君が恋を教えてくれた
柊 夜月
第1話
昔から勉強が好きだった。人並み以上に頭が良く、成績も学年トップを常にキープしている。
勉強にしか興味がない鈴村冬は友達はいるが、あまり積極的に話すこともなく、口数も少ない。
他に関心のない鈴村だが、1人だけ苦手な人がいた。同じクラスの東条秋。
頭もそこそこ良く、顔もいい。クラスの女子からは人気だ。そんな彼のどこが苦手かと言うと、何かと鈴村に絡んでくるからだ。
1人でいるのが好きな鈴村はいつも机で読書をしている。それでもお構い無しに話しかけてくる東条が苦手だ。
(あんな八方美人みたいな奴と仲良くやっていける訳がない)
心の中でそう思いながら、本を開く。ズラっと並べられた文字を目で追っていると誰かが目の前で立ち止まった。恐る恐る顔をあげると東条がいた。
「それ、前読んでたのと違うやつだよな。次は何読んでんだ?」
鈴村の手にある本を指しながら言う東条にそっと本を閉じて、溜息混じりに答える。
「言っても分からないと思うから教えない。」
「え、そんな難しい感じの読んでんの?」
鈴村が目を通していた本は勉強関連の本で、高校では教わらないもっと上の本だ。
勉強にしか興味がない鈴村は常に勉強関連の本を読んでいる。大学で習うような学科も平気で読み上げて解こうとする。そん鈴村に周りは付いていけず、話の内容すら合わないため、周りは避けているし、鈴村自身も周りを避けている。
(人とは最低限の付き合いで収めた方が面倒事もなくていいし)
それでも東条はお構い無しに絡んでくる。こちらがどんなにだるそうに返事をしても、適当に相槌をしようとも平気で話を続ける。正直、鈴村にこうして何食わぬ顔で、というか興味津々みたいな眼差しを向けてくるのは東条が初めてだったりする。
今だってそうだ。鈴村が読んでいる本が気になって仕方ないみたいな眼差しで見つめてくる。ここまで引き下がらないのは正直、本当に面倒臭いしむしろ凄いなと感心してしまうほどだ。
あまりにしつこいのでとうとう痺れを切らして鈴村は適当なページを東条に見せる。すると、机から身を投げ出してじっと見た。
「これ、高校では習わないやつだから」
「すげー、こんなの解いてんの?!」
東条は、さっぱり訳の分からないというような仕草でページを見ながら鈴村に言う。
そこそこ勉強は出来ても、高校以上の勉強には頭を悩ませるのかと鈴村は少し勝った気になり嬉しくなった。容姿も良くて、勉強もそこそこできてテストでも高得点を取っている。おまけに運動も出来るので色んな部活からサポートを頼まれているところを鈴村も何度か見たことがある。それに比べ鈴村は運動があまりというかほぼほぼ得意ではない。
(なんだか、勉強以外本当に何もできないなと思い始めてきた・・・)
変に落ち込んで思わずため息をこぼしてしまった。
東条はまだ目の前にいて、見せたままのページに夢中になっている。
(近くで見ると本当に顔がいいな・・・めちゃくちゃモテて彼女とかもいるんだろうな・・・)
そんなことを思いながら見つめていると、東条と目が合った。そしてイタズラっぽい笑顔を見せる。
「そんなに見つめてどうしたー?まさか、俺に惚れちゃった?」
「なっ・・・そんな訳ないだろ?!」
鈴村は顔を真っ赤にして慌てて手を大きく振る。すると東条はさらにイタズラっぽく笑った。
(なんだろう、この・・・胸がドキドキしてる・・・)
慣れない感覚に不安を覚え、鈴村は開いていた本を閉じ、勢い良く教室を飛び出した。
後ろから東条の声が聞こえたが知らないふりをして歩き続ける。特に行く宛もなく、その辺をプラプラしているとチャイムが鳴った。
(授業が始まっちゃう!!)
正直、教室には戻りたくないがサボるわけにもいかないで、急いで教室に戻った。既に皆自分の席に戻っており、東条も自分の席へと戻っていた。ほっと胸を撫で下ろし、鈴村も席に着いた。
(それにしても、どうして東条はあんなに僕に絡んでくるんだろう・・・)
外で体育をしている別クラスの様子を窓越しにぼーっと見つめながら鈴村は短くため息を吐いた。
しばらく外を見つめていると、頭をぽんっと叩かれた。正面を勢いよく見ると先生が教科書を持って立っている。
「鈴村あ、授業中に黄昏て、恋でもしてるのかー?」
「なっ・・・そんなんじゃないです!!!」
ニコニコした顔で先生に言われ、鈴村は顔を真っ赤にした。そして、後ろからすごく視線を感じる。後ろを見なくても分かる。分かってしまった。東条だ。東条が見てる。
「まあいいや。鈴村ここ、54ページの初めから読んで。」
「は、はい!!」
鈴村は急いでページを開き読み始めた。その間もずっと東条が見ていて、もどかしさを感じながらも読み続けた。
授業が終わると東条は真っ先に鈴村の机の前に来た。顔を見なくても分かる。
「なあ、授業中。なんで黄昏てたんだ?」
「なっ、黄昏てたんじゃ・・・」
「ふーん?じゃ、じゃあ、恋とかそんなんじゃないってこと?」
「こ、恋って・・・そもそも僕、好きな人とかいないし、恋愛にも興味がないし・・・」
「そうなんだ、ならいいや」
東条はそう言うと1人で勝手に納得してどこがへ消えた。
(何が、ならいいやだよ。どうせ東条みたいに見た目も良くない僕に一生恋愛は出来ないですよ…)
無性に腹が立って内心で東条を責めながらも読みかけの勉強本を開いた。
そもそも、鈴村が恋愛に興味が無いことで東条が何か得をするのだろうか。東条は顔もいいし頭もそこそこいいし、運動もできる、完璧とまでは行かなくともモテ要素は余るほど持ってるはずなのに。
(まあ、理由はなんにせよ絡んでこなくなるならいいや。)
なんて甘い考えでいたのが悪かったのだ。昼休みになった
途端、東条はお弁当箱を持って鈴村の前でニコニコしてるのだ。
「な、何か用・・・?」
「おう!!昼飯一緒に食わないかなーって!」
聞いた自分が悪かった。と鈴村は後悔した。が、東条は鈴村の返事も聞かず前の席に座り、既にお弁当箱を開けていた。
「お、おい・・・誰も一緒に食べるなんて言ってな・・・」
「いいじゃん、俺は鈴村と仲良くなりたい。ダメ・・・?」
東条に顔を覗き込まれて、鈴村は思わず後ろに仰け反ってしまった。
(僕と仲良くなりたい?僕が東条と仲良くしてなんの得があるというのだ。)
そもそも、鈴村みたいに勉強だけが取り柄な人間と仲良くしたところで何も楽しくないだろう。
「ダメって言うか・・・僕が東条くんと仲良くすることで何かメリットでもあるの?それに、僕みたいな勉強オタクなんかと仲良くなったって何も面白くないよ。」
「うーん、仲良くなるのにメリットとかいるかな?俺はただ鈴村と仲良くしたいだけ!!友達になりたい!!それだけ!」
なんとか諦めてもらおうとわざと冷たく対応したつもりが東条には効果がないようだ。あまりのしつこさに鈴村はため息をついた。
「仲良くするのは構わないけど、あまり話しかけてこないで」
「えー、それじゃ仲良くなった意味がないだろ?一緒に弁当食べるとかさ、一緒に登下校するとか、一緒に行動するとかさ!!」
「なっ・・・んで僕が東条くんとそんな・・・こ、恋人みたいなことしなきゃ・・・」
恋人みたいなことをしなきゃいけないんだと罵倒しようと思ったが、途中から恥ずかしくなり、語尾が小さくなってしまった。
そもそも、東条は何が目的なんだろう。勉強を教えて貰いたいのか。それなら普通に聞いてくれれば教えるし、とりあえず理由はともあれ、東条は危険だ。それだけは確かだ。
「んー、なんでだろう。俺が鈴村と一緒にいたいから。って理由はダメ?」
「何言って・・・僕なんかと一緒にいたって・・・」
言いかけた途中で東条の指が鈴村の唇に当たった。急な出来事に鈴村はビクッと肩を跳ねさせた。そして、顔を真っ赤にした鈴村を見て、東条はフッと笑った。
「どうせまたつまらない。なんて言うんだろ?」
「そうだけど・・・」
東条には全て分かっていたかのように図星を突かれて眉をひくつかせた。
「面白いか面白くないかはさ、俺が鈴村と絡んで仲良くなってからじゃないとなんとも言えないだろ?人を見かけで判断したらダメ。鈴村自身は自分のことつまらないって思ってるかもしれないけど。案外周りのヤツからしたらそうでもなかったりするんだぜ?」
「っ・・・」
真剣な顔で正論を言われ、鈴村は何も言えなくなってしまった。確かに、それは人によって違うかもしれない。自分ではつまらないと思っていても、周りは面白いと思っているかもしれない。鈴村はいつも1人でいるし、誰かと絡むことも滅多にない。そう思うと、鈴村も人のことを見かけで判断しているのかもしれない。
「俺だってさ、みんなからはかっこいいとかモテるとか言われるけど、自分ではそう思わないし、実際違うんだよ。人間ってさ、良く思われたいって人が大半なわけよ。俺もそのうちの1人。みんなから良く思われたい。かっこいいとか、優しいとか、天才とかさ、そんなふうに思われたいじゃん?実際できなくてもね?」
「は?東条君はモテるし、かっこいいし、優しいし、頭もいいじゃん。何が不満なの?」
自分ではそう思わないなんて言葉で鈴村は腹が立ってしまった。確かに鈴村もいい人に思われたい。なんて思ったことはある。それを素でやっているのか、それともそう思われるための演技なのか、どちらにせよ鈴村は演じることが苦手なので優しいと思われるための演技などは出来ない。もしかしたら東条は演技をしているのではと疑問を抱いた。
(実際違うって言ってたし。やっぱ、そう思われるために・・・?)
となると、鈴村と仲良くするのは自分がいい人だと思われるためなのか。いつも1人でいる鈴村を可哀想だと思って。そう思うと尚更腹が立つ。
「不満っていうか、実際違うんだって。俺はいい人でも優しい人でもないの。俺がそう思われるようにみんなに仕向けてんの。」
「じゃ、じゃあ東条くんが僕と仲良くするのもいい人だって思われたいから?」
「え?なんで俺が鈴村と仲良くするのにいい人になるならないが関係するの?」
東条はそう言って首を傾げた。鈴村の中では、そうだよとか、いい人に思われるためだよ。とか返ってくると思っていたのに予想外の返答で戸惑ってしまった。
「いや・・・友達いないこいつと仲良くなってあげる俺いい子とか思ってるんだろうなって思って・・・」
「なんだそれ。言っとくが俺は興味のあるやつ以外には必要以上に絡まないぞ。」
クスッと笑って宣言する東条に鈴村は確かにと納得した。東条に話しかける奴はいるが、東条から話しかけるところをあまり見ることはなかった。それに、興味があるやつ以外にはってことは、自分に興味を持ってくれているということ。それに対して鈴村は少しだけ嬉しさを感じた。
(なんだろうこの感じ・・・なんか胸がドキドキする。)
嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちが合わさって、鈴村は顔を赤くして俯いてしまった。
「鈴村?顔赤いけど大丈夫か?」
「え?だ、大丈夫!!」
東条は心配そうな顔で鈴村の顔を覗き込んだ。その顔があまりに近くて思わず目を逸らしてしまった。
(ほ、ほんとにイケメンだな・・・)
まだ 、胸のドキドキが止まらない。顔に熱が溜まってさらに顔が赤くなる。恋をしたことがない鈴村でもこれが恋なのかと疑いたくなるほどには東条を意識している。
(これが恋なのかな・・・?)
なんて考えていたら東条がフッと笑う声が聞こえてきた。なんだか馬鹿にされた気分だ。
(前言撤回だ。これは恋なんかじゃない。恋であってたまるか)
なんて言いながらもまだドキドキして鳴り止まない胸を撫で下ろした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます