幽霊ラジオ~六月のある朝、教室での話~

よし ひろし

幽霊ラジオ~六月のある朝、教室での話~

「なあ田代、聞いてくれよ、昨日さぁ――」

 朝、教室に入るなり友人の今泉が話しかけてきた。


「塾の帰りに不思議な出来事があったんだよ」

 今泉の話を聞きながら、教室の窓際、一番後ろの自分の席に着く。その横が話し続ける今泉の席だ。


「あれ? 昨日は火曜だろ。確か塾は月水金じゃなかったけ?」

 親友というほどではないが、放課後一緒に遊びに行ったりする仲だ。塾の日程は聞いていた。


「ああ、ほら高校受験だろ、今年。だから、増やされたんだ、平日、毎日だよ……」

「そうか、大変だなぁ」

 中学三年とはいえまだ六月。自分的にはまだ受験といった気分ではないが、まあ人によってはもう受験戦争が始まっているのだな。


「それでだな、その昨日の夜、塾の帰りに駅から家に歩いてたらな、急に声を掛けられたんだよ」

「声を? どこで?」

「ほら途中でコンビニあるだろ、あそこを過ぎて角を曲がったあたりだよ」

「ああ、あの辺ね」

 頭の中で地図を思い浮かべる。通りと通りを繋ぐような人気のあまりない路地だな。


「その声にハッとして見ると、なんとあの細い路地に露店が出ていたんだ」

「露店? なんだそりゃ」

「屋台とかそう言うんじゃなくて、地面に敷物を敷いて、そこに小さな台があって、その上に商品が並んでいるんだ。その奥に男が一人座って、こちらに手招きしてたんだよ」

 今泉がその様子を自ら演じて見せる。何とも不気味な感じで。


「うわ、怪しくね、それ」

「ああ、俺もそう思ったが、何故かふらふらっと誘われちゃって、気づくとその男の前に屈みこんでいたんだ」

「そうなのか……。で、そこで何を売ってたんだ?」

「ラジオなんだ」

「ラジオ?」

「学生手帳ぐらいの大きさの黒いカード型ラジオだよ」

「へぇ、今どき売れないだろう、そんなモノ」

 ラジオ自体あまり聞かないが、聞くとしてもスマホのアプリでだ。専用機械で聴くことなど記憶にある限りないな。


「ああ、ただ、普通のラジオではなかったんだ。なんと、幽霊ラジオなんだよ!」

「幽霊ラジオ、何だそりゃ?」

 思わぬ話の成り行きに少し大きな声でそう言った時、


「お、なんだ、面白そうな話だな」

「あたし知ってる、霊界と通信できるって奴でしょ」

「スピリットボックスっていうのじゃないのか」

 周りにいたクラスメイトの何人かが話に入ってきた。

 みんなこの手の話は好きなのだ。


「へへ、そう、チューニングすると幽霊と交信できるというラジオさ」

 今泉が集まったクラスメイトを見回しながら嬉しそうに話を続ける。


「その露天商が言うには、話したい相手のことを思い浮かべて、ラジオのチューニングボタンを押すと、ココっていうところで勝手に止まって、声が聞こえてくるんだそうだ」


「ええ、なんか胡散臭いな。じゃないのか?」

「ああ、確かにな。その露天商――黒づくめで大きめな帽子をかぶっていて、電灯の陰でよく顔も見えない不気味な感じだったから、俺もすぐに帰ろうと思ったんだ。だけどなんかそのラジオから目が離せなくて――買っちまった」

 言った後、今泉がズボンのポケットからそのラジオを取り出した。


「じゃーん、これがその幽霊ラジオさ!」


 おおっ、という喚声が周囲から上がる。


「いくらしたの?」

 女子の誰かが訊く。


「税込み四百二十円。現金なかったんで、PayPayで払った」

 最近は露天でもPayPay使えるんだ、などと変なところで感心していると、


「四百二十――しにんってことかな?」

 話を聞いていた一人が少し不気味そうな感じで言う。


「ああ、俺もそう思ったよ。いかにもって感じで、これは偽物かなぁ、なんて考えたが、ネタとしては面白いし、こう無性に欲しくて、ついつい買っちゃったんだ」

 今泉が手にしたラジオを愛しいものでも見るようにして言う。


「……で、試したのか、ラジオ?」


「まぁ、待てよ。その前にもう一つ不思議なことがあってな」

 今泉が視線を俺に向け、話す。


「ラジオを受け取って、じっくり眺めているとだな、俺の耳にこんな声が聞こえてきたんだ。――『ぜひとも私のを満たしてくれよ』――って。地から響くようなぞっとする感じで、思わず露天商を見返すと――」

 そこで今泉は周囲のクラスメイトの顔をゆっくりと見回す。そして、充分なタメをとってから、


「いなくなっていたんだ、男も店も、何もかも……」

 目を見開き、信じられないものを見た、といった演技をする。


 驚きとわずかな恐怖の混ざった声が周りから上がる。


「冗談だろ、今泉……」

「いや、嘘みたいだけど、本当の話だ。実際こうしてラジオはここにあるんだからな。ほら」

 言いながら、今泉がそのラジオを俺に手渡してきた。

 反射的にそれを受け取る。


「……本物、のわけないよな」


「さあ、どうかな。実は、今もスイッチは入っているんだ。チューニングはしてある」

 今泉の意味深な言葉。


「え、それは――」

 言いかけた時、


「みんな、席に着け。今日は大事な話がある」

 担任が教室に入ってきて、声を掛けた。それを合図に集まっていた面々がそれぞれ自分の席に戻る。


「……」

 だが、俺は自分の手にしたラジオが気になって、そこから視線を外せない。

 一見普通のラジオだ。メーカー名はないが、これといって変わっているところはない。小さなモノクロの液晶がついており、今そこには周波数の数字が映し出されていた。


 1111――


 見事な1並び。だが、それが写っているということは、スイッチがオンだということなのだろうか。


「みんな、落ち着いて聞いてくれ。実は昨晩な――」

 担任が話し出すが、俺はラジオを見たままだ。


 いくつか並ぶボタンの中で、“POWER”の文字を見つけ、なんとなく押してみた。その時――


「今泉が、亡くなった」


 うわの空で聞いていた担任の言葉が、俺の耳から脳に突き刺さり思考を一瞬停止させた。


「え……」


「塾の帰りに、駅前で車にはねられてな――、助からなかった……」


 教室内の空気が瞬時にして固まる。


 何を言ってるんだ、この人は――


 俺はするのも忘れ、担任の顔を呆然として見る。


 だって、今泉はここに――


 横の席へと首を向けると、そこにいるはずの友人の姿はない。


「え……」


 バカな、寸前まで話していたじゃないか。


 慌てて周囲を見回す。幾人かのクラスメイトと目が合った。みな何とも言えない複雑な表情をしていた。

 だが、肝心の今泉の姿はない。


「お通夜は明日、葬式はその翌日になるということだ。お通夜の方は迷惑になるといけないので、皆遠慮してくれ。葬式に関しては、これから話し合いをする。なるべく皆で出れるようにするから――」

 担任が話を続けていたが、もう耳には届いてこない。


 どういうことだ、え、ええ…?


 頭の中が困惑で埋め尽くされる。何が何だかわからない。

 左手の中のラジオに再び視線を向ける。


 今泉に預かったものだ。俺のじゃない。そうだ、確かに受け取った。

 これがここにある、なら今泉は――


『フフフ、やはり若い子の驚きや恐怖の感情はいいね。たっぷり味合わせてもらった。――ごちそうさま』

 不意にそんな声が頭の中に響いた。


『今どき声だけでは味気ないと思って、映像もサービスしておいたよ。楽しんでいただけたかな。フフフ……』

 地から響くような笑い声。


 何かの存在を感じ、思わず顔をあげて宙を見上げる。と、数枚の黒い羽根がはらはらと舞い落ちてきた。


「え、なんだ……」

 反射的に空いていた右手でその羽根を取ろうとする。が、スーッと溶けるよう消え去り、何も残らない。


「……」

 一体なにが――何もない宙を凝視していると、


『じゃあな、田代。俺の分も生きろよ』


 そんな声が聞こえてきた。今泉の声だ。


「えっ――」

 ハッとなって、左手を見る。するとラジオが先程の黒い羽根と同じように溶けるようにして消えていく。


「……」


 わからない。何が何だかわからない。


 喉がやけに乾いた。ゴクリと生唾を呑む。

 再び今泉の席へと顔を向けた。


 いない、誰も――


 先程、話に加わっていたクラスメイト達も俺と同じように、今泉の席を見つめていた。


「……一体何が」

 その時ふとあのラジオに表示されていた数字が思い浮かんできた。


 1111――


「あれは…、誕生日か、今泉の……」

 11月11日の1並びなんだ、というのを二年の時に聞いた覚えがある。


「ああ、そうか、本物だったんだな、あのラジオ……」

 何が起こったのかわからない。でも、あのラジオが死んだ友人の声を、姿を、届けてくれた。そう考えるのが一番しっくりくる。


「最後にみんなに会いたかったんだな、あいつ……」


 その願いを叶えたのが、神かそれとも黒い翼の天使かはわからないが、よかったのかな、結果的に。

 うん、そう思おう。そう、思おう……


 座るもののいない今泉の座席を見つめているうちに、両目に涙が滲み、頬を伝い落ちてきた……

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