第8話
もうこれ以上、エリザベスが屋敷に戻ってくるまでの間は現金の支出を抑えなければ。
そこで俺は謙虚な生活を送ることに決めた。18時半には帰宅し、19時に屋敷で肉料理とワインを嗜んで23時に就寝する……。
そんな規則正しい生活を過ごした。
それなのに屋敷の使用人達は何が不満なのか、俺を見る視線がいつも以上に冷たく見える。
一体何だって言うんだ……?
そして数日が経過した。
エリザベスが屋敷を出て5日目――
「カール様。今日、エリザベス様が戻ってこられるそうです」
朝食の席で執事が告げてきた。
「何だって? そうだったのか? いつ連絡が入った?」
「昨夜のことです。カール様がお部屋でワインを飲んでおられた時間でした」
「どうして俺に繋がなかった?」
「昨夜、お部屋にお伺いいたしましたけど? お部屋の扉をノックし、奥様から電話が入っていることを伝えました。ですが酒を飲んでいる最中なので邪魔するなと言われたではありませんか。……もっとも、かなり酔っておられましたが。
シレッと答える執事。
「何だって……?」
そう言えば、昨夜確かそんなことがあった気がする。
「そうか、今日戻ってくるのか。これでようやく金の問題が……」
そこで冷たい視線を感じ、見上げると執事がじっと俺を見下ろしていた。
「な、何だ……その表情は。言いたいことがあるなら、はっきり言ってみろ」
エリザベスが戻ってくれば、こちらのものだ。何しろ、ここ数日で良く分かったことがある。
この屋敷の使用人達は、エリザベスがいる時といない時では雲泥の差があるのだ。
彼女が戻ってきたら、俺への態度がどれだけ酷いものだったか訴えてやろう。
大丈夫だ、惚れた弱み。
エリザベスは何時だって俺のことを優先してくれるのだから。
しかし、執事の言葉で背筋が冷えることになる。
「では申し上げます。……結局カール様は一度たりとも、大奥様のお見舞いには行かれませんでしたね。そのことを電話口で奥様が悲しげに話しておりました。ここから本宅までは馬車でもせいぜい1時間程度です。18時半に帰宅されることが出来たなら、いつでもお見舞いに行くことは可能だったのではありませんか?」
「あ……」
自分の顔が青ざめていくのが分かった。
そうか。
それでこの執事は俺に帰宅時間を聞いて、目を見開いたのか。
「お、おまえ……何故、そのことを俺に言わなかったんだ? 分かっていたなら一言見舞いの話しを口に出してくれても良かったんじゃないか?」
すると執事が冷ややかに言う。
「それを私がわざわざカール様に告げなければならないのでしょうか? 婿養子という立場におられるのであれば、尚更ご自身で気づかれるべきだった……と、私は思います」
「うっ……そ、それは……」
そこまで言われると、何も言い返せない。
だが、少し足首を捻っただけだろう? 別に大怪我をしたわけでもないし、自宅療養だっていうなら軽く考えてしまうのも無理はない話だ。
「カール様、今夜は必ず何処にも寄らずに真っ直ぐ帰宅なさって下さい。エリザベス様から大切なお話があるそうですから」
そして執事は冷たい笑みを浮かべる。
「大切な……話……?」
そこで思い出した。
エリザベスが屋敷を開けた初日、引き出しの中に離婚届が入っていたことを。
まさか……今夜、俺に離婚を切り出すつもりなのではないだろうか……?
全身から血の気が引いていったのは……言うまでも無い――
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