思い付き短編集
ご飯のにこごり
少女の浜
最近僕は友達を減らした。だから新しくこの文字の中に作ろうと思う。僕だけの、僕のためだけの友達を、どうなろうと匙加減だし、途中で匙、賽を投げたくなるかもしれないがとりあえず一つ、この子が幸せになることなど決してない。
僕が幸せでないのと同じように。僕を置いて幸せになることなど許さない。
少女は僕の友達でした。いつまでも。
僕は歩いて、歩いて歩き疲れるくらい歩きました。小児性愛者が歩むちろちろと砂の輝く浜辺を小児性愛者スマイル、小児性愛者神経引き攣り(神経質な男がよく持っているものを背負い)重すぎる愛をたずさえて歩いていました。
白い一粒一粒に僕は目移りしながら、その中にすぐに思い出になっていく毎日を見ながら照り返す暴力的な日差しに半ば怒りを覚えながら。僕はついに綺麗な貝殻、イカの骨、ボトルシップ、いやそのどれでもありません。欲しくて欲しくて喉から手が出せたとしても手に入らないと諦めていた、僕のために用意された少女があろうことか此方を手招きして笑っているではありませんか!!
僕は感激して足が砂に沈み込む想いで、転がり転けそうになりながら後ろも振り向かないで走り出しました。僕の後ろには誰もいません、僕に笑って、こんな僕を見て呼んでくれて僕はこの大人になってしまった窮屈な殻を今すぐに脱ぎ捨てて少女と同じような少年になりたくて堪らなくなりました。
叶うことなら対等な恋人同士になりたかったのです。保護者、非保護者の関係ではなく堕落しきった淫らで健全な関係に。
僕が少女においつくと少女はいっそう笑いました。(少女の姿形を説明するなんて勿体無い事はしません。あなたにも初恋の人くらいいるでしょう。その人を想像することです。僕が想像するのは泣き出したくなるほどの初恋の集合体ですので、あなたも同じ気持ちになるべきです。)
ポラロイド写真に残してカードケースにしまい込んで肌身はださず持っていたい笑顔、僕は写真を撮るより先に抱きしめて、少女も抱きしめ返してくれました。
抱擁のそのあと少女はしゃがみ込みいいました。寂しかったのだと、待っていたのだと。
「私、あなたのために生まれたのに全然会いに来てくれないんだもん。」
僕はそれに「ごめんね、大人になるとつまらない、やりたくもないことばっかり、しっくりこないまま遊びに誘われたら次誘われなくなったらって考えてお金も時間も無駄にして。大切な君を蔑ろにしてた。ごめん、ごめん本当に。もう裏切ったりしないから僕を嫌いにならないでくれるかな。」
僕は情けなく正座、号泣、砂まみれ。
「私、あなたのために生きてるのよ。嫌いになるもんですか」少女は優しく微笑んで「それより、本読んでくれないかしら。」と言いました。
「フロイトの夢判断でいい?」僕は引き攣りながら言った。
「難しいでしょ、それもっと簡単な人魚姫とかにしてよ。じゃないと嫌いになっちゃうかも。」
「ごめん、大人は倉橋由美子の方しか知らないんだ。」
「つまんない大人、大人大人ってハリボテばっかり言い訳だらけで子どもみたいじゃない。私より子どもよ。」バカにした調子で少女は言う。
僕はバカにされる事が何よりも嫌いで腹が立った。バカはプライドだけは無駄に高いのだ。だが聞き逃さなかった。(わたしより子ども)なら、二人は対等な、恋人同士に、熱い夜、寒い冬、つまらなくて存在意義のあまりない秋と春、その全てが二人なら有り合わせの比喩だが薔薇色の日々!!
湖の辺りに住み、月夜にはボートを出して、アボガドを育てアボガドゴーヤーサンドイッチにして食べよう、そうしよう。なんだって幸せだ、一人ならつまらなかったことなんて思いつかないけど二人ならもっと楽しいはずだ。だがこれが有象無象のその辺で取れるような、変わりがきく三人目、四人目だといけない。
つまらないものになってしまう。だから僕は無駄な贅肉のような友達を一気な五人切り落としたのだ。かけがえのない、かけ違いも起こらない、替えのない補充の二人。そんなもの探すくらいなら一生の一人を自分で取り繕って、見繕うべきだ。そうすれば一人でも一人ではなくなるしほら手足のように動いてくれる。
そのはずだったのに少女は僕の手から離れてこんなにかわいい、なんとも言えない気持ちに何にも言えない精神状態にしてくる。
僕は無差別に少女にとりわけ肌荒れをまだ知らないような少女に恋をした。目移り、目抜き通りでも僕の目を誘ったのはくだらない広告ではなく白人の子どもだったり、物分かりが良さそうな少し癖っ毛の、でも大きくなるにつれてしっかりと芯のある髪になっていくであろうまだまだなんとでもなる、もう僕には無いものをなんでも持っている子どもに僕は憧れの混じった情愛の穢らわしいその銃口を向けた。捌け口にしたかった。だがしなかったしてしまったら僕は資格を失い、二度と一緒に歩くことが出来なくなってしまうから。
「どうしたの?大丈夫?ごめんなさい、私言いすぎちゃったかしら、そんなに辛そうな顔をしないで、そうだ。(パンと手を叩いて立ち上がる、下着は見えなかったが風がどちらとも取れる潮の香りを運んで鼻腔を揺らした。)手を繋いで海に入らない?わたし一人じゃ途中で足がつかなくなるじゃない?足がつかないところからはわたし、あなたの背中につかまるからね。」
そう言って少女は僕のゆらゆら揺れて今にも倒れそうな貧弱な体を、手を引いて海に入る。ズボンが、シャツが皮膚にへばりついて気持ちが悪い。少女は少女らしい白い汚れ無さの証明、そのワンピースが僕の目にはひどく麗く淫らに見えた。肌に張り付き上も下もつけておらず、恥じらいも身につけてはいなかったからだ。体のライン、と言えるものがない正直な体。陶芸家ならばここからくねらせてくねらせて花が咲き乱れる花瓶を作ってしまうのだろうが僕は焼き入れずに冷凍保存する方法があるのなら後者を選びたい。僕の願望その人なのだから一生成長はしない。
いや成長はするか、精神的な幼さは失われていく。適度にストレスを浴びて、幼児退行を引き起こさないと純粋無垢なままでは生きていられない。
僕は少女の少女らしさを守りたかった。背中には笑いながら、僕の耳を綺麗な嘔吐して喉を汚したことのまだ無さそうな声を、波の音とともに浴びながら。泣きながら背中の少女を振り落とし、溺れそうにジタバタする。必死に息をしようとでもその度に水をたくさん飲んで苦しそうな少女の顔を見ていた。真っ赤でくしゃくしゃとした顔、僕は少女が死んでしまうまで見ていようかと思った。だけど途端に悲しくなって、見捨てて海から走り出た。
遠くから見ていると安全圏から石を投げる卑怯ものの気持ちがしたので、結局溺れて意識も朦朧とした、青唇の少女を浜に引き上げ接吻をした。だけども白い肌をさらに白くしていた少女は大きな音のする偽物の呼吸をした後、二度と目を覚ます事はなかった。
だけど問題はない。また新しい少女をこの浜で死ぬまでに見つけてまた看取ればいいだけだ。僕は死ぬまで見惚れた人の死に顔にぽかり口を開けて、そうしてその肉を食べて生きていくのだ。この浜には僕と少女以外見渡す限り何もないのだから。
また少女は死んでしまった、だから僕は名前をつけない。名前をつけると愛着が湧くし名前が無ければ、知らなければ死んでても生きていても変わらない。出来ることなら会いたくなかった、会わなければ僕の中では死んでいるのと同じだから。
そんなささやかな願い虚しく新しい少女は僕に会釈してあろうことかこちらに走り寄り、裾を掴み、裾はやがて僕の手となり、恋人がするようにつなぐと少女はしたり顔でこちらを見ているのでした。結局は捕食者と非捕食者の関係でしか無いのに。
少女は転び、けらけら笑って、僕の心配で泣き出しそうな顔になんて構わずに疲れも見せないで歩き続けます。僕は足が文字通り壊死して腐り落ちて棒になりそうでした。夜になると星が入場料のやたらに高いプラネタリウムみたいに綺麗で、あの星の一つ一つに誰か住んでいるのかななんて考えて、少女にいうと少女は笑いながら。
「あの星に人がいるんなら私たちはなんのために生きているの?代わりが宇宙のどこにでもいるのなら生きていても仕方がないよ。」と言って泣き出してしまいました。
「生きているのは死にたくないからだよ。死ぬ瞬間気持ちがいいらしいけどそれは注射の痛みと恐怖の後に麻酔が効くようなもので、僕は注射が嫌いだからね。注射をしなきゃ死ぬことが出来ないなら、苦しまなきゃ死ねないなら生きていてやる。」と僕はかっこつけながら言った。
「おじさん注射苦手なんて子どもみたいだね。」
「注射だけじゃない、駐車も苦手だ。自宅の階段に乗り上げたことすらある。」
僕らは暗闇がなくなって太陽が目を覚ますまで抱き合って眠っていた。小さい体には綿毛のような柔らかさと確かな熱があった。そのおかげで僕だけは夜を超えられた。砂しかないここでは朝飯は生きている人にだけ出される。生きていない人は少女だろうと朝飯だ。僕は朝飯前に泣いておくことにして、亡骸に手をつけた。
腹を満たすとあったことを水に流すように、文字通り海に流し、忘れようとした。だけど忘れよう、忘れようとするたびに脳に定着して逆に覚えてしまう。少女の味を僕は覚えてしまった。もう、生きていたくないのに僕は。人の肉を食べてまで。
ゆらめく波間には少女たちが無数に手招きをして僕が溺れて死ぬのを待っている気がして仕方がないのに罪悪感で涙が出た。二度と夜なんて来て欲しくない、そう思った朝だった。
電気を消すように死んでしまえたらいい、死にたい時に命を消してまた生きていたくなったらスイッチをオンにしてその繰り返しがいい。それなら命も時間も無駄にせず生きていられるのに。
僕は目的なんてないのに、ただもう強いて言うなら食べたい。
愛情とごっちゃになった食欲、まだ僕は人間だ。だってまだ死肉しか食べていない。少女たちがか弱いおかげで殺さなくても、嫌な興奮をしなくても飯にありつけている。ご飯への感謝が今やっとわかった、楽して食べさせてくれてありがとうということか。手を合わせるのは、死んだ動物を食べるのだから供養の意味もあるのだろうが。そういえば僕は生きるのに夢中で手を合わせいなかったな。
いまからでも思い出して手を合わせてみようか。いや、次の食事の時でいい。僕は一生無数の娘のしかばねを背負って歩くんだから、いつでも大丈夫だ。
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