マルチバース・ディフェンダーズ : トルク ~ 救済のエンジニアリング ~
出雲 天太郎
第1話 : 救済のエンジニア
- 2027年8月9日 茨城県 茨城空港敷地内 -
ここは、茨城空港内の一角にあるDPTO(Disaster Preparedness Technology Organization : 災害対策技術機構 通称名 : ディプト)の本部である。
ディプトは民間の災害対策技術の研究機関であり、AIによる災害予測、災害救助用装備品開発などの研究を行っている。科学技術の進歩は2027年も勢いを止めず、人類はあらゆる領域にフィールドを広げている。しかし、その技術進歩に対して救助技術が追いついていないのが実情である。
このような状況に対応する技術の開発と実証データの取得を目的に設立されたのがDPTOである。
ここは、基地内の仮眠室。朝日がカーテンの隙間から差し込み、大野結翔(おおの ゆいと)はベッドの上で目を覚ました。彼は深呼吸を一つして起き上がり、デジタル時計が7時30分を指しているのを確認した。いつもと変わらない朝だが、今日も新しいミッションが彼を待っている。結翔はすばやく制服を身にまとい、スイス製のマルチツールがポケットに入っているのを確かめると、仮眠室を後にした。
洗面台で顔を洗い、給湯室で水を一気に飲み干す。すぐに共有スペースに向かい、自作のおにぎりとおかずを温めて朝食を済ませると、結翔はブリーフィングルームへと急いだ。
ブリーフィングルームでは、既に救助チームのメンバーが集まり、情報共有の準備を進めていた。大型のスクリーンモニターの前に立つ大柄の男性隊員、鈴木勇斗(すずき はやと)が結翔に声をかける。
「おはよう、大野。例のプロトタイプの調整で、昨日も仮眠室か?」
「えぇ・・・プロトタイプのメンテナンスをしていたら、疲れてしまって・・・」
結翔が返事をする前に、緊急通報が入った。スピーカーから流れる緊迫した声が、全員の動きを止めた。
「神奈川県内の化学工場で大規模な火災が発生。ディプト救助チームに応援要請あり」
スクリーンモニターに現場の場所が表示された。工場の規模は大きく、消防車での放水距離が足りず、救助ヘリに搭載できる消火剤でも対処できない火災状況であった。
「了解した。これより現場に急行する」
鈴木はそう言い、ブリーフィングルーム中央に移動した。他の隊員たちも鈴木の周りに集まる。
「聞いての通りだ。これより我々は現場に急行し救助活動支援を行う。化学火災用装備の準備を行い、ハイドラーにて現場に向かう!!」
全員が口を揃えた。
「了解!!」
各自、ブリーフィングルームのデスクに座り、各自のラップトップを操作していた。ハイドラーと呼ばれる消火専用に特化した大型eVTOL機(電動垂直離着陸機)に載せる装備のピッキングをしているのだ。
装備選択を行うことで、ディプト本部内にある倉庫から物資をロボットが自動でピッキングし、eVTOL機に積み込む。隊員たちはそのままハイドラーに乗り込むだけである。
隊員たちがハイドラーに乗り込み終えると、パイロットがヘルメットのマイクに向かい全員に合図を伝えた。
「ハイドラー発進準備完了。これより離陸します」
機体についた複数のプロペラが一斉に回転し、浮遊して上昇し、幾つかのプロペラが可変し前へと前進した。ハイドラーは翼と可変可能なプロペラを付けた機体で、プロペラの向きを変えることで飛行機のような動きやヘリコプターのような滞空飛行をすることができる。
隊員たちは機内で移動する間に、本部にいるアナリストが現場と報道情報を元に現場の状況を分析し、救助計画を立てる情報を提供する。
通知音が機内で鳴り、各自の座席に設置されたモニターが点灯した。画面に女性の顔が映し出された。
「救助現場の状況分析が完了したので報告します。」
彼女の名は森本美咲(もりもと みさき)、ディプト研究部門のアナリストである。彼女は冷静に状況を説明し始めた。
「工場は製薬工場で、敷地の中央部にある部分の出火が深刻です。消防車が入ろうとしましたが、敷地内道路が製薬原材料を入れたタンクが倒れ、通行が不可能です。ヘリも消火剤を散布していますが、出火源に届かず消火できない状態です。職員は全員退去済みです。分析結果を送ります。」
全員のモニターには簡易的な工場の3Dモデルが表示された。情報を見て鈴木は口を開いた。
「村上隊員、この消防車が通行不可なこの施設上空にハイドラーを滞空させることはできるか?」
このハイドラーを操縦しているパイロットである村上翔太(むらかみ しょうた)に質問した。村上は答えた。
「えぇ、可能ですよ鈴木隊長。ですが、ハイドラーの風により火の延焼が促進されるおそれがあると分析結果にあるので、滞空高度は400メートルが限界です。」
村上の言葉を聞いた鈴木は約1分ほど考え口を開いた。
「このタンクが倒れた場所が、車両は通れないが人であれば通ることは可能だな。」
鈴木はそう言いながら結翔を見て話を続けた。
「大野隊員、この火災現場内の想定温度は約500℃とのことだが、例のプロトタイプは耐えられるか?」
鈴木の問いに結翔はすぐに答えた。
「はい、可能です。」
結翔の回答を聞いて、機内にいる全員を見ながら鈴木はタブレットを持ち、ペンで書き込みをしながら口を開いた。
「よし、作戦内容を伝える。このタンクが倒れた場所に結翔隊員はワイヤー降下を行い、構造物に侵入し出火元の場所を確認し位置情報の送信を行う。」
鈴木はタブレットを操作し、火災現場とハイドラーの位置関係がわかる方向に3Dデータを動かし説明を続けた。
「現場へは結翔隊員のみが先行し、残った我々は位置情報を元に結翔隊員が退去後にハイドラーにある水と消火剤を高度400mから一点集中で散布する。」
再度、鈴木はタブレットを操作し、構造物の真上から見える方向に3Dデータを動かし説明を続ける。
「落下した勢いにより、屋根は崩落し、そこを起点に消火剤が入り消火されるはずだ。完全消火されなくても、低高度まで降りても延焼促進のリスクは低いため、音響消火装置での消火で対処する。」
機内にいる隊員たちは口を開く。
「了解!!」
隊員たちを乗せたハイドラーは現場へと向かった。
- 神奈川県 製薬工場 -
隊員たちは現場に到着した。工場は既に炎が激しく燃え広がっており、煙が空を覆っていた。救急車や消防車が数多く集まり、救急隊員たちが負傷者を運び出している様子が見えた。
ハイドラーは今も燃え続けている火災現場近くに急降下し、ワイヤーが降ろされた。機体後部では結翔が降下準備をしていた。
結翔は制服から機械的なスーツに身を包んでいた。これは災害救助用のパワードスーツのプロトタイプである。
スーツはスリムで流線形のデザインで、軽量のカーボンファイバーとチタン合金で構成されている。スーツ全体は灰色と赤色を基調としていて、各所に機械的なパーツやメカニカルなディテールが施されている。
ヘルメットは一体型で、前面が大きなバイザーになっており、視界が確保されている。胸部と腹部にはさまざまなギアやモジュールが組み込まれている。腕や脚部にも同様にメカニカルなパーツが配置されており、関節部分には動きをサポートするモーターが組み込まれている。
また、スーツには内蔵の冷却システムが搭載されており、500℃の高温環境でも耐えられるように設計されている。呼吸器や防毒マスクも完備されており、有毒ガスに対する防護も万全である。
結翔はワイヤーに体を固定し、深呼吸をした。彼は火災現場に降下していった。
着地した結翔は現場へ走った。倒れたタンクの隙間を通り抜け、工場の内部へと進んだ。すぐに出火源を確認し、ハイドラーに通信を送った。
「こちら大野、現場に到着!! これより施設内に入り出火源の特定を始めます。」
結翔からの通信を受けてハイドラーから鈴木からの応答が帰ってくる。
「鈴木だ。ハイドラーは現在、現場上空での待機準備を進めている。あと7分で待機可能だ。」
「了解。施設の発火源を特定でき次第、位置情報を送ります。」
「気を付けろよ。なにかあればすぐに連絡しろ。その装備はまだ試作段階だ。無茶はするなよ。」
「了解!!」
通信が終わり結翔は施設への侵入口を探した。コンクリート製の壁にセキュリティカードをかざして入る出入り口とその隣に貨物の搬入口であろう大きなシャッターがある。
出入り口は歪んでおり、すんなりとは開かないドアを壊す道具として携帯用のプラズマトーチがあるが、ドアの厚さがどれくらいかも分からない。
結翔は一瞬考えた後、シャッターの方に向かった。シャッターの隙間から内部の状況を確認し、慎重に力を加えてみたが、ビクともしなかった。そこで、結翔は携帯用のプラズマトーチを取り出し、シャッターの縁に火花を散らしながら切断を始めた。
高温の炎がシャッターの金属を溶かし、ゆっくりと隙間を広げていく。やがて十分な隙間ができたところで、結翔はスーツの力を借りてシャッターを押し上げ、中に入り込んだ。
工場内は煙と炎で視界が悪く、熱気が押し寄せてくる。結翔はスーツの内蔵センサーを活用し、温度やガス濃度をリアルタイムでモニタリングしながら進んだ。
「鈴木隊長、工場内に侵入しました。出火源は中央部にあるようです。これより近づいて確認します。」
結翔の報告を受けて鈴木は即座に指示を出す。
「了解。慎重に進め。無理はするな。」
彼は火災の発生源の中央部に到達した。そこには一人の男が立っていた。男に近づき結翔は声を掛けた。
「大丈夫ですか!! 救助のものです。 速やかに避難しましょう!! 私が誘導するのでついて来てください!!」
大声呼びかけながら男に近づいていく結翔、だが男の足元に違和感を覚えた、男の足元には複数のポリタンクがあったのだ、足元の瓦礫で隠れて見えなかったが工場のものではなさそうだ。
それに気づいた結翔は男から3メートル程度の場所で立ち止まった、すると男は結翔の方に目を合わせた。
「・・・・・・ってくれ、・・・・・・ほっといてくれぇ!!」
男は激昂しながら結翔を睨みつけていた、男は足元にあったポリタンクに手を伸ばした。
「・・・・・・特許も研究成果も全てあいつに奪われた。 ・・・・・・家族にも見放された・・・・・・どうせ死ぬなら、この会社を巻き込んで死んでやる・・・・・・」
「・・・・・・この工場と研究所にあったデータはもう全部、灰になった・・・・・・もう、残りは俺だけさ・・・」
男は手に持ったポリタンクを両手で掴み自身の頭上まで持ち上げ自ら中の液体を浴びた。
「もう・・・・・・助けなんていらないさ・・・・・・」
男は自身の脚を近くの火に突っ込んだ、足元から掛けた液体を沿うように男は燃え上がった。
「うぅううううぅっがあぁぁあああああぁああっぁあああああ!!」
男は悶えながら地面に膝をつき、身動きをしなかった。
男の行動に同様してしまった結翔は数秒間、立ち止まってしまったが真っ直ぐ男の元に近づいた。
眼の前の男の火を消すため結翔は左腕を伸ばした、腕についていたカバーを外し中のグリップを押した。
すると左手首から消火剤が噴霧された、消火剤は男にかかり消火することができた。
男に近づき状態を確認しようとしたその時であった、周囲が大きく揺れ始めたのだ。
結翔は、建物の崩落を考え近くの柱の側に移動した、揺れはすぐに収まり男のもとに近づこうしたその時である。
周囲の炎が消えたいたのだ、そして自ら焼身自殺を図ろうとした男は立っていた。
(どういうことだ・・・・・・何が起きている)
結翔は心の中で考えると、男は口を開いた。
「・・・・・・まだ、神は私を見捨てたわけではないようだな・・・・・・」
男はそう言うと、結翔は男に声を掛けた。
「・・・・・・ここは危険です。 ここから避難しましょう私が安全なところまで誘導します。」
「不要だよ・・・・・・」
男は両腕を振り上げて何かを投げつけるかのように勢いよく動かした、すると大きな白い塊が結翔に向かって飛んできた。
避けきれないと判断した結翔は両腕をクロスして防御姿勢をとった、だが塊は大きくその重さに押されて結翔は倒れた。
起き上がったそのときには男の姿は見えなくなっていた。その時である。ハイドラーにいる鈴木から通信が入った。
「大野隊員!! 何があった、サーマルカメラの映像だとその施設内は鎮火している。一体、なにがあったんだ!!」
鈴木からの通信に結翔は答えた。
「・・・・・・何がなんだか、さっぱりです。 理由は分かりませんがもう消火剤の散布は不要です。 これより施設から脱出します。」
結翔は施設内の状況を確認しながら、男がいた場所を調べた。しかし、彼の姿はどこにもなかった。消火剤が散布された跡があり、焦げた床や倒れたタンクがあるだけだった。
結翔は少し眉をひそめ、現場を見回してから、現場を離れる準備を始めた。
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