しいですが、そろそろ帰らなければなりません。お付き合いいただいて、ありがとうございました」
「ううん、僕の方こそ。じゃあね、ルリル」
小さく微笑んだグレイ。
表情には、寂しさが滲み出ている。
「今日ここで過ごした時間は、本当に楽しくて素敵なものでした。だから、私は来週もここに来ます。グレイ様がもし私と同じ気持ちなら、来週ここに来てください」
「同じだ! 僕も同じ気持ちだよルリル! だから、来週必ず会おう!」
「ふふっ、嬉しいです」
したり顔になりそうなのを我慢しつつ、ニコリと笑うシルフィ。
(掴みは成功したわね)
グレイに小さく頭を下げ、ルンルン気分で店を出て行った。
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