20 男女の双子と口説き文句

 シェリーが応接間で、キャロラインとクラリッサと共にお茶を飲んでいたら、


「お風呂の支度が整いました」


 そのまま押し切られ、


「お肌のお手入れは怠ってはなりませんよ」


 香油でのマッサージに突入し、


御髪おぐし……は、お手入れされているんですね」


 その言葉に、曖昧な返事をして、


「申し訳御座いません。既製のものになってしまいますが」


 流れるようにドレスを着せられ、化粧を施され、髪を結い上げられた。


「あの、嬉しいけど。帰らないと……」

「ヨルウアルカ様が騎士団と連絡を取って下さいました。それで、今日はこのまま泊まるようにと、あちらからの伝言を受けたそうです」


 何をしてくれてんだ。シェリーは思った。

 そこに、リアムが顔を出し、


「シェリー。話──謝罪をしたい。良いだろうか」

「? なんのお話ですか?」


 リアムは一瞬だけ顔を歪め、


「あの、手紙。読んだと聞いた。申し訳ない。無かったことにしてくれないか」


 シェリーは目を丸くして、


「ですけど、ご迷惑が──」

「違う。すまない。僕の愚かさゆえだ。……妹に、あんなことを伝えるなど」

「いえ、でも、それは呪いが、」

「だとしてもだ。……だとしても、それを受け入れるのではなく、抗うべきだった。……すまなかった」


 頭を下げられ、シェリーは慌てて上げるよう促そうとして、けれどその前に頭を上げてくれたことにホッとし、


「今日は泊まるんだろう? 夕食を共にしないか? ヨルウアルカ殿にも話してある」

「夕食……」


 また、家族で食べることが、出来るのか。


「……お心遣い、痛み入ります。謹んでお受けいたします」


 シェリーは言いながら、なんとか思い出した淑女の礼を取った。


 ◆


(うん、テーブルマナー、ほぼ忘れてるわ)


 夕食時、シェリーはそれを痛感し、キャロラインやクラリッサの様子を観察しながら、少しぎこちなくカトラリーを動かす。

 ユルロは上着を着直していて、アレはどうしたのかと聞けば、


『兄に預けた。それと、兄には五本くらい追加で釘を差しておいた。加えて、絶対に泣かないようにと』


 どういう意味かと問えば、


『……想いが叶わなくて泣くと、大惨事になる』


 ユルロは渋い顔をして、そう言った。

 神話にある、嵐や洪水、大波というのは、照らし合わせればユルロの兄や弟妹たち、またその子孫たちなどの神が、失恋した際に泣いたことが原因らしい。と、シェリーはそこで知った。


「一つ、確認しても良いだろうか」


 夕食も終盤で、デザートを食べている時、ユルロがクラリッサを見、リアムを見て、口を開いた。


「生まれる子供の人数は、正確に把握しているのか?」


 その言葉に、周りの動きがピタリと止まる。


「……どういう、意味だろうか」


 慎重に問うリアムに、


「いや、会話から察しただけなのだが、胎児を一人だと、認識しているように思えてな。気配からすると、男児と女児の双子なんだが」


 リアムは完全に固まり、クラリッサはカトラリーを落とし、シェリーは一瞬固まったあと我に返って侍医を呼ぼうとし、キャロラインのほうが先に動いて侍医を呼んでいた。


 ◆


「言わないほうが良かったか? あんな騒動に発展するとは、思っていなくてな」


 庭木に凭れ、腕を組んで言うユルロの言葉に、


「いえ、教えてくれて助かったわ。生まれてくる前に、ちゃんと準備ができるもの」


 隊服に着直したシェリーは、鞘から抜かないままの剣で訓練をしながら答える。


「双子で、しかも、男の子と女の子よ。用意するものも手配する家庭教師も、それぞれ全然違うもの」

「そういうものなのか……」

「神様は違うの? どういう教育をする……教育、するのよね?」

「ああ、勿論。だが、性差はあまり気にしないな。本人のしたいことを学ばせる。そういう方針が主だ。俺もよく、頼まれた。大体が、礼儀作法についてだったが」

「へえ……」


 礼儀作法とは、また、らしい。シェリーはそう思いながら、訓練を続ける。

 そして、思い出した。


「……ユルロ。聞き忘れてたことがあるんだけど」

「なんだ?」

「どうやって私の呪いを解いてくれたかの、詳しい話」


 訓練をやめ、ユルロを見れば、


「……こう、小難しい話になるぞ」


 奇妙なふうに顔を歪めて、シェリーから僅かに視線を逸らしながら言う。


「言い難いの?」

「そういう訳では無い」

「なら話してよ」

「……因果の話は、前にしたな」


 そこからの、ユルロの話を全て聞いて、


「あなた、不器用ね」


 シェリーは呆れたように言い、


「でも、ありがとう。ユルロが気にかけてくれたから、こうしていられるってことなのね」


 感謝を込めて、笑顔で言った。


「……」


 それを見たユルロは、目を見開いて、


「……シェリー」


 顔をしかめ、


「好かれている相手に、そういう無防備な笑顔を見せるものじゃない」

「はあ?」

「だんだん分かってきた。シェリーに対する想いが、どういう種類のものか。……暴走など、したくない」


 ユルロはそう言うと、シェリーから顔を背ける。


「……あなたから、そういう欲は、感じないけど?」

「今はそうかも知れない。だが、この先は分からない。危機感を持ってくれ。これからは、本当に」

「持てって言われてもね……」


 シェリーは、ハァ、とため息を吐き、ユルロへと足を向ける。


「そこまで言われたら、逆に持てないんだけど。私、そんなに魅力ある?」

「あるに決まってるだろうが。それ以上近付かないでくれ」


 険しくなっていく横顔を見つつ、「なんでよ」とそのまま寄っていく。


「俺はシェリーを愛しているが、……シェリーはそうではないだろう。そんな相手に、無防備に近づくんじゃない」

「……そりゃ、そういう愛は持ってないとは思うけど。別にあなたのこと、嫌ってる訳でもないし。ここまでずっと、一緒に行動してきたし。あなたは良い神様だし」


 シェリーが言葉を発する度に、ユルロの顔が、更に険しくなっていく。


「それに、死ぬまで一緒なんだから」


 シェリーはユルロの目の前に立ち、


「その間に私を口説けば良いじゃない」

「そういうことをサラッと言うな」

「あなたになら、口説かれても嫌な気はしないわ。たぶん。されたこと無いから、分からないけど」

「そういうのを、口説き文句と言う。お前が俺を口説いてどうする」


 ユルロは顔を横に向けたまま、視線だけシェリーに向け、説教でもするように言う。


「面倒ね、もう」


 呆れ顔のシェリーは、鞘ごと剣を地面に突き立て、


「ユルロは私を好きで、私もユルロを嫌ってない。口説かない理由がある? 腹くくりなさいよ」


 ユルロは、長く深く息を吐き、シェリーへ顔を向け、


「シェリー、お前を愛してる」


 夜なのに、煌めくような深い青が、シェリーを捉えた。


「お前が死んだら、魂をそのまま連れ帰りたいくらいに愛してる。分かるか? この意味を理解できるか? お前を神界へ連れて行って、そのまま伴侶にしたいと、そういう意味だ分かったか? 分かったなら離れてくれ。言葉にしたせいで、今すぐにでも連れ帰りたくなった」


 真剣な顔で言い切って、ユルロはまた、横を向く。


「……今すぐって、出来るの? 力は完全には戻ってないんでしょう?」

「聞くな。方法を考えてしまうだろうが。兄に力を貸してもらうだとか、境界の仕組みを一時的に変化させるだとか、……。……だから考えさせるな。訓練に戻れ」

「まあ、なら、戻るけど」


 シェリーは剣を持ち直し、鞘がしっかり嵌っていることを確かめながら、


「口説かれるの、特に嫌じゃなかったわ」

「……だから、そういうことを言うな」



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