4 二人は因果に縛られた
どういう意味だ。何かまだ手があるのか。
そう問いかけそうになって、シェリーは口を噤む。それが困難なものだとしたら、もう、それを成そうとする気力が、湧くかどうか、分からない。
「解けかかっていると、俺は言ったな。その綻びを繕わず、何もしなければ、自然と、その穴は広がっていく。お前は何をしなくとも、呪いはそのうち解けるぞ」
「……いつ」
「そうだな……五十年後くらいか?」
「遅い!」
「煩い」
顔をしかめたそいつを、シェリーは睨みつける。
「私、今十九よ?! 五十年後って六十九じゃない! 人間の平均寿命を知ってる?! 六十前後よ?! 死んじゃってるじゃない!」
「ああ、人は、寿命が短いんだったな」
「もっと早く解く方法はないの? 綻んでるんでしょう?! 何か……!」
必死に言い募るシェリーを見て、男は「そうだな……」と考え込む。
「強引に綻びを広げれば、良いんだろうが……その呪い、どのような内容だ?」
「……一生誰からも愛されない呪い、よ」
「……そうか……」
男は、溜め息のように長く息を吐く。
「何? 何が言いたいの?」
「……綻んだ呪いに一番有効なのは、その呪いに対抗することだ。つまり」
「つまり……?」
「誰かから愛されれば、それを切っ掛けとして呪いは解けるだろうな」
「……は」
誰かから、愛される?
「は、ははは、あはははははは!」
「おい、今度はどうした」
笑い出したシェリーに、男は引き気味に問いかけた。
「はは、は……はぁ……いいえ、何でもないわ。無理だってことが分かっただけ。アドバイスどうも」
シェリーは立ち上がり、剣を拾って、
「じゃあ、私はもう行くわ。殺しかけちゃってごめんなさいね」
「……おい、大丈夫か」
「ええ、大丈夫よ?」
「そうは、見えないが」
男は立ち上がり、シェリーの頬に手を当てる。
「……なに?」
「笑ったり泣いたり、思考が複雑な生き物は難しいな」
「……は……」
そこで、シェリーはやっと気付く。自分が涙を流していることに。
「ああ、ごめんなさい。色々あって、情緒不安定みたい。少ししたらこれも引っ込むわ」
「……そうか」
涙を零しながら微笑むシェリーを見て、男の手が、その頬から離れる。
「じゃあ、今度こそ、さよなら。……さよならして、良いのよね? あなた、そのままで問題ないわよね?」
この男の今後に少し気が回ったシェリーは、ちょっと心配しながら問いかける。
「ああ、まあ、仕方がないが、恐らく大丈夫だろう。次の紅い月夜までには力も回復するだろうし、それまで辺りをぶらついていようと思う」
「そう。じゃ、さよなら」
軽く手を振って、くるりと背を向けて。シェリーは歩き出す。
「……?」
そこに、妙な違和感。
何かに、引っ張られるような。
「……おい、ちょっと待て」
「なに?」
振り返れば、男は天を仰ぎ、
「くそ……なんで……」
悪態をついている。
「何? 何か問題でも見つかった?」
「見つかった」
「そう。……え?」
「大問題だ。お前に、俺は縛られている」
こちらを向いたその顔は、また、しかめられていた。
「……どういう意味?」
「そのままだ。先程言ったな。お前によって俺は受肉しかけ、その状態で、お前に殺されかけた、と。それによって、複雑な因果が出来てしまった。……俺は、お前の側に居なければならない」
「……。ごめんなさい。噛み砕いて説明してくれる?」
「要するに、俺は俺の意思に反して、お前に取り憑いてしまっている、ということだ」
シェリーは、目をパチパチと瞬かせた。
「……なにそれ」
「だから、俺は俺の意思に反して──」
「いえ、そこは繰り返さなくて大丈夫」
シェリーは額に手を当てて、首を振る。
「ええ、聞いたから。……で、取り憑いて、どうする気?」
「どうもこうもない。その因果が外れるか、お前が死ぬか。どちらかすれば、俺は自由になれるんだが……」
「……私を殺す気?」
シェリーは剣を構える。
「殺す気はない。だが、これからどうするか……」
「その、因果とやらを外す方法は?」
殺す気はない、と言われたが、そして、目の前の男から殺気は感じないが、万が一を考えて剣を構えたまま、シェリーは問う。
「分からん」
「……分からん?」
「ああ。お前と俺と、その呪い。全てが複雑に絡み合っている。そして今の俺は、完全なる神ではない。受肉と、死と。その過程を経て、この世に縛られている状態だ。力を完全には扱えない。……要するに、お手上げだ」
肩をすくめる男を見て、シェリーは、呆然と。
「……なら、私は……私には、一生あなたが、纏わりつくってこと……?」
「嫌な言い方をするな。俺だって側にいたい訳では無い」
「……私から離れると、どうなるの?」
「離れられない。……やってみるか?」
言いながら、男がふわりと浮かび上がる。
「これなら分かりやすいだろう」
そして、空へと上っていく。
「……? ──?!」
それを眺めていたシェリーの、体がガクンと揺れた。
「は、……は?!」
ふわりと、自分の足が地面から離れる。
(ちょ、何……?!)
そのまま、不安定な姿勢で空中に浮かぶシェリーは、
「どうだ、分かりやすいだろう。およそ三十メートルか。それ以上は離れられない」
「……」
頭上からの声に、顔を上げる。
男は足を組み、頬杖をつきながら、空中に漂っていた。
「ハァ……全くもって、面倒なことになった」
「……ええ、本当。本当に、面倒ね」
シェリーは男を睨む。
「……一つ聞くけど、私があなたをもう一度殺しても、その因果は解けないの?」
「物騒なヤツだ。解けない。それに今の俺は、お前には殺せない」
「何を根拠に」
「俺が半死半生の状態だからだ。今の俺は、理から外れている。物理的な攻撃など効かない」
「……なら、これはどう、かしら!」
シェリーは聖なる力と魔の力、両方を纏わせた剣を、その切っ先を男に向けて、矢のように投げる。
「ほう。聖と魔、両の力が扱えるのか。珍しい」
その剣は男を通り抜け、弧を描き、地面へと刺さった。
「クソっ!」
「そう自棄になるな。俺もお前も、暫くの辛抱だ。俺の力がある程度戻れば、もしくはこの因果、解くことが出来るかも知れない」
「……あっそう」
男が、徐々に降下していく。それに合わせ、シェリーの体も少しずつ地面へ近付いていき、
「……」
ゆっくりと着地したシェリーの目の前に、男がまた、降り立つ。
「なぜ、睨む」
「……ええ、そうね。あなたを睨んでも、なんの解決にもならない」
シェリーは、ハァ、と溜め息を吐き、剣を取りに足を進め、
「?!」
ガクン、と前のめりに倒れそうになった。
「は、あ?」
その場から、これ以上前に、進めない。足を動かしても、何かに体が固定されているように、その場から動けない。
「だから、言っただろう。三十メートルが限界だと」
その言葉に、振り返れば。
神だった、そして今は理から外れている存在らしい彼が、肩をすくめてシェリーを見ていた。
「……それは聞いたわ。で、動けないのはどういうワケ? あなたは動けたじゃない」
「俺の方が、お前より上位の存在だからだろう。俺はお前に縛られているが、可動の始点は俺だ」
「……最悪ね」
シェリーは盛大に舌打ちをした。
「なら、ちょっとこっちに来てほしいんだけど。剣を取りに行きたいの」
地面に刺さっている剣を指差せば、男はまた、ふわりと浮かび上がり、シェリーが言った通りにこちらへと飛んでくる。
「これでいいか?」
「ええ、ありがとう」
自分の横をふわふわと漂う男に簡潔に礼を述べながら、シェリーはまた歩き出す。
剣が刺さっている場所まで来ると、シェリーは剣を引き抜き、
「……」
横の男へと一閃。
「……だから、無意味だと言っただろう」
また自分の体をすり抜けた剣を眺めながら、男が呆れたように言う。
「ものは試しよ」
軽く言ったシェリーは、色々と準備していた物を置いていた場所へと足を向ける。
今度は、何を言わずとも男はついてきた。空中を、漂うように移動しながら。
「……随分と、様々な物を持ってきていたんだな」
「ええ。これは神……あなたが暴れた時用に締め上げるための縄、これらは麻酔、これらは毒、これは血の汚れと匂いを消すための専用の液体と噴霧器と布。死体は切り刻んで燃やして埋めようと思ってたから、そのための燃料、着火剤、埋める穴を掘るために用意していたシャベル、よ」
「どれもこれも物騒だ」
男は呆れ顔で言い、天に目を向ける。
「……ああ、境界が閉じる」
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