本当のわたし

下東 良雄

1. 彼女の苦悩、そしてホライゾン

「詐欺だ!」


 またか。

 男からのこのセリフ、もう聞き飽きた。クソッタレ。


「ばらばらとブラからパットがたくさん落ちてきたと思ったら……穂香ほのか、お前これって胸が小さいとかってレベルじゃねぇぞ!」


 うるせえ。


「ペチャパイとか、貧乳とかならともかく、お前……男のオレと変わんねぇじゃん……」


 黙れ。


「名前通り『ほのか』ってことか……」


 誰がうまいことを言えと。


「これっていらねぇだろ」


 はぁっ?


「ブラ。だって真っ平らの地平線じゃん! ぶわっはっはっは!」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 あぁ、拳が痛い。三ヶ月付き合って、最後の別れにマウントとって鼻血出るまでボコボコにしてやった。ようやく呼吸も整ってきたかな。

 で、今は深夜の公園のベンチで、ストロング系の缶チューハイをキメてる。若い兄ちゃんが何人か声を掛けてきたけど、私の顔見た瞬間「ひっ」とか言って逃げていった。顔に返り血でもついてたかな? まぁ、いっか。どうでも。五百の空き缶をその辺に捨てる環境にも優しくない酔っ払いの女だ、私は。

 穂香なんて名前をつけるから胸が無いんだ。ちくしょうめ。みんな私の胸のことを笑う。自称・貧乳好きのヤツにも「いくらなんでも無さすぎる」とか言われて、泣くまでボコボコにしてやった。そんな私だから半年以上男と続いたことがない。茶髪ロングでちょっと吊り目の気味。それなりに可愛い顔してると自惚れてるけど、やっぱり乳は必要だ。この世は乳だ。パットを何枚も重ねて誤魔化してるけど、やっぱり本物の乳がほしい。国や企業は無乳手当を出すべきだ。……はぁ、ため息しか出ない。どうせこのまま一生バージンで、結婚もできずに朽ち果てていくんだろうな。で、孤独死して、検視官に「えっ、こいつ女だったんだ!」とか言われて爆笑されるんだ。あぁ、乳無し女に愛の手を……などという被害妄想が極限まで来て、もうどうでもよくなってベンチに寝転んだ。男みたいな泥酔女を襲うヤツもいないだろ。つーか、何だったら襲ってくれ。


「大丈夫ですか?」


 誰かが声をかけてきた。男だ。


「たいしょうぶれ〜す」


 全然大丈夫じゃなかった。呂律が回らん。ストロング、何本飲んだっけ?

 起き上がって、ベンチから立ち上がろうとしたら――


「わわっ! 大丈夫ですか!?」


 ――男の方へと倒れ込んでしまう。

 でも、私をしっかりと支えてくれたので、転ぶことはなかった。


「ごめんなさい、ちょっと身体に触れますね」


 いいよぉ、こんな身体で良ければ好きなだけ触ってぇ。胸無いけどねぇ。詐欺師でーす。キャハハハ…………zzz



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ハッ! 目が覚めて、飛び起きる。

 良かった、夢か……って、ここはどこ?


「目が覚めましたか?」


 見知らぬ男性が目の前に立っている。

 何がなんだか分からず、呆然とする私。


「あぁ、えーっと……まず、僕はアナタに何もしていません。本当です」


 うん、何かされた様子はない。


「僕は若杉わかすぎ真一しんいちといいます。公園で酔い潰れているアナタを見つけて、大丈夫かと声をかけたのですが……」

「泥酔してどうしようもなかったんですね……申し訳ございません……」


 やべぇ、全部思い出した。

 真一さんは苦笑いを浮かべている。


「警察か救急車を呼ぼうと思ったのですが、それはイヤだって仰って、緊急避難的に僕の部屋にお連れしました」


 あぁ、イヤだって仰って……なんて言ってるけど、デカい声で『パトカーはやだぁ! 逮捕されるぅー!』とかって叫んだ記憶がうっすらと……うわぁ、私みっともない……。


「ご迷惑をおかけしまして、本当に申し訳ございませんでした……もう深酒はやめるようにします……」

「はい、それがいいですね。アナタみたいな綺麗な女性があんなところで酔って寝ていたら、犯罪に巻き込まれてもおかしくないですから」


 わっ……綺麗って言ってくれた……お世辞でも嬉しいな。

 ……って、よく見たら凄くイイ男。清潔感のある黒髪マッシュで、優しそうな眼差しと物腰。こんなひとに泥酔して絡んだのか……最悪。


「さて、よろしければ朝食を食べていきませんか? 大したものはないですが……」

「えぇ! ご迷惑をおかけして、朝食まで……」

「ひとりじゃ寂しいですから、お付き合いいただけると嬉しいです」


 にっこり微笑む真一さん。こちらの空腹具合まで気を回してくれるとか……いいひと過ぎるよ、このひと。


「あの……じゃあ、お言葉に甘えて……」

「良かった! 胃に優しいおかゆにしましたから。今用意しますね!」


 キッチンからお米独特の甘い匂いが漂ってきた。その優しい香りは、慣れない環境に緊張する私の気持ちを落ち着かせ、キッチンからおかゆを持って出てきた真一さんの優しい微笑みは、自分の身体を馬鹿にされ、本当は泣きたいほど悔しく、そして深く傷ついてきた私の心を癒やしてくれた。

 この時食べた白粥は、これまで食べたどんな高級な料理よりも美味しかった。胃袋を掴まれてしまったのだろうか。私の中で真一さんがどんどん大きな存在になっていくのを感じる。


 単純な私はかんたんに恋へ落ちていった。

 でも、胸のことを知られれば、どうせまた振られるだろう。

 悲しい結果が見えている本気の恋。

 真一さんを前に笑顔を浮かべながら、私はどうしようもない気持ちに覆われていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る