君の死に場所

やしぬぎ もか

第1部

#1 極めて平凡な

雛籠ひなかごともりとの出会いは極めて平凡なものだった。

友人曰く「お人形さん」のような愛らしく温和で、整えられ過ぎて周りの風景から浮かんで見えるようなその容姿はまるで、彼女以外が不揃いで場違いで間違いであるかのように思えた。夕焼けを照り返す長い黒髪は、そんな不完全な世界に優しく諭すように揺れていた。

「――君も疲れたの?」

校舎の屋上に取り付けるには些か低すぎるフェンスにもたれ掛かる俺の隣で、彼女はそう言った。その表情はやけに明るく、そしてやけに楽しそうだった。質問の意図を図りかねた俺は曖昧に頷き、曖昧に笑ってみせた。

「よく来るんだ。自分を見失わない為に」

それを聞いて彼女は小さく笑った。華奢な肩が揺れる度に世界が歪んだ気がした。

「ちょっと、中二病?」

「だいぶ、ね」

座り込み、身体をフェンスに預けると彼女は少しだけ寂しそうに呟いた。

「でも……分かるかも。この世界には自分の居場所は無いんだって、『私』って存在は世界にとっては無価値なんだって、そう感じることあるから」

「……」

世界は自分が居なくても同じ。ならば自分が存在する意味とは。そしてこれは果てに至極単純な疑問に行き当たる。

『生きる意味』。

皆与えられた娯楽や役割で忘れてしまっただけなのだ。人生の目標や将来の夢なんてノートの落書きレベルの話ではなく、もっと哲学的で、それでいて原始的な。

「なんで俺達は生まれてきたんだろう」

彼女は俺の言葉に顔を上げるとさっきと同じ明るい表情で手を打った。どうやら共感を得られたのが嬉しかったらしい。

「良かった。これで心残りは無いかな――」

立ち上がり、フェンスに手を掛ける。そしてセーラー服を翻しながら軽々とそれを飛び越えた。勢い余って落ちてしまいそうになる彼女の袖口を、俺は慌てて手繰り寄せた。

「――何してんだ?」

「死のうと思って」

あっけらかんと言う彼女の瞳は真っ直ぐで、俺は何も言えなかった。「なんで?」とか「どうして?」なんて問い掛けは既に答えが出ていたし、「やめろ」と制止する権利も俺には無いような気がした。

それはあの喪失感が俺にも理解できたから。

「お願い。君も気付いてるんでしょ? じゃあ――」

あからさまに曇る彼女の瞳に我慢できずに目を逸らしてしまう。

確かに理解出来る。だが、それで死を選ぶ極端さは俺には無かった。だからこそ『自分を見失わない為』なんて理由で毎日黄昏れるしかなかったのだ。

「……分かった。止めない。でも死に場所は此処じゃない」

「……どういう意味?」

思えば、この時既に俺は彼女を好きになっていたのだろう。ちぐはぐであやふやなこの世界の中で唯一完璧な彼女それでいて喪失感を埋める為に自らの身を削る覚悟をした彼女。

雛籠ともりとの出会いは極めて平凡なものだった。

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