サザンライツの奇跡(下)
わしらがツガイになってから、もう何年になるだろうか……ずいぶん、長い時間が経ったような気がするよ……お互い、年をとったもんだ。変わらないのは、あの星空だけだな。おまえ、体は大丈夫か? そうか……。
ん? なんだね、あらたまって。言いたいことがある? おいおい、まさか、浮気の告白じゃないだろうな。
それとも、おまえが両性具有だってことかい。今さら、隠すこともあるまい。何度も卵を産んでくれただろう。
他の仲間から聞いたことがあるよ。まれに、オスメス両方のやつがいるらしいな。わしは何でもかまわんよ。おまえはおまえなんだから。
……ちがう? デコイ……なんだ、それは?
わしらそっくりの形をした、だけど、わしらじゃないもの……それは本当は命がなくって、ただ姿かたちが、わしらそっくりなもの……。
ケープペンギン……人間は、わしらをそう呼んどるのか?
ペンギンの個体数が減ってきたから、人間はその保護活動をしている……ますますわからんな。人間がそんなことをして、何の得になるんだ。ふうん? わしらの数が減ったのは、人間のせいだって? それで反省して……いや、べつに減っとらんだろう。コロニーはヒナでいっぱいだぞ。
――え? その半分がデコイ……ニセモノだって?
あいつも、こいつも……お隣さんは、家族全員がデコイだってえ? そういや、おとなしい人たちだと思ってたが……なんだってそんなことを?
昔、わしらが絶滅寸前になった……それでエサが豊富な場所にデコイを置いて、わしらをひきつけて、新しいコロニーをつくらせる……。
――なんてことだ。わしが仲間だと思ってたやつらは、ほとんど、わしらそっくりのニセモノだったのか!
今、思い出した。わしは若い頃、自分をとりまく世界がすっかりニセモノなんじゃないか、って思ってたことがあったよ。ただの気迷いだと思ってたが、そうじゃなかったんだな……。
なに? おまえは違うだろう。ちゃんと生きとる。
最初? 最初はそうだった? 確かに、おまえはそっけなかったが……奇跡……そんな、まさか……いや、信じないわけじゃないが……じ、じゃあ、わしらの子はどうなんだ? あれもニセモノか?
卵を持ってきた……人間が、わしらの巣に?――じゃあ、あれはわしの子じゃないのか! おい!
そりゃ、養子をとってもいいとは言ったが……おまえとの子だと思ったから、必死に世話をしてきたんだぞ! いや、可愛くないわけじゃないが……オスだから卵は産めないって……。
その、なんだ、愛し合った後にだな、巣に卵があったら、わしらの子だと思うに決まってるだろうが! 神さまが授けてくれたと思ってたんだ。のちに両性具有というものがあると聞いて、ああ、そうなんだーって……ひ、非科学的だとう?
前々から思ってたが、おまえとは宗教観が合わんな! この宇宙の神秘に思いを馳せないのか! たまには南アフリカでオーロラが見られることだってあるだろうよ!
それはそうと……おまえ、他のやつと浮気したことはないだろうな?――信じられるか! 今頃になって、実はわしの子じゃなかっただなんて!
だいたい、人間が卵を持ってきただなんて話、あやしいもんだ。おまえが他のメスに産ませた卵じゃないのか?
ああ、そうだ! 他のやつらがニセモノか本物かなんて、どうでもいいんだ。オスにとって大事なのは、この卵が自分の子かどうか、ただそれだけなんだ! それが男の真実だ!
わし? わしはいつも清廉潔白で……そ、それは違う! まだ、そんな昔のことをいっとるのか。誤解だ! おまえときたら嫉妬深くて、漁に出かけただけなのに、他のメスの羽がついてるんじゃないかって、しつこく……。
ああ、またそれだ! 二言目には「私をこんな体にした責任をとってくれ」だ! おまえから腹ばいになったことだって、何度もあるだろうが! 何をカマトトぶっておるのやら……そういう意味じゃないって、じゃあどういう意味なんだ。
だいたいおまえは、漁がヘタで! 結局、子どもらのエサは、ほとんどわしがとってきたんだろうが。わしはコウテイペンギンでもないのに、子育て期間中は、ほとんどメシが食えなかったんだぞ!
なのにおまえは、わしの巣作りに、ぶちぶち文句ばかりつけおって。卵を温めにくいとか、寝心地がどうだとか……最初はあんなに物静かで、高貴なたたずまいだったのに!
――と、鳥頭だとう?
……デコイに惚れる愚かなペンギン……じゃあ、そのわしとツガイになったおまえは何なんだ! ペンギンそっくりのシミュラクラめ! よーし、わかった。もう子育ても終わったんだ。おまえの望み通りに離婚して――あっ。
……おい、見てみろ。サザンライツだ……赤に……黄色に……光がどんどん大きくなってる……人間たちが言ってたよ。太陽フレアの活動が活発になると、ここでもオーロラが見られるんだって……あの時と同じだな。
……ん?
そうじゃない! それは違う……後悔なんかしとらんよ。わしが望んだことだ。それに、あの子たちはデコイじゃないんだろう? ちゃんと生きてるんだな? そうか……それなら良かった……うん……みんな愛しとるよ。わかっとるだろう。
……この年になって、いちいちそんなことをいわなきゃならんのかね。もういいだろう……ああ、そうだ……おまえは、わしの大切なツガイだよ……。
もしかしたら、遠い遠い先には、デコイなんていらなくなっているかもしれないな……わしらの子がうんと増えて……。
そうなったら……本当の世界になったら……もしも、の話だよ。またペンギンとして命を授かったら……生まれ変わることができたなら……その時に、その……また、わしとツガイになってくれるかい?
……ありがとう……おまえはいつも優しいんだな……。
ああ、そうだ。この世界は美しい――奇跡は何度でも起こるんだ。
(おしまい)
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