第7話
苦労してやっと市政に携わる事ができるようになった。長い長い役所勤務で様々な改善点を見つけてはなんとかならないかとヤキモキしていた。思い切って立候補し、周囲の人々の力で市長に当選した時は人生最大の喜びだった。妻も娘も喜んでくれた。長年考えていた市政の改善に嬉々として取り組んだ。そんな折にZ星人の第一波があった。世界中がガタガタになり、浜夏市も例外では無かったが、仙波は浜夏市の復興にすぐ取り掛かり人離れを防ぐことに成功した。みんな、失った家族や友人知人を思い、涙を流しながらも頑張って頑張ったので、廃墟となることは避けることができた。仙波自身自分も頑張ったと自負している。息子夫婦を失い、家族の気持ちはバラバラになってしまったが、それでも陣頭指揮をとり必死に復興にあたって来た。もちろん、叩けばホコリの出る身ではあるが、私腹を肥やすことが目的で法を破った事は無かった。長い物に巻かれる時、あまりに清浄だと信用されないため仕方なく裏金を受け取ったことがある。それだけだ。仙波は、それは仕方なかったと思っている。セクハラパワハラにも気を付けていた。まったく無いかと問われれば、ゼロではない。確かに時には調子に乗ったこともある。完璧に潔癖では無いが、それなりに頑張ってきたのだ。
浜夏市長、仙波はこんな目に合うのは理不尽だと思った。
財布はすぐ取り上げられ、銀行のカードがATMに差し込まれた。暗唱番号を聞かれたが、仙波は答えなかった。アース天狗党の二人に抱え上げられ、もう一人が武田の指示で仙波を殴っていた。
「市長さんよ、早く言っちまえよ。暗唱番号。ほら、ほら。」
武田は銀行のカウンターに腰掛け、面白そうに眺めている。天狗党の大男二人に両腕を抱え上げられ、もう一人がサンドバッグを殴るように仙波を殴っている。鼻の骨が折れた。鼻で息ができなくなった。喉に血が流れてきて吐き出さないと呼吸ができなかった。頬骨が折れた。あまりの痛みに気が遠くなった。仙波は泣き始めた。痛みよりも怒りで。されるがままの自分の情けなさに涙がこぼれた。心が折れてしまった。
「0811」
ついに暗証番号を言ってしまった。武田の部下がATMを操作し、武田にOKを出した。
「よし、振り込め。」
部下は武田の口座へ振り込んだ。10回に分けて振込をした。
「2000万ほどです。」
部下が耳打ちし武田は笑った。
「あるじゃねえか!おいおい市長さんよ。すっとぼけやがって。足りないけどな。おい、他のカードも試せ。手分けしてやれ!おい、見てねえで手伝えお前ら!」
近くに立っていた数人が近寄り、カードを手にATMに向かった。武田が腕を上げて合図をすると、市長を抱え上げていた二人は手を放した。市長は床へ崩れ落ちた。
「やっぱり、暗唱番号は同じですね。市長さん不用心だな。へへへへ。」
ATMを操作している部下達が笑った。ある口座には800万、ある口座には200万ほど入っていた。あと二つの口座は数十万ずつぐらいで、それぞれ振り込まれた。
「5000万には届かないか・・・。まあ仕方がない。市長さん、早く病院行けよ。おい藤田、メンバーを各駐車場とホテルへ振り分けとけ。この街なら他にも金蔓がありそうだからな、何とかなんだろ。そうだな、ちょっとゆっくりしてえから三時間後に幹部会議だ。」
「了解しました!お疲れ様です!」
「お疲れ様です!」
「おう、お疲れ!」
武田は軽く手を振ると手の空いた数名を引き連れて銀行から出て行った。
「ハチロクさーーーん!!!」
ラスティはさっきの店に戻り、駆け込んだがハチロクの姿は無かった。
「あれっ?ハチロクさん、いない・・・・?」
また店を飛び出し(入口自動ドアでピョンピョン跳ねることはした)、左右をキョロキョロ見渡した。
ハチロクは少し離れた甘味処で、豆かんを堪能していた。
「この上品な甘さ。程よい豆の歯ごたえ。寒天のつるんとした舌触りとのど越し。これも逸品だな。」
豆かんを食うハチロクのすぐ横の窓をラスティは右往左往していたが、いかんせん小さいためハチロクの視界には入らなかった。ハチロクは最後の一粒、蜜の一滴まで楽しみ、お勘定して店を出た。
「ごちそうさま!ありがとう!」
「ありがとうございましたー!」
店を出た途端、
「ハチロクさん!!!」
ズドン!と腹に体当たりされた。突っ込んできたラスティを抱えたままハチロクは転がった。
「ぐっはあああっ!!」
ゴロゴロゴロ~っと回転し、やっと止まった。呼吸ができなくなったハチロクは息を吸おうとあえいだ。息が吸えない。必死で息を吸おうとしたができない。
「はがっ!がっ!はっ!」
ハチロクは気を落ち着けた、吸えないなら、まず吐くんだ。まず息を少し吐いた。そしてゆっくり吸う。しばらく呼吸に集中した。やがて普通に呼吸ができるようになるとラスティを掴んで叱った。
「ラスティ!げほっ!死んじまうだろ!バカお前人間に当たる速度じゃねえぞ!ごほごほ!」
「すみませーーん!でも大変なんですー!」
「げほっ!ううっ、なんだ?どうした?」
ラスティを抱えて、大通り脇のベンチに座り直した。ラスティは興奮した様子で、作業用アームを出してバタバタしている。
「あの、迷惑パレードの連中がこの街にやって来たんです!」
「ああ、アース天狗党・・・だっけ。ぷっ、酷い名前だよな。あいつらがここに来たって?」
「それが・・・・」
ラスティは自分が見聞きした事をハチロクに伝えた。ハチロクは黙って聞いていた。ラスティが伝え終わってもしばらく腕組みして黙ったままだった。やがて、ポツリとハチロクは呟いた。
「そうか、あいつらそんな事やってんのか。」
「そうなんですよ!あいつら暴力で恐喝してお金稼いでるんですよ!許せませんよね!やっつけましょう!ハチロクさん!」
「え?やっつける?俺が?・・・・なんで?」
「は?あれ?だって、私のこと助けてくれたし・・・・・」
「あー、そうだな。けどあれはしょうがなくやっただけで・・・・。」
「あれ?」
「は?」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
しばし沈黙の時間があった。
「お前・・・・俺の事、バットマンみたいなヒーローだと思ってるのか?ちがうぞ?」
「バットマンみたいには思ってないです。」
「そうか。」
「スパイダーマンみたいな『親愛なる隣人』だと思ってます。スパイダーマンなら秒で解決しますよ?」
「スパイダーマンならな。いやいや、違うぞ。俺は違う。それに、行く先々で悪人共倒したり世直ししてたりしたら、命がいくつあっても足りねえし、この旅終わらねえじゃねえか。キリがねえよ?」
「えええ?そうなんですか?」
「第一、お前だって犯罪の片棒担いでたりしたんだろ?なんで急に悪の集団倒すことになるんだよ?」
「なんでしょうか?なんとなくハチロクさんと付き合ううちに、そんな考えに染まったようです。ハチロクさんの影響です。これは・・・・ハチロクさんのせい!!」
「そんなお前。俺、お前を感化するような事言ったっけ?」
「ハチロクさんは地球を救う旅をしている、そうですね?」
「お、・・・おう。」
「あの市長さん、理不尽にお金要求されてました。可哀そうですよね!?この街はあいつらにたかられて、酷い目に合ってます!そうですよね!?」
「ん・・・、そうだな。」
「この街は地球にある!そうですね!?」
「そりゃそうだがお前・・・、」
「ならこの街も救うべき!この街救わずして地球が救えますか?」
「ひどい三段論法だな・・・・。」
「それに、ハチロクさんは暴力行為や戦闘行為に抵抗が無い。何かしらそういう過去があるんじゃないですか?元軍人とか・・・。元忍者とか・・・・。元超能力戦隊の生き残りとか・・・・・。」
「元特殊部隊とか??漫画の読みすぎだよ。」
「漫画ではありません!映画です!」
「同じだ。おんなじだよフィクションだよ。俺にはスーパーパワーも特殊能力もねえよ。少しだけ荒事に慣れてるだけだ。」
「十分でしょう!!あいつら壊滅させましょう!!!」
「嫌だね。」
「ガーーーン!!!」
「あいつらが来たんなら猶更だ。さっさとこの街出るぞ。ここで足止め食らってちゃ時間が無くなる。」
「ううううっっっ!!」
ラスティはブルブル震えて黙り込んだ。初めて嘘無く会話して楽しい相棒が見つかったというのに、全然思うように動いてくれない。相棒ってそんなもんじゃないと・・・・相棒・・・・・・相棒・・・・。ん?そうか!相棒!そうだ相棒なんだ!ハチロクは相棒!
「つまり、私がバットマンならハチロクさんはロビン!ホームズならワトソン!ポアロならヘイスティングス!カークならスポック!リッグスならマータフ!マイクならマーカス!はっはっはっは!私がやればいいということです!」
「ああ?何言ってんだお前?」
「主役には相棒無しのエピソードもある!はっはっは!ハチロク!先行ってな!すぐ追いつくからよう!」
「えっ?!おい!またお前待て!止まれ!STOP!ラスティ!!!」
高笑いして走り去るラスティを止めようと呼びかけるが、まったく聞き入れる様子がなく、ラスティは飛び出して行った。ハチロクは、腰を浮かせたまましばらく固まっていた。
「おいおいおい・・・・・。まーーーたかよーーーーー。」
呆然とラスティを見送ったハチロクはため息をついた。
「はあ・・・・・。」
ハチロクはすぐ近くにあるカフェに入った。最初に注文を取るスタイルだ。お店の人に注文する。
「すみませーーん。マンゴー抹茶ラテひとつ下さい。」
「あ、はーーーい。」
ハチロクはマンゴー抹茶ラテを受け取り席に着くと、またため息をついた。
「はあーーーあ。」
窓の外を見やった。今頃、ラスティはまた、アース天狗党の連中と騒動を起こしているのだろうか。とりあえず、マンゴー抹茶ラテの甘味と冷たさで頭を落ち着かせることにした。
「うまい。これうまいな。ストレスに効くな。」
「しっかし・・・・・。」
「しょうがねえな、あいつ・・・・・・。」
またマンゴー抹茶ラテを飲んだ。
END
月は輪となり輝きて @yumeto-ri
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。月は輪となり輝きての最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます